「歳入庁」

画像の説明 「公の共通集金人」という効率的で公平な仕組み

世の中には、その建前に対しては有効な反論が全くないのに、実現しないものがある。

世界のレベルでは、例えば「世界平和」だ。世界が平和になることに対して、誰も表立って反対しない。これは、昔からそうなのだが、実現していない。世界のどこかで深刻な戦争・紛争があるし、将来の戦争・紛争の種になりそうな対立関係が常に存在する。

率直に言って、世界平和が実現しないのは、直接的には戦争・紛争を自分にとって有効な手段として使いたい為政者が存在するからだし、間接的だがより本質的には戦争・紛争・対立関係がある方が好都合な勢力が存在するからだろう。

日本のレベルに目を転じると、「歳入庁」がこれによく似ている。

税金に加えて、年金、健康保険、雇用保険などの社会保険料の徴収、ついでに付け加えるならNHKの受信料なども、「公の制度として集めることが必要なお金」なのだから、一括して強制的に集めて、それぞれの財源として配分するなら、効率がいいし、何よりも徴収漏れに伴う不公平が起きにくい。これを実現する仕組みとして、海外に例があることもあって、期待されている有力なアイデアが、「公の共通集金人」とも言うべき歳入庁だ。

現在の安倍政権の下でも、かつての民主党政権下でも、構想として歳入庁の設立を言う政権のブレーンは時々いる。しかし、これが大きな流れになったことは一度もない。他方、歳入庁設立構想に対する具体的な批判の議論も聞いたことがない。

世界の多くの為政者や武器商人が「世界平和」が絵空事であってほしいと本音では願うように、税金や各種の社会保険料を集める役人さんたちや、彼らに影響力を行使できることが存在意義である政治家にとっては、自分たちの仕事と権限を取り上げられる可能性が大きい歳入庁設立による徴収業務の効率化は「論外の構想」なのだろう。
たいへん残念なことだ。

GPIFの運用利回りより年金保険料の徴収率の方が問題

二度にわたって金融庁の「金融レポート」(平成27事務年度版)を取り上げ、個人投資家にとって有用であることを強調したが、もう一つ公的機関のレポートで、個人投資家が読むに値するものがあるのでご紹介したい。

公的年金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が発表した「平成27年度 業務概況書」は面白い!

GPIFは世界最大規模の運用機関であり、その運用業務の詳細について書かれており投資に興味を持つ人にとって興味深い箇所が方々にあるので、ぜひGPIFのホームページからダウンロードして読んでみてほしいと思うのだが、この約130ページに及ぶ冊子の中で、全ての国民に読んでほしい注目箇所は、「(コラム)年金財政における積立金の役割」(p14)と題する1ページのコラムだ。GPIFは次のように言っている。

「年金給付の財源(財政検証で前提としている概ね100年間の平均)は、その年の保険料収入と国庫負担で9割程度が賄われており、積立金から得られる財源(寄託金償還又は国庫納付)は1割程度です」

昨今、GPIFの運用損失に関して国会やマスコミで賑やかに取り上げられているが、設計上、公的年金の給付金の財源は9割が将来の年金保険料であり、仮に、約130兆円に及ぶ積立金が運用の失敗によって全て失われても(そのようなことはほぼあり得ないが)、年金給付の9割は支払い可能なのだ。

巷間、計算上の積立金の枯渇をもって「年金破綻」と言いたがる言説があるが、日本の公的年金は、「130兆円」が小さく見えるほどの壮大な仕組みなのだ。

このスケール感は、一般に想像しにくいかもしれないが(ただし、運用の損益が将来の年金財政に影響を持たない訳ではない)、「年金はどうせ破綻する」と決めつけて、公的年金から離れようとすることは賢くない。

しかし、ここで大きな問題となるのは、現在及び将来、年金保険料が正しく全て徴収されているか否かだ。

もちろん、両方が大事なのだが、敢えて言うなら、GPIFによる年金積立金の運用利回りよりも、年金保険料の徴収のパフォーマンスの方が、日本の公的年金財政にとって大きな問題だといえる。

マイナンバーの活用で社会保険料の徴収を改善

そして、自営業者らが入る国民年金について、被保険者が納めるべき保険料のうち実際に払われた割合を示す納付率は7割を切っており、しかも、厚労省が発表する納付率は、低所得者や学生ら保険料を免除・猶予されている人を対象者から除いて算出されている。免除・猶予になっている人々を対象に含めた実質的な納付率は4割台だ。大丈夫なのだろうか?

