「からくりと秘密」

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日本からの対外投資先の1位はアメリカだが、2位は英国領ケイマン諸島である。非課税のケイマン諸島に60兆9,280億円が向かっているのだ––。
「パナマ文書」の報道が始まった頃のことだ。長年つきあいのある某国の取材協力者が、「紙を見せて説明するよ」と、オフィスの棚から2通の書類を取り出した。どちらも英文の法人登記で、ひとつは「BVI」という文字がある。英国領バージン諸島のことで、もう1通は別の英国領でつくられた投資会社である。
設立は10年以上前。OECD諸国が監視強化を打ち出す以前だ。2社の登記とも同一人物のパスポートの写しがあり、中年の西洋人の顔写真が貼られている。この書類で彼が何を言いたかったのかというと、タックスヘイブンでペーパーカンパニーをつくるプロセスは「とてもイージー」ということだが、それよりも驚いたのは、「では、このペーパーカンパニーをつくったのは誰?」と尋ねたときだ。
彼はぶつぶつと何か言った後、こう答えたのだ。「政府だよ」。
「パナマ文書」で焦点となっているのは、税から逃れようとする個人と企業、そして政治家だ。ところが、租税回避に手を焼き、監視を強化する政府も、実は利用者だったという。このペーパーカンパニーをつくったのは大国の諜報機関だった。タックスヘイブンの守秘性を利用して、自国に都合がよくなるよう政治工作を各国で行う。
米CIAや英MI6が有名だが、ロシア、中国、イスラエル、フランスなど、「どこだってやってるよ」と言うのだ。「資金の出所がわかると困るからね」と、彼は言う。
「例えば、出先機関として香港に会社をつくる。香港にはBVIに10万円くらいで法人を設立する会計事務所がたくさんある。業者が架空企業の名前をAからZまで用意していて、我々は名前と業種をチョイスするだけ。銀行口座がすでに開設されていることもある。つまり、BVIにつくった法人の銀行口座があれば、海外で活動する際に足がつかずに済む」
背後にある政府の存在までたどり着くことはできない、というわけだ。米ソが対立した冷戦時代、資源国の政権をひっくり返して傀儡政権をつくるため、諜報機関が民衆のデモを仕掛けたり、首相や大統領を失脚させたり、あるいは武器を反政府勢力に供給した。こうした工作はアクティブメジャーと呼ばれた。工作に使う機密費の流れについて、国際テロに詳しい捜査関係者はこんな見方をする。
「現在のマネーロンダリングのルーツは、冷戦時代の代理戦争にある」
秘密保持と税の優遇という都合の良い仕組みは、中世のローマ教皇領やイギリスの王族・貴族に起源があると言われる。特権階級だけが、不公平な仕組みを独占できたのだ。次第に貿易商など富裕層も特権階級の仲間入りをして、1950年代までは個人の富裕層が租税回避にタックスヘイブンを利用した。
1967年、ケイマン諸島で信託法が公布され、海外企業の呼び込みを始めるや、経済のグローバル化も重なり、70年代以降、ビジネスとして企業の利用が増えていく。
つまり、一部の権力者が使っていた仕組みが、「大衆化」したのだ。門戸が開かれたことで、会計や法律の専門家たちが新たなスキームをつくってはニーズを掘り起こしていく。こうしてタックスヘイブンを利用した取引が世界経済の中に組み込まれていった。
日本銀行の国際収支統計(2013年末)によると、日本からの対外投資先は1位がアメリカで、2位は西インド諸島にあるケイマン諸島である。タックスヘイブンのケイマン諸島は、11年に日本と租税協定を締結して租税回避防止の情報交換が行われているせいか、直接投資額は微減傾向にある。
例えば、相続税対策として資産を移転(譲渡)するSPC(=Special Purpose Company、特別目的会社)をつくった場合、SPCの新設や既存企業への出資は直接投資で、それは減っている。一方で、間接投資である証券投資は急伸している。直接投資が5兆948億円なのに対して、証券投資は55兆8,332億円。合計60兆9,280億円だ。後述する航空機リースなどの金融商品が証券投資に含まれる。
では、タックスヘイブンで何が行われているかを見てみよう。
復興マネーが航空機に
タックスヘイブンに行くと、企業名を書いた細長いプレートがオフィスの入り口にずらっと並ぶ。実際は登記だけのペーパーカンパニーで、その多くがSPCだ。日本をはじめ世界の富裕層、金融機関、事業会社などが資産の流動化や証券化を目的に設立した会社である。
例えば事業会社は、保有する資産(金融資産や不動産)をSPCに譲渡することで資産を会社本体から切り離す。その上でSPCは譲渡された資産を担保に株式を発行したりして資金を調達する。これにより会社の資産を圧縮して財務指標を改善したり、資金の調達コストを抑えたりできる。
このSPCを使ったビジネスのひとつ、航空機リースを紹介したい。現在、世界の空を飛んでいる航空機の数は約2万3,000機。そのうち約8,000機がリース商品である。リースの航空機の共同所有者として、実は日本人が増えている。
「東日本大震災の復興が影響しており、今後の航空機産業は震災の復興にかかっているといっても過言ではない」と、リース会社の関係者は公言する。
ある富裕層向けコンサルタントは、「SPCの会社名義のクレジットカードを使って優雅に暮らす人がいる」と言う。
「旅行費用も買い物費用もすべてコーポレートカードで支払い、SPCに積み上がっている利益を経費で落とす。豪遊の思い出と購入したおみやげを日本に持ち込んでもなんら問題はないのです」

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