「次世代技術」

画像の説明 スマートフォンやテレビ、リチウムイオン電池で世界首位の座に登り詰め、電機業界で圧倒的な存在感を誇る韓国サムスングループ。

そんな巨大企業を相手に一歩も譲らず、要求をつっぱねた日本企業がある。九州大学に拠点を置く有機EL材料ベンチャー・Kyulux(キューラックス)だ。

同社は2015年3月に設立されたばかりだが、今年4月にはサムスンディスプレイ、LGディスプレイ、ジャパンディスプレイといった名だたるディスプレイメーカーから総額15億円の出資を取り付けた。

宿敵同士であるサムスンとLGが同じ会社に出資するのは異例中の異例だ。世界の大手が“呉越同舟”するほど期待を寄せている理由は何なのか。

山あいで進む、最先端の技術研究

博多駅からバスで1時間、周囲にはおよそ山と学生マンションしかない九州大学伊都キャンパスの一角で、キューラックスは有機ELディスプレイの主要部材となる発光材料の研究を行っている。

有機ELは液晶ディスプレイに比べ薄型で省電力、曲げ加工が可能である点で強みがあり、次世代のディスプレイとして注目が集まっている。早ければ2017年にも米アップルが新型iPhoneに搭載するという観測も広がっており、今後拡大が見込まれる有望市場だ。

ただ、生産技術が複雑なため、これまで量産化に成功しているのはサムスンとLGのみ。サムスンは自社スマホ「Galaxy」向け、LGは自社テレビ向けを中心に生産している。

有機ELの市場規模は1兆5000億円程度だが、「Galaxy」の年間3億台以上の販売量を背景にサムスンが市場シェア9割超を握り、独走中だ(2015年、IHSテクノロジー調べ)。

そのサムスンが採用している発光材料は、希少金属のイリジウムを用いるため、コストが高く採掘可能量が少ないほか、青色が出せず他の材料で補完しなければならないという問題がある。キューラックスはこれらの問題を解決する新材料「TADF(熱活性化遅延蛍光)材料」を研究・開発中だ。

CEOを務める佐保井久理須氏は、現実離れした経歴の持ち主だ。九州大学医学研究科博士号と米国弁護士資格を有し、何と米アップルに買収された「siri」(音声アシストアプリ)のコア技術の発明者でもある。

300回超のミーティングでも、出資はゼロ

佐保井CEOはかつて、創薬ベンチャーのGNIなどを設立しており、キューラックスは4度目の起業になる。

現在、キューラックスは九州大学が持つ特許を独占的に用い、TADF材料を商品化し、ディスプレイメーカーに材料やライセンスを販売することを目指している。大手メーカー各社も新材料を安く手に入れたい思惑から、冒頭の出資に至っているのだ。

ただ、出資までの道のりは容易ではなかった。「300回以上のミーティングをベンチャーキャピタルなどと重ねたが、1円も調達できなかった。材料ベンチャーはおカネがかかるうえ、いつ成功するか見通しが立たず、敬遠された」と水口啓CFO(最高財務責任者)は振り返る。

そんなときにサムスンから出資の打診があった。サムスンはあくまで単独出資を希望したという。

未来の最大顧客からの申し出は魅力的だった。しかし、「新材料が市場拡大の起爆剤になることを目指しているため、複数社からの出資にこだわった。また、政府の補助金で研究成果を挙げてきたこともあり、技術を日本へ還元したい思いがあった」(安達淳治CTO=最高技術責任者)という。

キューラックスの固い決意にサムスンも単独出資を断念。結局、サムスンを呼び水に、ライバルメーカーのLGや有機ELの量産化を目指すジャパンディスプレイを含めた出資が実現することになった。

キューラックスは高価なクリーンルームや設備を自社で保有せず、九州大学などの設備を共同利用することで投資を抑えている。そのため、3社から調達した15億円は材料費や人件費に充てられている。

それでも、出光興産やダウケミカルなど、多くの研究者を抱え新材料の研究を進めている大企業には規模では到底かなわない。

巨人インテルやARMになれるか?

そこで、より効率的に研究を進めるため、ハーバード大学のAI(人工知能)による深層学習システムを導入するなど、開発コストの削減と期間の短縮を図っている。サムスンなどメーカーは一日も早い商品化を望んでおり、「2018年には(既存材料の弱点となっている)青色のTADF材料を商品化したい」と安達CTOは話す。

有機ELディスプレイの量産化では韓国2社に大きく引き離されている日本勢。しかし材料分野では、業界標準となるような新材料を開発できれば、一発逆転のチャンスもありうる。

あらゆる電子機器に入り込む半導体設計大手の英ARMや半導体大手の米インテルのように、供給先のメーカーにとって、なくてはならない存在に化けることができるのか。キューラックスの挑戦は始まったばかりだ。

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