「発電」

画像の説明 原料は「にがり」

東京電力福島第1原子力発電所のメルトダウン事故は、原子力エネルギーのコントロールが容易ではないことを、改めて私たちに突きつけた。

人類が長年にわたって依存を続けてきた石油や天然ガスなどの化石燃料は、燃焼させることで発生する炭酸ガスにより、地球温暖化をますます深刻にしている。。

しかもウランなどの原子力燃料は今後約60年、石油や天然ガスなどの化石燃料は約30年で枯渇すると言われる。エネルギー問題は、人類という種の生き残りをかけた喫緊の課題と言っても過言ではない。

こうした中で、水素などとともに次世代のエネルギーとして注目され始めた素材がある。地中に豊富にあるマグネシウムと、それを利用したマグネシウム燃料電池だ。

中東やオーストラリアの砂漠地帯で降り注ぐ太陽エネルギーは、1㎡当たり3㌔㍗と日本の3倍にも達する。この強力なエネルギーを使って、砂漠に無尽蔵にある塩化マグネシウム(俗に言う「にがり」)からマグネシウムを精錬。

その過程でカルシウムを混ぜて難燃化したマグネシウム合金には、大量のエネルギーがチャージされる。これを消費地に運んで水に浸すと、溜め込まれていたエネルギーが放出され、発電に利用できる。

さらにエネルギーを放出して顆粒状になった二酸化マグネシウムは、再び砂漠地帯に運ばれ、太陽の光で精錬。エネルギーを再チャージされる。つまり、マグネシウム燃料電池は使い捨てではなく、再生可能なエネルギーなのだ。しかも水素のような爆発の危険性はほぼゼロだという。

この仕組みを発案した東北大学名誉教授の小濱泰昭氏(70)らが呼びかけた「マグネシウム循環社会構想」、別名「マグネシウム・ソレイユ・プロジェクト」にはすでに約45社が参加。推進協議会も発足し、昨年12月には初の商品化にこぎつけた。

小濱氏らは、国家プロジェクトを探している「国立研究開発法人新エネルギー・産業技術開発機構」(NEDO)の研究開発プログラムに応募するなど、構想の実現に向けて意欲的に活動している。マグネシウム燃料電池が世の中の脚光を浴びる日は、それほど遠くないかもしれない。

「マグネシウム循環社会構想」

10月に入り、秋の気配が深まる“杜の都”仙台市。10日と11日の両日、JR仙台駅近くの東北大片平キャンパスでは、毎年恒例の「片平まつり」が開かれた。キャンパス内の各研究所が日頃の研究成果を一般市民に公開するこのイベントは、科学分野に関心を持つ子供たちの人気が高い。

そんな中で、小濱氏らの「多元物質科学研究所」が主宰する「産学連携先端材料研究開発センター」のデモンストレーションが、訪れた親子連れの関心を引き付けた。

自動車のバッテリー大の紙容器のふたを開け、中にある4ヵ所の注水口に濃度10%の塩水を注ぐ。すると、紙容器からコードが伸びた照明器具にまばゆい白のライトが灯った。学生たちの説明を聞いて半信半疑だった子供たちから、驚きの声が上がる。

この紙容器の物体こそ、小濱氏らと古河電池、凸版印刷の共同開発で商品化された初のマグネシウム空気電池(=燃料電池)「マグボックス」だ。正極に酸素を取り込む炭素シート、負極にカルシウムを混ぜたマグネシウム合金の板を使用。

合計2㍑の電解液(水または海水)を紙容器内のポリタンクに注ぐと、3分後には発電が始まり、最大で毎時300㍗を5日間連続で発電できる。

2個付いているUSBタイプの出力端子(電圧は5V)を利用して、スマートフォンを最大30回充電できるが、これは単1のアルカリマンガン電池32個(直列4×並列8)の電力と同等という。

注入する水は下水や尿でも構わないため、災害時の避難所などに持ち込んで利用できるのが強みで、紙容器は牛乳パックと同じ素材だ。

ただ、マグネシウム燃料電池自体がまだ開発途上にあるため、マグボックスは本格的な電源としては最大発電量が小さく、逆に一般家庭で使うには容器のサイズが大きい。

そのため現段階での販路のほとんどは「大地震などの非常時に電源が失われるとスマートフォンが充電できなくなり、業務に支障をきたす」と危惧している自治体や企業向けにとどまっている。

