「ひび割れ?」

画像の説明 中朝「血盟」今は昔…金正恩氏が中国系住民への弾圧強化…スパイ嫌疑100人超を拘束 一体何を怯えているのか?

北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)第1書記が今年に入って力を入れていることがある。「華僑」と呼ぶ国内の中国系住民に対する弾圧だ。

「スパイ」嫌疑などで100人以上が拘束されたともいわれ、ある意味、邦人ら外国人を拘束し国際的非難を浴びる中国の上を行くすさまじさだ。北朝鮮駐在の中国人外交官への監視も強めているという。中国を毛嫌いするのは、金正日(ジョンイル)総書記譲りともいえそうだが、見境ない華僑弾圧は、経済外交両面で、正恩政権の首を絞めることにもなりかねない。

更迭説の最側近が担った“鬼門ポスト”

平壌で10月10日に行われた朝鮮労働党創建70年を記念する軍事パレード。ひな壇には、中国から出席した中国共産党序列5位の劉雲山政治局常務委員に、身ぶり手ぶりを交えてパレードについて説明する金第1書記の笑顔があった。

中国との窓口役を務めていた叔父の張成沢(チャン・ソンテク)氏を2013年末に処刑して以来、極端に冷え込んだ中朝関係の雪解けを演出する場面だった。

劉氏への接待役を仰せつかっていたのが、金第1書記の最側近の一人といわれた崔竜海(チェ・リョウンヘ)党書記だ。この崔氏の名前が、今月7日に94歳で死去した長老格の李乙雪(リ・ウルソル)元帥の国家葬儀委員会の名簿から抜け落ちていたことから「更迭説」が浮上した。11日の李元帥の国葬でも、崔氏の欠席が確認された。

「中国とかかわる事業などで、不手際があったのではないか」といった憶測も呼んだ。

崔氏は、失態から職務を解かれ、地方の農場で「革命化教育」と呼ぶ思想教育を受けさせられているとの情報がある。一方で、国営テレビが放映した記録映画からも、その姿は削除されておらず、張氏のような粛清とは様相が異なるようだ。

ただ、いえるのは、崔氏が、かつて張氏が務めた国会体育指導委員長と、中国との窓口役という、いわば“鬼門”のポストを担っていたということだ。

金第1書記が中国との伝統的な関係から脱却したいと模索していたことも、また確かだ。

「中国のやつらに、過去の歴史と、いまは違うということを分からせてやらねば」

中朝関係者によると、金第1書記は、側近らにこう豪語していたという。1950年代に朝鮮戦争をともに戦った「血盟関係」では、もはやないというのだ。

張派粛清で打ち止めではなかった…“特恵”にメス

北朝鮮国内の華僑は、53年の朝鮮戦争休戦後には6~8万人いたとされる。

中国籍を保持したままの華僑と「北朝鮮公民」となった華僑がおり、その後、増減を繰り返し、中国の非公式資料によると、中国籍を持つ華僑は現在、約6000人。

華僑に対する締め付けは、中国に関する利権を“独占”してきた張成沢派の粛清後に顕著になった。張派とのつながりを疑われ、監視も強まり、北東部の経済特区、羅先(ラソン)などでも、中国に引き揚げる華僑が相次いだ。

ところが、張派粛清が一区切り付いた後も、抑圧が弱まるどころか、いっそう露骨になってきているという。

香港誌「亜洲週刊」は、今年に入って、中国や韓国に情報を提供したとして、「スパイ」嫌疑をかけられ、秘密警察の国家安全保衛部に拘束された華僑が100人以上に上るという証言を伝えている。

中朝関係者によると、5月には、中国籍保持者にも、北朝鮮公民と同等の法令を適用し、処罰するよう法律が改正された。北東部の清津(チョンジン)市では、華僑に対して、「不許可の送金活動の禁止」や「韓国製映画やドラマ、音楽の流布」の禁止が通達されたという。

そもそもが、華僑に対しては、政治集会や動員といった公民の義務が免除されてきた。華僑らは、「親戚訪問」と称して中朝間を往来し、関税なしに中国製品や現金を持ち込むなど、一種の“特恵”を謳歌(おうか)してきたといえる。

それに「平等な法適用」の網をかぶせることで、正恩政権にいわせれば、“正常化”させたわけだ。

過去とは違う「普通の外国としての朝中関係」を目指すとする金第1書記自身の意志が働いているのだろう。

入港禁止、赴任忌避…「やっつけろ」中国でも強まる敵視

北朝鮮と中国がじかに接する国境の都市では、摩擦が健在化している。

中朝関係者によると、中国遼寧省丹東の海事局が最近、北朝鮮籍の船舶の入港を認めない措置を取ったとされる。5月に北朝鮮船の荷降ろし中に、中国人作業員が重傷を負ったにもかかわらず、船主が治療費などの補償を拒否したことに端を発する報復措置だといわれる。

9月末には、丹東と北朝鮮側の新義州(シニジュ)を結ぶ鴨緑江大橋で、中国のトッラクが横転し、橋の一部が陥没する事故が起きた。ところが、北朝鮮側は、中国側に賠償を要求するばかりで、補修工事をしないまま、通行を再開させた強引な態度に中国側が怒りを募らせているという。