年金保険料を支払わない人は、その額に応じて将来の年金給付を受けられなくなるはずだから、超長期的には辻褄が合う「かも」しれないが、将来に保険料の未徴収が大規模に残った場合、将来年金給付を受け取る見込みの世代に対して十分な財源があるかどうかが心配だ。

そうした場合でも、公的年金は、支給額が「縮小」するのであり、「破綻」してなくなる訳ではない筈だが、GPIFの運用利回り以上に、日本年金機構の年金保険料の徴収実績に注目して然るべきだ。

マイナンバーの活用で社会保険料の徴収を改善

今のところ、国民から見ると、手続きの面倒臭さと、セキュリティへの不安ばかりが感じられる、ひたすら面倒なだけのマイナンバーだが、税金と社会保険料の徴収に活用されることになっていて、(未定だが)今後の利用の拡大が予想されている。

マイナンバーによって個人のデータを把握し、税務当局が持っているデータと、年金などの社会保険関係の徴収業務を行う組織が持っているデータを合体させることで、特に、年金保険料の徴収が改善することが期待されている。

筆者は、マイナンバーの利用拡大に賛成であり、全ての金融データ(取引データも資産データも)をマイナンバーと結びつける「金融実名制」を導入すべきだと考えているが、当面の利用方法だけであるとしても、税金の徴収と、社会保険料の徴収を別々に行うことは、言わば、レストランで食事の会計レジと、飲み物の会計レジが別々に存在するような非効率であることが明白だ。

そもそも、お金に色は着いていない。「税金」、「保険料」と色分けして、別々に集金するのは非効率的だ。

はっきり言うと、年金保険料はいわば「年金税」として徴収してしまう方が効率がいい。健康保険も、雇用保険も同様だろう。付け加えると、NHKの受信料も予算が国会で承認されるのだから基本的な放送サービスの対価は税金が財源でいいし、贅沢な放送(?)に関しては、スクランブルを掛けて有料にするなり、広告を取るなり、民間の放送局と平等な条件で競争するのがフェアだろう。

関係省庁のナワバリ意識が歳入庁の設置を阻む

税金の徴収は、国税庁、即ち財務省のナワバリだ。公的年金の保険料徴収は日本年金機構、即ち厚労省のナワバリだ。雇用保険も同様と考えていいだろう。

健康保険や生活保護に関しては、地方自治体の、その元締めとしては総務省のナワバリだと考えるべきだろう。加えて、NHKの受信料はNHK自身が集めているが、その所管は総務省だ。

民間の感覚で業務を効率化するなら、これらを一元的に徴収してそれぞれ必要な勘定に振り分けることを考えるのが「普通」の考え方だろう。複数のレジを設けることは、お金を徴収する側にとってもコスト高だし、取られる側にとっても手間が増える愚挙だ。

それでは、これらの集金業務を「歳入庁」に集約するとするならどうなるのか。

それぞれの関係省庁は、自省に歳入庁を完全に取り込むことができないとするなら、自省のナワバリにある権限とポストや雇用を手放したくないと思うだろう。

この点が、明らかな効率化につながるにもかかわらず、歳入庁が実現しない理由にちがいない。

政治主導、首相官邸主導で歳入庁の設置を進めることは、理屈上は可能だが、各所の官僚組織が面従腹背的サボタージュで抵抗するにちがいない。

現状の政治家と官僚の力関係から考えて、率直に言って、歳入庁が実現するとは予想していない。仮に、今の政権で実現するなら、安倍政権は筆者が思っているよりは随分立派な政権なのだということに違いない。

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