それに「マグネシウム循環社会構想」の目玉である「酸化してエネルギーを放出したマグネシウムを砂漠地帯に運んで、精錬しながらエネルギーを充填し、消費地に持ち帰って燃料に利用する」という再利用のプロセスも、砂漠地帯に本格的な精錬プラントができていないため、実現はこれから。

人類の生き残りをかけたプロジェクトは、まだ緒に就いたばかりなのだ。

「マグネシウム循環社会構想」

10月に入り、秋の気配が深まる“杜の都”仙台市。10日と11日の両日、JR仙台駅近くの東北大片平キャンパスでは、毎年恒例の「片平まつり」が開かれた。キャンパス内の各研究所が日頃の研究成果を一般市民に公開するこのイベントは、科学分野に関心を持つ子供たちの人気が高い。

そんな中で、小濱氏らの「多元物質科学研究所」が主宰する「産学連携先端材料研究開発センター」のデモンストレーションが、訪れた親子連れの関心を引き付けた。

自動車のバッテリー大の紙容器のふたを開け、中にある4ヵ所の注水口に濃度10%の塩水を注ぐ。すると、紙容器からコードが伸びた照明器具にまばゆい白のライトが灯った。学生たちの説明を聞いて半信半疑だった子供たちから、驚きの声が上がる。

この紙容器の物体こそ、小濱氏らと古河電池、凸版印刷の共同開発で商品化された初のマグネシウム空気電池(=燃料電池)「マグボックス」だ。正極に酸素を取り込む炭素シート、負極にカルシウムを混ぜたマグネシウム合金の板を使用。

合計2㍑の電解液(水または海水)を紙容器内のポリタンクに注ぐと、3分後には発電が始まり、最大で毎時300㍗を5日間連続で発電できる。

2個付いているUSBタイプの出力端子(電圧は5V)を利用して、スマートフォンを最大30回充電できるが、これは単1のアルカリマンガン電池32個(直列4×並列8)の電力と同等という。

注入する水は下水や尿でも構わないため、災害時の避難所などに持ち込んで利用できるのが強みで、紙容器は牛乳パックと同じ素材だ。

ただ、マグネシウム燃料電池自体がまだ開発途上にあるため、マグボックスは本格的な電源としては最大発電量が小さく、逆に一般家庭で使うには容器のサイズが大きい。

そのため現段階での販路のほとんどは「大地震などの非常時に電源が失われるとスマートフォンが充電できなくなり、業務に支障をきたす」と危惧している自治体や企業向けにとどまっている。

それに「マグネシウム循環社会構想」の目玉である「酸化してエネルギーを放出したマグネシウムを砂漠地帯に運んで、精錬しながらエネルギーを充填し、消費地に持ち帰って燃料に利用する」という再利用のプロセスも、砂漠地帯に本格的な精錬プラントができていないため、実現はこれから。

人類の生き残りをかけたプロジェクトは、まだ緒に就いたばかりなのだ。

「異能の持ち主」

「マグネシウム循環社会構想」を提唱した小濱氏は1945年、岩手県釜石市の生まれ。69年に東北大工学部機械工学第二学科を卒業したあと、同大大学院で流体力学など航空宇宙工学分野の研究を続け、同大大学院の教授に就任。09年に退官し、現在は名誉教授の地位にある。

小濱氏は、関係者の間では“異能の持ち主”として名を知られる研究者だ。小渕恵三首相(当時)が2000年に創設した「ミレニアム・プロジェクト」に、高速走行する非接触型の超省エネ型高速輸送システム「エアロトレイン」を提出すると、32倍もの倍率を突破して採用に。

この際に小濱氏は、機体を軽量化する狙いで難燃性マグネシウム合金を使うことを計画したが、軽量構造体に作り上げるには強度がまだ不十分だったため、実際には使わずに終わった経緯がある。

さらに国の補助金を受けて07年に開発した、2人乗りの「エアロトレイン3号」では、時速200㌔の浮上走行に成功。新たに開発された難燃性マグネシウム合金製の中空形材と平板をこの機体に使った際に、小濱氏はマグネシウムの発電物質としての性能に興味を感じる。

