「人材」

画像の説明 「介護を理由に仕事を辞めたら、その後の人生はどうなってしまうのか?」

そんな不安を抱えながら仕事をしている人が今、増えています。介護を行うために早く帰ることを申し出ると、「降格させられるかもしれない」「辞めさせられるかもしれない」と思っている人が少なくないからかもしれません。

確かに、介護と仕事の両立をよく思わない職場もあるのでしょう。ただ、人手不足もあり、何とか職場に残ってもらおうと策を練っている会社も多いのが実情です。それでも介護離職を決断する人は増加し続けています。高齢化が一層すすむ日本で、仕事と介護の両立をさせることはできないのでしょうか。

今回は、実際に介護を理由に離職した方の声を紹介しながら、介護離職の実態と問題点を考えてみたいと思います。

「何とか辞めないで働いてくれないか」
会社が引き止めても辞めていく介護離職者

近年、家族の介護のために仕事を辞める人=介護離職が増えています。製造業の会社に勤務しているBさんは、父親が要介護の状態で、妻も入院中。介護施設に行くため会社を早退することが週に数回あります。同僚たちは「気にするな」と言ってくれますが、これから何年続くのかを考えると「精神的にもたない」と思い、退職を決意したようです。ただ、退職願を出したときに受けた上司からの引き止めは、半端ではないものでした。

「君のこれまでの経験は会社にとって貴重なもの。何とか辞めないで働く方法は考えられないのか」

と、上司は説得を繰り返したようです。しかし、Bさんはすでに心が折れており、かつ介護に専念したいとの決断は変わりませんでした。Bさんは翌月には退職。父親の介護施設のそばで、バイトしながら生計を立てることにしました。

40歳以上の85%超が「介護」を覚悟

このように管理職や経験豊富な人材であっても仕事と介護の両立が困難となり、退職に至るケースは少なくなく、損失は個人だけでなく会社にとっても大きく、社会問題化しつつあります。会社も退職に至らないように、時短やワークシェア、あるいは在宅勤務など介護する社員に対してケアをするようになりました。もはや家族を介護するのは当たり前という状況になりつつあるかもしれません。

また、団塊世代が70歳代に突入する2017年前後からは介護離職者の増大が予測され、大きな懸念になっています。現在40代前後の社会人のなかには「将来的に介護をすることになる」と既に覚悟をしている人も多いようです。

中央大学が40歳以上の会社員約7000人にアンケート(「仕事と介護の両立に関する2014年調査」)を取ったところ、今後5年間で「介護を担う可能性がある」と答えた人が86.7%にのぼったと言います。この世代は職場で重要な任務を行っていたり、部下も抱えていたりと、離職すれば現場への影響は免れません。介護離職は会社の課題でもあるのです。

少なくないアラフィフ女性の介護離職
国が乗り出した対策の中身は?

ちなみに介護と仕事を両立している人は、現在約300万人とも言われています。介護のために離職する人は年間で約10万人。30人に1人が両立を断念していることになります。年代別に「介護離職」の割合みると、男性は年齢による差はほとんどないものの、女性は個人的理由で離職した人のうち「介護」を理由とする人の割合が「55~54歳」と「60~64歳」で高くなっています(厚生労働省「平成26年雇用動向調査」)。男性の介護者が増えたといっても、女性に介護負担が偏っているのは否めない実態でしょう。

「母親の認知症が進行して、介護のために会社に行けない日が増えていました。このままでは会社に迷惑をかけてしまうと思い、退職を決意しました」

そう話してくれた女性は、人材派遣会社の管理部門に勤務していたSさん(48歳)。夫婦でどちらが介護するのか、家族会議を重ねて、その結論としてSさんが会社を辞めることになりました。

ベテラン社員の退職は会社に大損失!

ただ、Sさんは社内のベテラン社員として貴重な戦力になっていました。後任を探すのは簡単ではありません。結局、当面の間は社内で複数名が手分けして担当することになったとのこと。「落ち着いたらいつでも戻ってきてほしい」と懇願する上司の言葉は本気ではないでしょうか。では、本当にSさんは辞めるしかなかったのでしょうか?

介護離職は人手不足の日本経済にとっても大きな損失です。そうしたなか、対策を打つべきと考えた動きはいくつも見られるようになってきました。まず、日本政府は安倍首相が記者会見で提唱した「介護離職ゼロ」に向けた具体策として、寝たきり状態など、介護を必要とする重度の要介護者が少ない費用負担で長期入所できる「特別養護老人ホーム=特養」を増設して入所待機者を少なくし、親などの介護を理由に仕事をやめる介護離職者を減らしていきたいとしています。内閣の目玉政策「一億総活躍社会」の実現に向けて、11月末に決定した緊急対策の柱に位置づけています。

ちなみに高齢化の進展で特養入所待機者は約52万人に上り、首都圏を中心に慢性的な不足状態に陥っています。施設の増設のため、首都圏にある国家公務員宿舎の跡地を介護施設の事業者に優遇して貸し出す方針を決めたほか、介護休業を取得すると「介護休業給付金」を受給できます。厚生労働省の資料でも「介護に直面しても仕事を続ける」意識が重要としています。

誰にも相談せずに介護離職してしまい、経済的、精神的、肉体的により追い込まれてしまうこともあります。介護休業は「対象家族1人につき、一の要介護状態ごとに1回、通算で93日取得できる」のですが、「自分が介護を行う期間」というよりは、「今後、仕事と介護を両立するために体制を整えるための期間」と位置付けられています。環境がさらに整うことを期待して介護離職を思いとどまっていただきたいと願います。

「40万人の介護人材不足」が
介護離職問題の解決を揺るがす

ただ、介護施設を増設するという施策の効果があまり期待できないほど、大きな懸念が1つ残されています。それは介護業界の人材不足です。

「特養増やしても、働く人いない。職員の待遇改善から考えてほしい」

政府が目指す「家族の介護を理由に仕事を辞める離職者ゼロ」の実現には、介護職に従事する人の離職を止め、新たに従事する人を増やさなければ意味がないのです。

47.2%の施設が「職員不足」

介護業界における従業員平均賃金は、約22万円と産業全体と比較しても10万円以上も低く、加えて仕事がハードで腰などの体を痛めることや、シフト制で仕事が不規則などマイナスとなる職場環境が揃っています。ゆえに募集をかけても応募が集まりません。

東京都社会福祉協議会が介護施設にアンケート(「特別養護老人ホームにおける介護職員充足状況に関する緊急調査」)を行ったところ、47.2%の施設が「職員不足」と回答。6ヵ月以上不足の状態が続いている所は82施設にのぼり、対策として「入所の抑制」や「閉鎖」といった措置が取られていると言います。

西日本では介護人材が比較的充足しているようですが、東日本では大幅な人手不足に悩まされているようです。厚生労働省の推計で、2025年には介護業界は40万人の人材不足に陥ると言われていますが、その前兆はすでに起きているのです。

筆者が関わる介護会社でも人材の採用難に加えて、異業種への人材の流出が著しいという話をよく耳にします。サービス業や販売業など接客のある業種や高齢者向けサービスをしている介護以外の業界(介護用品メーカーなど)への転職で年収アップ、新たな仕事のやりがいをみつけている人が増えているのです。

介護離職者の増加を防ぐために介護施設を増設し、待機者の減少を促すのは望まれることです。しかし、よりよい運営のできる充実した施設にするためには、ハコモノを準備するだけでなく、まず介護業界で働く人材の確保、働きやすい職場づくりを真剣に考えていくことが重要ではないでしょうか。その議論をおいて、介護離職者の問題は決して解決しないのです。

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