「群がる蟻」

画像の説明 韓国の朴槿恵大統領の辞任につながりかねないとまで言われる崔順実(チェ・スンシル)氏を巡る疑惑。

朴大統領の友人、崔氏が政権人事や政策に介入していたといわれる疑惑は、日本人にはいまひとつ分かりにくい。崔氏とその周辺のいかがわしさを過去にさかのぼり読み解いてみよう。

崔氏の名前がメディアに載ったのは、2014年12月のことである。元大統領府秘書官室行政官の朴クァンチョン警正(警察組織の階級、日本の警視にあたる)が、「わが国の権力序列は、崔順実が1位、(2014年5月に崔順実氏と離婚した)鄭允会(チョン・ユンフェ)が2位で、朴槿恵大統領は3位に過ぎない」と述べたことがきっかけだ。

大統領より強い権限の人物がいるという、衝撃的な発言だったが、当時は話題にはされたが広く信じられることはなかった。それが、いま、それを裏付ける事実が次々と報じられている。

ホスト出身の元恋人も暗躍

もう一度、朴警正の衝撃発言の背景に戻ろう。

発言があったのは2014年12月だが、この年の4月に死者が300人近くに上ったセウォル号沈没事件が起こり、救助の不手際から政権批判が強まった。事件が起こった当時、大統領が7時間もつかまらなかったと秘書室長が話したこともあって、大統領周辺の報道が相次ぎ、民間人の国政介入疑惑も報じられた。

このため、疑惑解明の調査にあたったのが、朴警正だった。衝撃発言は、調査の過程で大統領府の内部文書が流出し、朴警正が検察捜査を受ける渦中で飛び出したものだった。

崔氏の元夫の鄭允会氏は長く朴大統領の政策秘書を務めてもいた。

今回、疑惑が広がるきっかけとなったのは、9月20日、反朴政権の『ハンギョレ新聞』が、「Kスポーツ財団」の新理事長に、崔氏の行きつけのスポーツ・マッサージセンターの社長が任命されたと報じたことだ。

「Kスポーツ財団」と「ミル財団」は、韓国の文化を海外に紹介する目的で、全経連(全国経済連盟)の主導で設立された純粋な民間団体である。だが「大統領府との癒着」、あるいは実質的には大統領府が権限を握っているとの噂が絶えなかった。

例えば、大統領府が財閥企業から800億ウォン(約80億円)の資金を強制的に募集して設立したといったことだ。

そこにさらに、崔氏に近い人物が送り込まれたことで、一気に崔氏をめぐる疑惑報道が、次から次へと新聞紙面を飾るようになった。その過程でホスト出身で崔氏と恋人関係であったとされる高(コウ)ヨンテ氏が、「崔氏の趣味は朴槿恵大統領の演説文を手直しすることだった」と暴露した。

さらに、疑惑が決定的になったのは10月24日。ケーブルテレビ局「JTBC」が、崔氏のタブレットPCを入手し、そこに残されていた内容を報道。崔氏が朴大統領の演説文作成に介入した疑惑が事実であったことを立証した。

そのニュースによれば、一介の民間人にすぎない崔氏は、朴大統領の休暇、演説、服装、日程など、外交を始めとする国家機密を掌握していた。その報道から20時間経った25日午後4時、朴大統領は、事実を一部認める形で、国民に対して謝罪会見を行った。それでも、崔氏をめぐる疑惑は、拡大する一方だ。

次々に暴露された崔氏とその周辺による権力の壟断は、韓国国民を茫然自失とさせている。

崔氏の娘の名門大学入学でも不正

崔氏の一人娘である鄭ユラさんは、2014年秋に仁川で行われたアジア大会の乗馬団体戦で金メダルを獲ったことで、その翌年、スポーツ特別枠によって、韓国№1の名門女子大である梨花女子大学に入学した。

だが彼女はいま、入学願書の受付後に金メダルを獲ったことが明らかになり、不正入学だという疑惑が出ている。しかも梨花女子大の入学募集要綱によれば、オリンピックや世界選手権などの国際大会で、団体戦ではなく個人戦で成績3位までを収めた人が対象となっている。