そして余った難燃性マグネシウム板材を活用し、近くの海から海水を汲んできて実験を始めた。

マグネシウムはカメラ撮影のフラッシュに使われるほど、反応性が高くて燃えやすい金属だ。アルミニウムのような電気精錬ではなく、熱で精錬できる点が特徴だが、現段階で実用化されている精錬法は、大量の石炭を燃やして1200度の高熱で加熱するピジョン法しかない。

しかも、これは膨大な量の二酸化炭素を排出することがネックとなり、先進国では導入できない。

しかし、東北大の研究チームは、過去に直径10㍍の太陽炉を使い、3727度の高熱を作り出すのに成功している。この実績を受けて東北大はニコンと共同で、1200度の高熱でも二酸化炭素が全く出ない、クリーンなマグネシウム精錬法を開発した。

この精錬方法を産み出したことが、マグネシウム燃料電池を開発する決め手になったという。

目指すは「第二の西部開拓史」

ドイツなどのEU諸国では、08年に設立されたデザーテック財団による『メガグリッド構想』が進んでいる。これはアフリカのサハラ砂漠で太陽エネルギー発電を行い、それによって得た電力を約1500㌔離れた加盟各国まで海底ケーブルで運ぶというものだ。

「しかし、これを日本でやろうとしても、一番近い砂漠があるオーストラリア北西部の臨海地域まで6000㌔㍍前後もありますから、インフラの建設費や維持費、さらには送電ロスなどを考えるととてもペイしません」(小濱氏)

そこで小濱氏らが考え付いたのが、東北大が独自開発した手法によって、砂漠地帯で精錬したマグネシウムに太陽エネルギーを溜め込み、これを日本までタンカーで運ぶやり方だった。

リチウムの5倍の発電能力を持ち、しかも放電しにくいとされる難燃性のマグネシウム合金を、砂漠の太陽エネルギーのキャリア物質として利用するのである。

小濱氏は「砂漠は不毛の地どころか、エネルギー生産地としては最高の耕作地。今はアメリカンドリームの地である米カリフォルニア州も、19世紀末の西部開拓の時代は単なる砂漠にすぎませんでした。その意味でわれわれのマグネシウム・ソレイユ・プロジェクトは、新たな西部開拓の歴史を拓くのと同じものと考えています」と力説する。

ただ、前述したようにこのプロジェクトはまだ緒に就いたばかりだ。小濱氏は12年12月、マグネシウム燃料電池を搭載した三輪タイプの電気自動車を運転して、福島県いわき市から仙台市までの一般道を時速60㌔㍍の速度で巡航走行(電気自動車を途中でトラックに載せて移動したため、実際の走行距離は110㌔㍍)。マグネシウム燃料電池による発電の持続力を実証して見せた。

ただ、現段階でのマグネシウム燃料電池は、発車や加速などの瞬間に大量のエネルギーを必要とする自動車など移動体の燃料としては、産学官共同で開発が進む水素燃料電池に比べると力不足は否めない。

小濱氏も電気自動車を走らせる際には、マグネシウム燃料電池が作り出した電力を大容量のリチウム電池に蓄積し、一般道での走行に対応した。

次世代エネルギー候補と目される物質にはそれぞれ一長一短があるとされる。マグネシウム燃料電池も、採算性などとともに、こうした点の克服が今後の課題になりそうだ。

マグネシウム循環社会を実現させるため、小濱氏らは13年4月に「マグネシウム循環社会構想推進協議会」を設立し、関心を示した複数の企業と構想の実現に向けた意見交換を続けてきた。これまでの参加企業は約45社。そのうちの約10社は、それぞれの得意分野で技術開発を担当する意向を表明している。

小濱氏らの「東北大多元物質科学研究所」は8月末、NEDOが募集した15年度「エネルギー・環境新技術先導プログラム」に応募した。

これは「エネルギーや環境の分野で、2030年以降の実用化を見据えた革新的な技術・システムの先導研究を産学連携で実施する」というもので、NEDOは革新的な技術の原石を発掘し、将来の国家プロジェクト化への道筋をつけることを目指しているという。

このプログラムで小濱氏らの構想が採択されれば、早ければ年内にもマグネシウム燃料電池の実用化に向けた研究が本格的に動き出すことになる。

また、マグネシウム循環社会推進協議会の会員企業の方も、マグネシウム燃料電池の具体的な商品化をさらに推し進めるため、同協議会を法人に格上げする方向で検討を始めた。来年には、この次世代燃料電池の名前を耳にする機会がぐっと増えるかもしれない。

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