「スパコン京」

画像の説明 医師にしてスパコン開発者、そして常識はずれのヴィジョナリー。

PEZY Computingの総帥・齊藤元章は、自らがつくるスーパーコンピューターこそが、シンギュラリティの到達を「もっと早く」実現させると語る。
10/19開催の「FUTURE DAYS」に登壇する彼の驚くべきヴィジョンは、いかなる人生をたどるなかで醸成されてきたのか?

2014年11月1日、茨城県つくば市にある「高エネルギー加速器研究機構(KEK)」で、とあるコンピューターの最終テストが行われていた。すでに日の暮れた辺りに人気はないが、建物の中では十数人の男たちが忙しなく動いていた。

ある者はひたすらモニターに映し出される細かい数字を追いかけ、ある者は頭を抱えながら机に向かって計算式を書き連ねる。大学の講義室のような雑然とした部屋の机の上には、計測器や工具が散らばり、コーヒーの空き缶が無造作に置かれている。

20人に満たないヴェンチャー企業PEZY Computingが、7カ月間という常識では考えられないほどの短期間で生み出したスーパーコンピューター「Suiren」(睡蓮)。その最初の計算結果を少しでもよいものにしようと、社員たちが連日泊まり込みで働いていた。

この常識破りのスパコンが生まれ、世界へと漕ぎ出そうとする最前線に、PEZY Computing創業者兼最高経営責任者(CEO)、同時に医師でもある現在47歳の齊藤元章はいた。眼鏡にかかる前髪を時折かき上げながら、メンバーのなかでもひときわ鋭い視線で、彼らのスパコンの生命線である冷却システムの温度変化を見つめている。

Suirenが挑んでいるのは、毎年2回ずつ、6月と11月に発表されている、世界で最も高速なコンピューター上位500位のランキング「TOP500」と世界で最もエネルギー消費効率のよいコンピューターランキング「GREEN500」だ。この日、11月1日は、TOP500の申請締切日。齊藤らは申請に必要なデータを得るためのテストに、徹夜続きで臨んでいたのである。

2つのランキングでは、非常に負荷の大きな「HPL」(High Performance Linpack)と呼ばれる計算ソフトを、どれほどの速度で計算できるかで性能が評価される。

だが、Suirenによる計算は思うように進まない。テストの最中にはコンピューターの心臓部であるCPUにトラブルが生じ、スパコンを冷却するための冷却液にも異常な温度上昇が検出された。すぐに社員のひとりが外へ走り、少しでも冷却効率を上げようと冷却装置に水をかける。計算は何度もストップし、そのつど、最初からやり直しとなった。

やがて、「パス!」という齊藤の歓喜の声が部屋に響いた。その日6度目の挑戦で、Suirenはようやく計算をやり終えたのだ。結果は178.1TFLOPS(テラフロップス)、1Wあたり4.6GFLOPS(ギガフロップス)。豆電球を灯せるほどの電力で、1秒間に46億回もの計算が行える性能を証明し、彼らは無事、TOP500への申請を終えたのだった。

13日後の11月14日、今度はGREEN500のためのデータ申請最終日に、Suirenは4.95GFLOPS/Wを記録。その結果は2014年のGREEN500で、5.27GFLOPS/Wの成果を叩き出したドイツのGSI Helmholtz Centerのコンピューターに次いで、世界第2位となった。さらに翌2015年6月の同ランキングで、PEZY Computingによる新モデル「Shoubu」(菖蒲)と「Suiren Blue」(青睡蓮)、そして「Suiren」の3台のスパコンは1〜3位を獲得。スパコン開発を始めて約1年しか経ていない、わずか20人程の小さなヴェンチャーは、世界のコンピューターの祭典で表彰台を独占してしまったのである[編注:2016年6月のGREEN500でも、Shoubuが世界第1位を獲得している]。

齊藤元章、登壇。10/19開催「FUTURE DAYS」
10月19日、年に一度のWIRED CONFERENCEが開催。今年は「FUTURE DAYS」と題し、オルタナティヴな未来を豪華スピーカーと考える。昨年の「WIRED A.I.」に続き登壇する齊藤元章は、「スパコンがコピー機サイズになる日」のぼくらの暮らしを語る。

プレ・シンギュラリティの衝撃
齊藤がスパコン開発の先に見据えるのは、人類の未来を握る「エクサスケール・コンピューティング」の実現だ。そのための技術は、すでに彼らの手の中にある。

齊藤によれば、Suirenに搭載されている彼らの独自開発によって生まれたプロセッサー「PEZY-SC」を、日本が誇る理化学研究所のスパコン「京」と同じ規模で作動させれば、京の演算能力10ペタ(1015)フロップスの128倍、すなわち1,280ペタフロップス=1.28エクサフロップスの性能を発揮することができるという。

では、1エクサフロップス(数字で表すと「1,000,000,000,000,000,000フロップス」だ)の演算性能をもつスパコンが生まれたとき、果たしてどんなことが起こるのだろうか?