ちなみに、このような形で入学した鄭ユラさんに、授業で落第点を与えたある教授は即刻、大学を解雇された。

以後、梨花女子大の校則には、「スポーツ特別枠入学者は、課題物だけ提出すればB単位以上を与えなければならない」という一文が加わった。

さらに、梨花女子大が政府から55億ウォンの予算特典を受けたという疑惑まで出てきた。一連の事態に責任を負って梨花女子大総長は辞任した。

最大の問題は、崔氏が大統領府の人事や政策にも深く関与してきたことだ。

一例を挙げれば、崔氏が行きつけだったホテルのジムでトレーナーをやっていた36歳の女性が突然、大統領府の秘書室行政官(3級)に任命された。

政策面では、大統領府の経済担当首席秘書官が、崔氏の指示を受けて、各財閥に対して、「ミル財団」や「Kスポーツ」の基金や募金に積極的に応じるよう圧力をかけた。

また、大統領府の教育文化担当首席秘書官は、崔氏の側近の母方のおじである。政務担当首席秘書官も、やはり崔氏の推薦で起用されたことが明らかになった。

長期間にわたって朴大統領の腹心であり、政権の実力者として知られた鄭ホソン前秘書官は、毎晩A4用紙30枚分もの「大統領報告書」を、崔氏に渡していた疑惑を持たれている。   

人事の壟断はこれだけではない。広告ディレクターの車(チャ)ウンテク氏は、前述の元ホスト、高ヨンテ氏の紹介で崔氏と知り合った。そのことがきっかけで、官民合同の「文化創造融合ベルト事業」の総括プロデューサーに抜擢された。

この事業は、大統領直轄の文化隆盛委員会と、民官合同団体である創造経済推進団の委託により、2019年まで7000億ウォン(約700億円)以上の政府予算を投入することが決まっている。この過程で大統領令まで変えて元々2人までだった創造経済推進団長を3人に増やして車氏を起用していた。

車氏はまた、崔氏の権力を使って、文化体育部長官(文化スポーツ大臣)に、自分の恩師である金チョンドク氏を推薦。金氏は2014年8月に長官に就任した。さらに、母方のおじを、大統領府文化教育担当首席秘書官に就かせた。他にも、自分の知人らを、次官級に相当する国の文化関連政団体のトップに座らせるなどしたため、「文化皇太子」という異名を取った。

彼ら崔氏の側近たちは、「ミル財団」と「Kスポーツ」を設立した際、「税務調査に入るぞ」と言って各財閥を脅迫し、募金させたという。しかも、この両団体が支援する事業はすべて、崔氏が作ったペーパーカンパニーへ流れて、最終的には崔氏と高ヨンテ氏が作った「ザーブルーK」という会社に還流される仕組みになっていたともいわれる。

ざっとこのようなことが、建国以来最大の政治スキャンダルとなりつつある「崔順実疑惑」の大筋である。

教祖は朴大統領の体と心を統制

崔氏は、朴槿恵大統領の親友であり、朴大統領が20代の頃からハマっていた新興宗教「大韓国宣教団」の総裁、故・崔太敏(チェ・テミン)氏の5番目の娘だ。朴槿恵大統領は、母・陸英修が1974年に、父・朴正煕大統領が1979年にそれぞれ暗殺されたことで、崔太敏氏の宗教にのめり込んでいったのだ。

崔太敏氏は7つの名前と6人の妻を持った。新興宗教の教祖として陸英修氏の死亡後である1975年に朴大統領に「夢の中でお母さんに会った」という手紙を3回も送って縁を結び始めた。初めての出会いで崔氏は朴大統領に「お母さんの魂が自身に入っている」と伝え、この時から朴大統領は崔氏に全面的に頼ることになった。

崔太敏氏は朴大統領を利用して数多くの利益を得たとみられる。2007年当時駐韓米大使であったアレクサンダー・バーシュボウがアメリカに送った文書には「崔太敏はパク・クネの人格形成期に彼女の体と心を完ぺきに統制していて、これを通じて彼の子供が莫大な財産を蓄積したといううわさが広く広まっている」と記録した。

崔太敏氏の死後、その娘である崔順実氏の力は絶大で、朴大統領の実の弟や妹さえも、崔氏の許可なしでは大統領に会えなかった。

朴大統領は独身を貫いているので、もしかしたら崔順実氏は、朴大統領にとって、この世で一番大事な存在だったかもしれない。

韓国国民は現在、崔氏が朴大統領を操り人形のようにしてきた事実を知って、愕然としている。10月28日には、朴大統領が大統領府の首席秘書官11人全員に辞表を出すことを指示した。

黄ギョアン首相と、与党セヌリ党幹部らが前面に立って事態の打開を図っていたが、朴大統領は首相交代を含む内閣改造で乗り切る人事カードを切った。

だが、国民の怒りはそう簡単に収まりそうもない。今後は、11月12日に予定されている「国民総決起集会」を契機として、国民的な大統領退陣運動に発展する可能性が濃厚だ。

すでに、最大野党「共に民主党」の元代表で、来年の年末に控えた次期大統領選挙の有力候補である文在寅氏(前回2012年の大統領選挙で朴氏に敗れた人物)は、朴大統領の辞任を求めている。

与党セヌリ党の議員からも、大統領辞職を求める声が上がり始めている。韓国の「寒い冬」は、政治面ではホットに推移しそうだ。

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