「海底資源」

画像の説明 世界ではいま、血を流さない領土の取り合いが起きている。

狙いは海底に眠る石油や金などの資源。その開発権を獲得するため、現在81件の大陸棚延伸申請が提出されている。

分厚い氷河に覆われた北極点。ロシアは2007年、原子力潜水艦を投じて約2カ月間調査を行った。チタン製のロシア国旗を海底の北極点部分に突き刺し、カナダ側に踏み込んだ海域までを自国の大陸棚にあたると主張。

国際機関に大陸棚の延伸を求めた。こうした動きはロシア以外にも広がっている。

国連海洋法条約では沿岸から200カイリ(370キロメートル)の排他的経済水域(EEZ)を超える部分については海底の地形や地質が領土と続いていれば、国連の大陸棚限界委員会の審査により大陸棚として延長することが可能。自国の大陸棚では海底資源の開発権が認められている。

「大陸棚をなるべく多く取り、資源確保につなげようと各国が命を懸け始めている」。

各国からの申請を判断する国連の大陸棚限界委員会。21人の委員のうちの1人、浦辺徹郎・東京大学名誉教授はそう感じている。

申請を却下されたとしても国益に関わるため各国とも簡単には引き下がらない。「判断は非常に難しい」といい、積み上がった申請を処理するため1年のうち約150日を国連のあるニューヨークで過ごす日々を強いられている。

世界が関心を寄せる海底資源。その開発で世界の先頭を走ろうとしているのが資源小国の日本。

独立行政法人の石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が中心となり、民間企業とともに海底から鉱物資源を回収する世界初の実証試験を17年度に始める計画だ。

東シナ海で試験

JOGEMC金属資源技術部の広川満哉・担当審議役は「量は多くなくとも、きちんと鉱石を引き揚げることが確証でき、商業生産に向けて技術の問題などを洗い出していく」と説明する。

沖縄本島北西の東シナ海で調査船「白嶺」を用いた2-4週間の試験を予定。最大深度1600メートルの海底からポンプやパイプを用いて鉱石を1日当たり換算で100トン程度吸い上げる計画。商業生産に向けては日量5000トン程度を取り出す必要があるという。

民間企業からは三菱重工業や新日鉄住金エンジニアリング、住友金属鉱山、清水建設など7社が企業連合を結成して参加する。

各社が得意とする技術を持ち寄り、採鉱・揚鉱技術の確立に向けた取り組みを進めている。海水に耐える素材を使った機械で海底を採掘し、鉱石を海水とともに海底から引き揚げる技術の確立を目指す。

参加企業の1社、新日鉄住金エンジニアリングの坂本隆・海底資源開発事業推進部長は「石油開発の世界では日本の技術は海外に比べて2周遅れ。海底資源の開発で同じことが起きればあまりにも寂しい。今回は先行したい」と述べた。

資源は3種類に大別

海底資源は大きく3つに分類される。海底から噴出する金や銀、銅、鉛、亜鉛などが沈殿して形成される「海底熱水鉱床」。

鉄やマンガンの酸化物を主成分とする海水起源の堆積岩で、コバルトやニッケル、白金などのレアメタル(希少金属)を含む「コバルトリッチクラスト」。

水深4000ー6000メートルの深海に分布し鉄やマンガン、ニッケル、銅などを含む「マンガン団塊」。

このうち開発の実現可能性が最も高いとして注目されるのが海底熱水鉱床。

金や銀を含んでいるために経済性が高く、日本のEEZ内に集中して分布している。水深も2000メートル以下とコバルトリッチクラストやマンガン団塊と比べて浅い場所に位置していることから、より開発しやすいとみられている。

JOGMECがこれまでに確認した沖縄周辺を中心とした複数の海底熱水鉱床以外にも海底資源の存在は確認されている。

東大の研究チームは6月2日、伊豆諸島青ケ島(東京都)沖の海底熱水鉱床で亜鉛・鉛を中心に高濃度の金を含む鉱石を発見したと発表。

分析した鉱石15個のうち亜鉛の平均品位は23%と高く、金は最高で1トン当たり換算で275グラム、平均で同102グラム含まれていた。

商業化に期待

金鉱石の世界的な平均品位は1トン当たり約3グラム。世界トップクラスの金含有率を誇る住友金属鉱山の菱刈金鉱山(鹿児島県伊佐市)でも同30ー40グラム。陸上では高品位の鉱石を含んだ鉱山は掘り尽くされており、海底には陸上よりも高い品位の鉱石が埋もれている可能性もある。

研究チームの飯笹幸吉・東大生産技術研究所特任教授は「試料数が少なく、経済性を評価するにはデータが少なすぎるが、高品位の鉱石が見つかったことは資源量の調査をする価値が十分にあり、商業化へ向けた期待が持てる」と話す。

商業化へ向けた取り組みの現状はどうか。パプア・ニューギニア沖で海底資源開発を進めているのがカナダのノーチラス・ミネラルズ。

昨年12月、中国の銅陵有色金属集団に海底から採取した銅鉱石の販売を2018年前半に開始すると発表した。海底資源開発の商業化を世界でいち早く宣言している企業だ。

国内外の鉱山現場において民間企業で40年以上の経験を持つJOGMECの秋山義夫顧問は、ノーチラスの資料などを基に同プロジェクトの経済性を独自に試算した。

それによると、海底からの引き揚げなどにかかる鉱石の1トン当たりの採鉱費は陸上と比べて10倍になる。

生産コストは5分の1

一方で銅鉱石の品位が7%と高く、金や銀の含有率も高いため、不要な鉱物などを取り除いて鉱石の品位を高めた精鉱の生産コスト(減価償却費除く)は同750ドル程度と試算。一般的な陸上鉱山の平均3500ドル程度と比べ5分の1弱の水準にとどまるとの見方を示した。

秋山氏は、ノーチラスの海底プロジェクトの場合は生産期間が3年程度と短く、減価償却負担が重いことから同費用を含めた総コストは1トン当たり3400ドル弱に高まると試算。それでも平均的な陸上鉱山の約4200ドルを下回るとみている。

ただ、これをもって早期の商業化が可能とは言えないと秋山氏は指摘する。

まず、商業化には「少なくとも15年は操業できる埋蔵量が必要」。さらに「操業開始後に陸上鉱山と同様の高い操業度を維持でき、必要な部品供給といった生産設備のメンテナンスができるのかどうかは実際にやってみないと分からない」。

環境対策も必要

技術的な課題もある。石油や天然ガスの開発では海底から鋼管で吸い上げる際、水よりも軽い性質のため引き揚げやすい。

一方、重い鉱石を海水と共に海面まで引き上げることは技術的に初の取り組みとなる。鉱石には有毒性のヒ素が含まれており、海底から鉱石を引き揚げた際にヒ素を含んだ海水処理をどうするのかといった環境面での対策も必要となる。

わずか半世紀前には国内でも210カ所以上の鉱山が存在した。ところが資源の枯渇などから現在も商業生産するのは菱刈金鉱山のみ。

自動車や携帯電話など生活に欠かせない製品の原料となる鉱物資源の大部分を輸入に依存しているのが実情だ。鉱物資源の禁輸に乗り出す資源国も出てきた。

政府の海底熱水鉱床開発委員会の委員長も務める東大の浦辺氏は「今すぐ海底資源を取りに行く必要はないが、近い将来に陸上の資源供給に支障が生じることは確実。時間はかかるが最初に技術やいろいろな方法を開発しておかなければ間に合わない」と警鐘を鳴らしている。

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