「まず最初に、エネルギーに関する問題が解決されるでしょう。スーパーコンピューターの圧倒的な計算能力によって熱核融合や人工光合成が実現し、世界は新しいエネルギーに満ち溢れます」と、齊藤は“エクサスケールの衝撃”を説明する。

「そして、より高度な遺伝子組み換え技術と人類すべての食料を補って余りある生産技術が確立し、食料問題が解決します。労働は超高効率のロボットで代替され、最終的には衣食住のすべてがフリーになります。それによって現在のような消費のシステムもなくなり、人は生きるために働く必要のない『不労』の社会を手に入れます。

やがて人体のメカニズムが革新的に解明されることで、人類は『不老』をも手にすることになるでしょう。これが未来学者、レイ・カーツワイルの提唱した『特異点(シンギュラリティ)』の前に起こる、『前特異点(プレ・シンギュラリティ)』によって生じる世界です。人類はあと5〜10年もしないうちに、このプレ・シンギュラリティを迎えることになるでしょう」

エクサスケール・コンピューティングは、宇宙の命運すらも握るものなのです。

齊藤は、日本から、このプレ・シンギュラリティを起こすことが必要だと語る。「おそらく、最初にエクサスケール・コンピューティングの力を手にし、プレ・シンギュラリティを実現した国に、それ以外の国々は一切追いつけなくなります。

プレ・シンギュラリティに至ることで人類は時間と空間の双方をコントロールできるようになり、わたしたちの生活や社会の仕組み、人間の価値観をも一変させてしまうことになるのです」

さらにエクサスケール・コンピューティングは、人工知能の開発にも大きく寄与することになるだろうと齊藤は考えている。それは、ある特定の機能を行うだけでなく、人間のように意識をもって学習する「汎用人工知能」を生み出し、2045年に訪れるといわれるシンギュラリティの実現をいよいよ現実のものとする。

「そのときに生まれるものは、おそらく現在のわれわれの知性では形容する言葉すらもてない、驚異的な新しい“何か”です。エクサスケール・コンピューティングは、人類が『新生人類』へ進化するためのトリガーを引くとともに、宇宙の命運すらも握るものなのです」

Dr.シリアルアントレプレナー
1968年、齊藤元章は自然豊かな新潟の地に生まれる。当時の新潟大学の工学部学部長、かつ生体医療情報工学研究者である父のもと、幼いころから科学と触れあいながら人生を歩んだ齊藤は、新潟大学医学部へと進学をする。

MOTOAKI SAITO, M.D., Ph.D.︱齊藤元章
1968年生まれ。メニーコアプロセッサー開発のPEZY Computing代表取締役社長、液浸冷却システム開発のExaScaler代表取締役会長、超広帯域3次元積層メモリー開発のUltraMemory創業者・会長。医師(放射線科)・医学博士。大学院時代から日米で医療系法人や技術系ヴェンチャー企業10社を立ち上げた実績をもつ。2003年、日本人初の「Computer World Honors」を医療部門で受賞。著書に『エクサスケールの衝撃』〈PHP研究所〉がある。

「『科学には、基本的には人間の中のことか外のことかの2つしかない』と子どものころから父親に言われ続けてきました」。齊藤は幼少時代をそう振り返る。「『人間の外のことを研究するのに免許はいらないけれど、人間の中の探究には医師免許というパスポートが必要だ。だから医師免許を取っておいて損はない。将来医者をやるかやらないかはお前の自由だが、免許をもっておけば選択に困らないよ』と。

ずっとそう言われ続けて生きてきたのです」
大学を出た彼は、まるで父の跡を追うかのように、医学と工学の境界領域である放射線医学を学ぶために、東京大学医学部附属病院放射線科に進む。

そこで齊藤は、その後の人生を運命付ける出合いを経験することになる。当時、世界に11台しかなかった最新の超高速CT(コンピューター断層撮影:Computed Tomography)装置のうちの1台との邂逅だ。1秒間に17回の体内スキャンを可能にするそのCT装置は、当時は撮影が難しかった心臓のような臓器でも、鮮明な動画による断層撮影を可能にするものだった。

「ほかでは見られないような体内の様子を動画で見られるんだ! と驚きました」と齊藤は言う。「いったいどんな仕組みになっているんだろう?と、夜な夜な院内に忍び込んで機械をバラしたものです。実際に何度か装置を壊して怒られたこともありましたが…。でも、まさに医療の未来を見ているようで本当にわくわくしましたね」

そのようにして医療機器研究の道を進んだ彼は、心臓の3次元CT画像に、時間軸の変化を加えた4次元のリアルタイム画像を世界で初めて作成することに成功。1993年には、シカゴで行われた北米放射線学会でこの画像処理システムを発表し、医学界で大きな反響を呼ぶこととなった。

当時からシリコンヴァレーに行きたいと思っていました。早く世界基準で結果を出したかった。

「君のような変わったやつは、すぐにアメリカに来て起業すべきだ」。この超高速CT装置を開発したイマトロン社の社長ダグラス・P・ボイドは、齊藤の学会発表を見るとすぐにそう声をかけた。