北朝鮮に駐在する中国人外交官の間でも不満が高まっているそうだ。「友好国」であったはずの中国人外交官に対しても、尾行などによる監視を強め、「どこに行き、誰と会い、何を話したか」を逐一、記録・報告されるようになったからだという。

このため、中国人外交官の間では、北朝鮮への赴任を忌避する空気が蔓延(まんえん)しているとも伝えられる。

「血で結ばれた関係」をうたう裏で、中国人と北朝鮮人双方に、互いに対する差別意識は根深いものがある。

記者も、北朝鮮と国境を接する東北部の中国人と、脱北者の双方から、互いの国をさげすむ言動を見聞きした経験がある。

中国人の間でも数年前から、中国の制止を聞かずにミサイル発射や核実験を繰り返す北朝鮮を「見放すべきだ」といった声が公然と上がるようになった。

越境した北朝鮮兵による強盗殺人事件まで発覚すると、中国のインターネット上には、「北朝鮮をやっつけてしまえ」などといった書き込みがあふれた。

世論の沸騰に押され、中国当局は現在、夜陰にまぎれた北朝鮮兵の越境に備え、中朝国境地帯に武装警察官を配置。現場の判断で発砲を許可する厳戒態勢を敷いているとされる。

「血盟などではない、普通の国家関係に改めるべきだ」との意見は、正恩政権側だけでなく、中国の若手専門家の間からも続出していたのだ。

政権揺るがす「最高尊厳侮辱」映像への恐怖

正恩政権は、中国そのものを恨むだけはなく、むしろそれ以上の執拗(しつよう)さで、国内の華僑に対する“いじめ”に拍車を掛けている状況だ。その思惑は何か。金第1書記の権勢を脅かす2つのアキレス腱(けん)とも関係しているからだとみられる。

中朝を自由に行き来できる華僑に関して、一つは、脱北者を手引きする存在とみていることだ。正恩政権になり、国内統制をむしばむ問題とみなし、脱北者に対する摘発が熾烈(しれつ)さを増した。

さらには、「敵国」の情報を流入させているとの危機感がある。金第1書記の周囲は、「最高尊厳への侮辱」が自らのクビにも直結することから、特に神経をとがらせている。

流入する外部の録画物には、金第1書記の暗殺を扱い、北朝鮮によるハッカー攻撃にもつながった米映画や、金第1書記の出自を描いた韓国のドキュメンタリーも含まれていたといわれる。

保衛部などは「不純録画物」の摘発と称して、これまでも最高尊厳を冒涜(ぼうとく)する映像を捜索してきたとされる。華僑に対して、わざわざ「韓国製映画やドラマの流布の禁止」を通達したことにも、危機意識がにじみ出ている。

中朝ブローカーの最大の情報ツールになってきた中国製携帯電話の密売の取り締まりも強化され、ヤミ販売価格が10倍に跳ね上がったと伝えられる。

命綱を“害虫”扱い 正日と同じ轍(てつ)

華僑への「敵視」は、何も金第1書記に始まったわけではない。中国との友好姿勢を保った祖父の金日成(イルソン)主席と違い、父の金正日総書記は80年代~90年代に、北朝鮮にも「改革開放」を迫ろうとする中国を毛嫌いしたことで知られている。

北朝鮮経済が専門の関西大学の李英和(ヨンファ)教授は、北朝鮮に留学していた当時、「北朝鮮国内にある朝鮮戦争の中国人義勇兵の墓地を破壊した」という話を耳にする。金総書記は、華僑を中国に追放する措置も推し進め、一時、華僑が激減した。

だが、90年代後半、200万人以上が餓死したとされる「苦難の行軍」時代には、中国と自由に往来し、食糧などを調達できる華僑の存在が一部住民にとっての命綱となる。華僑と結婚する北朝鮮女性も増え、中国系の父を持つ子供も増えた。経済がいったん破綻した後のヤミ市場に、中国製品を注ぎ込む役割を担ったのも華僑たちだった。

逆説的には、華僑の追放策が経済に多大なマイナスをもたらし、苦難の行軍の一因になったともいえそうだ。

正恩政権に入ってからは、華僑と北朝鮮人との婚姻が禁止されるようになったという。ヤミ送金を禁じたことで、廃業する華僑ブローカーも増え、中朝交易にも目に見えて弊害が出始めているとも伝えられる。

李教授は「中国との関係が修復すれば、付随してさまざまなモノや情報が流入してくる。政権にとっての“害虫”が入ってこないように、華僑への統制を強めているのだろう」と指摘する。

だが、実際に、中国企業を誘致しようとすれば、仲介役の華僑の存在は不可欠だ。「ビジネスで中国人が本当に信用するのは同じ中国人だ」(李教授)

華僑弾圧は「普通の国家関係」どころか、中国政府や企業の反発しか招かないだろう。李教授は「金第1書記は、父親同様に多大なしっぺ返しを、外交経済両面でこうむる危険性が高い」と警告している。

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