スイス中央銀行の敗北で出始めた「日銀限界論」

画像の説明 対ユーロの為替上限レートを撤廃「白旗」を揚げたスイス中央銀行

1月15日、突然スイス中央銀行(SNB)は、2011年9月から3年以上維持してきた1ユーロ=1.2スイスフランの為替上限レートを撤廃すると発表した。

今回の措置については、事前に市場関係者の間でも話題にすら上がっていなかった。多くの投資家にとって、まさに“寝耳に水”で大きなサプライズとなった。SNBの発表によって、ユーロ売り・スイスフラン買いの注文が為替市場に殺到し、わずかの時間内でスイスフランが3割以上急騰する結果となった。

SNBの突然の決断の背景には、足もとの為替市場でユーロ安が進む状況下、同行が単独で為替介入を行っても、設定した為替レート上限を維持できないとの判断があった。有体に言えば、SNBが為替介入について降参して、白旗を掲げたことを意味する。

中央銀行が特定の為替レートを維持するために、大規模な為替介入を行うのはSNBのケースだけではない。1990年代初頭、英国の中央銀行(バンク・オブ・イングランド)がポンド防衛のために、ジョージ・ソロスを中心とした投資筋に戦いを挑んだり、わが国の政策当局が円高阻止のために、多額のドル買い・円売り介入を行ったことがあった。

しかし、これらの多くのケースで、中央銀行は単独で市場の圧力を押し止めることができず、最終的には市場の圧力に屈することになることが多かった。今回のSNBの措置も、中央銀行の政策効果が限界を露呈したケースと言える。

今回の措置によって、「いかに中央銀行であろうとも万能ではない」との見方が台頭すると、金融緩和策で景気回復を目指すわが国の日銀をはじめ、欧州の中央銀行(ECB)の政策効果の信認が揺らぐことにもなりかねない。そのリスクは小さくない。

ユーロ先安観で資金流入に対応できず。スイス中銀失敗の背景

2011年9月、SNBが対ユーロの為替上限レートを設定した背景には、自国通貨が過度に強くなると、輸出依存度の高いスイス経済に深刻な悪影響が出ることや、デフレ気味の経済状況を改善する目的があった。

リーマンショックやギリシャ危機などによって、世界の主要安全通貨の1つであるスイスフランに多額の資金が流入し、スイスフランの上昇傾向が顕著になった。SNBは、その勢いを何としてでも止めたかった。

SNBはスイスフランの対ユーロの上限を設定し、当該為替レートを維持するために無制限に介入を行うと宣言した。当初は相応の効果を上げ、SNBの発表までは上限を維持することに成功してきた。逆に言えば、市場参加者の多くは、SNBの宣言を尊重する姿勢を示したと言える。

ところが最近、ギリシャ問題の再燃やECBの量的緩和策の実施などの影響でユーロの先安観が台頭し、これ以上、SNBが単独介入しても為替レートの維持が難しいとの判断に至った。

今回、SNBが為替介入を放棄した意味は決して小さくない。通貨を発行できる中央銀行でも、金融市場でできることに限界があることが明らかになったからだ。

中央銀行は、理論上無制限に通貨を発行できるわけだから、SNBがスイスフランを発行して、それでスイスフラン売り・ユーロ買いのオペレーションをすれば、理屈だけを考えれば、設定した為替レートを維持することができるはずだ。

ところが、実際にはユーロの先安観が強く、スイスフランに流入する投資家の資金に対応できなかった。つまり、中央銀行万能論のイリュージョンの一部が消えたのである。

スイスフランの急騰で円にも影響。為替・株式へのインパクト

誰も予想だにしなかった突然のSNBの発表によって、一時スイスフランが対ユーロで大幅に上昇した。それと同時に、安全通貨と見られている円にも大きな影響が出た。

ヘッジファンドや為替ディーラーの多くは、ドルの先高観が強かったこともあり、ドル買い(ドルロング)・円売り(円ショート)のポジションを持っていた。ところが、今回のスイスフラン急騰によって、そのポジションを手仕舞う動きが一斉に出た。

為替市場では、買い持ちにしていたドルを売る一方、売り持ちにしていた円を買い戻す注文が為替市場に殺到し、それまで1ドル=120円レベルだったレートは、一時115円を切る水準まで円が急上昇することになった。

そうした市場の混乱の中で、大手投資家の中には、今回の措置によって多額の損失を被った者もあるようだ。また、為替市場でこれだけ大きな価格変動が発生すると、多くの投資家は保有するリスク量を減らす=リスクオフに走ることになる。

保有するポジションから損失が発生することを避けるために、価格変動性(ボラティリティ)の高い株式や為替などの金融資産を売却し、相対的にボラティリティの低い主要国の国債などの保有割合を高める。

その結果、株式や為替などの市場が不安定化する一方、わが国や米国、ドイツなどの主要国の国債市場が活況を呈し、金利水準が低下し易くなる。今回、SNBの発表直後から起きた現象は、まさに投資家のリスクオフの動きだった。

昨年末にかけて原油価格が急落したことに加えて、今回のスイスフランの急騰など、金融・商品市場での値動きが大きくなっている。

そうした事情を考えると、当面多くの投資家のリスクに対する意識が高まり、何か予想外のイベントが発生した場合、リスクオフに走るタイミングが早くなることが想定される。それは、市場での価格変動性を一段と高まる懸念がある。

SNBの為替維持策失敗もあり、日銀の金融政策の信認は低下?

もう1つ、我々が頭に入れておくべきポイントがある。それは、「スイス中銀の政策には限界があったということは、日銀の政策にも限界があるかもしれない」との疑心暗鬼が出る懸念があることだ。

それぞれの国の経済や中央銀行の規模の違いによって、政策効果の影響度合いや政策手段が異なるはずで、すぐに日銀の政策効果の限界が言及されることは考え難い。ただ、将来にわたってそのリスクが顕在化しないかと言われると、何かのきっかけで日銀の政策に対する信認が揺らぐ懸念は否定できない。

現在のアベノミクスは、誰が見ても金融政策への依存度が高い。安倍政権に思い切った規制緩和や構造改革などを期待することが難しく、わが国の財政状況を考えると、大規模な財政政策の発動も困難だ。どうしても、日銀の黒田総裁が繰り出す異次元の金融緩和策に頼らざるを得ない。

しかし、今回日銀と同じように為替レート、国内のデフレ傾向と戦ったSNBが敗北し、為替レートの維持という政策目標に白旗を上げたことで、中央銀行にとってもできること、できないことがあることが明らかになった。

特に今回、中央銀行がその政策効果を長い時間にわたって維持することは至難の業であることが証明された。安倍政権は、金融政策の有効性を過信すべきではない。過度に金融政策に頼り、期待したような効果が顕在化しない場合には、わが国経済に大きな痛手が及ぶことも考えられる。

SNBの為替維持策失敗によって、世界的に金融政策に対する信頼性がやや低下することも考えられる。そのリスクが顕在化すると、わが国経済の本格的な回復のために残された時間的余裕は、より少なくなる。心配が取りこし苦労であることを祈りたい。

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