「『シリコンヴァレーにあるおれのオフィスを間借りしてもいい。全部面倒を見てやるから、すぐにアメリカに来い』。そう誘ってもらったんです」と齊藤はボイドとの出会いを語る。「わたし自身も、当時からシリコンヴァレーに行きたいと思っていました。早く世界基準で結果を出したかったし、自分の力が世界でどのくらい通用するのかを知りたかった。そう思っていたところに、たまたまボイドさんからそのように手を差し伸べていただき、一も二もなく行くことに決めました」

1997年、アメリカに渡った28歳の齊藤は、医療画像システムの総合開発を手がけるテラリコンを創業。

研究開発系シリアルアントレプレナーとしてのキャリアの第一歩を、齊藤はカリフォルニアの乾いた大地に刻んだのだった。彼が12年にわたってCEOを務めた同社のCT画像処理技術は、やがてフィリップスや東芝などの大手メーカーを差し置いて、世界的評価を獲得することになる。創業から18年が経ったいま、テラリコンはカリフォルニアのフォスターシティ本社のほかに、マサチューセッツ、東京、ドイツ、ブラジルに支社を置く、世界中の病院へ医療画像処理サーヴィスを提供する企業へと成長している。

サンフランシスコベイのお告げ

2004年の春、気持ちよく晴れたある朝に、齊藤はいつものようにシリコンヴァレーのオフィスまでクルマを走らせていた。「サンフランシスコベイの奥まったところがきれいに見えて、太陽の光が反射して光り輝いている。相変わらずいいところに住んでいるなぁと思いながら運転しているときに、その日の朝に見た、奇妙な夢のことを思い出したんです」
日本はこのまま終わってしまうのではないか、とすら思いました。

彼が夢のなかで見たのは、「医療の未来」だった。彼は、その夢のなかでも医師として生きていた。そして眼前の端末には、(自身がのちに開発することになる)スーパーコンピューターによるシステムがあった。

そのコンピューターシステムは病気を自ら発見し、生存率を上昇させる治療法を提案し、創薬すらも行い、場合によっては派生する病気についても検討できる能力をもっていた。齊藤は夢のなかで、コンピューターが人類の未知の病気を発見する瞬間に立ち会っていたのだ。

「最初は、なんだかすごい夢を見たなということしか記憶していませんでした。でも、景色を見ているうちに夢のなかの出来事がゆっくりと整理されて、かたちになってきたところで、これはすごいことなんじゃないのかと気づいたわけです。

当時の医療機器の世界は、MRIやCTによって患者の状態を表示・解析するところでとどまっていました。ちょうどそのころ『なんとかしてこの限界を超えられないか、最終的には病気を自分で見つけることができないとダメなんじゃないか』ということを悶々と考えていたので、あんな夢を見たんだろうと思います」

2014年夏、齊藤らが独自開発した1,024コアをもつメニーコアプロセッサー「PEZY-SC」。

金融危機によって思うような研究開発を行えなかった2000年代後半を経て、2011年、齊藤はもうひとつの人生のターニングポイントを迎えることになる。3月11日、日本の震災をサンフランシスコで知った齊藤は、テレビの画面を埋め尽くす悲惨な映像に愕然とした。

「日本はこのまま終わってしまうのではないか、とすら思いました。経済大国である母国が、一気に崩れてしまうのではないかと」。齊藤は言う。「これからいつ、また、こうした未曾有の災害があるかわからない。もちろん医療も大事だけれど、もっと幅広いことで世の中の役に立たないといけないのではないかと思うようになりました。
医学だけでなく、自然科学全体に貢献できるようなことをやりたいと考えるようになったのです」

そこで思い出したのは、いつかの夢で見た「未来のコンピューター」だった。それが、革新的なプロセッサー技術によって、次世代コンピューターの開発を実現するという願望が、齊藤のなかで芽生えた瞬間だった。

彼は震災を機に日本へ帰ることを決め、プロセッサー技術を開発するヴェンチャー企業PEZY Computingを立ち上げる。「PEZY」という名は、単位接頭語である「Peta(1015)」「Exa(1018)」「Zetta(1021)」「Yotta(1024)」の頭文字をとったものだ。

「これまで扱った前半4つの単位接頭語のキロ(Kilo)、メガ(Mega)、ギガ(Giga)、テラ(Tera)の時代とは圧倒的に異なる、『まったく次元の違った高い水準の技術群を開発しよう』という想いと決意を込めて、後半の4つの単位接頭語の頭文字を集めて『PEZY』を冠した」

齊藤は2014年12月に刊行した著書『エクサスケールの衝撃』のなかで、そのように綴っている。彼らが2014年夏に完成させたメニーコアプロセッサー「PEZY-SC」はその名にふさわしく、日本発のプロセッサーとして最大規模の1,024個のコアをもつ、桁違いの演算性能をスパコンに与えるための核となった。

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