絶対不可能と言われた「しらうお」の活魚化を

画像の説明 苦節25年で成功させた“青森のガリレオ”

しらうおの刺身、かき揚げ、卵とじなどが堪能できる「しらうおづくし定食」

しらうお漁獲量日本一を誇る、青森県東部に位置する東北町・小川原(おがわら)湖。全国一の漁獲量である、しらうお、わかさぎ、そして大和しじみや、天然うなぎ、もくずがになど、多種多様な魚介類が、古くから地域の生活や文化を支えてきた。

私をはじめ全国的にも多くの人が小川原湖のことをまったく知らない。かの有名な十和田湖をしのぐ、青森でいちばん大きい湖にもかかわらずだ。

そんな小川原湖のブランド力と知名度を強化するために選ばれたのが、料亭や割烹などにも卸されている高級魚の「しらうお」だった。

水揚げ後すぐ死んでしまう「しらうお」を陸で生かすことに成功したえび蔵さん

東北町にはおそらく「日本一しらうおに情熱を燃やしている」人物がいる。市内のレストラン「えび蔵」店主である蛯名正直さん。地元の特産をいかした町づくりがしたいという想いから、しらうおに注目。研究を重ねてきた。

そのうえ、さらにはなんと、「絶対に不可能」と言われていたしらうおを生かす技術に日本で初めて成功。水揚げしたらすぐに死んでしまうしらうおを、なんと約140日生存させることに成功したばかりか、さらには生きたまま発送することまで実現してしまったのだ。

「日本一の漁獲量を誇る、小川原湖のしらうお。さらにその価値を高めるために、生きた状態で楽しんでもらえないだろうかと思ったんです」と語る蛯名さん。しらうおの活魚化を思い立った当時は、横浜の老舗すき焼店の料理長として腕を振るっていた。いつかは、愛する故郷で自分の店を開き、しらうおを提供できればと夢を温め続け、しらうおの生態を地道に調べ続けた。

そして地元に戻り、ついにレストランをオープン。「しらうおを生きたままテーブルにのせる」という決意を胸に、本格的にしらうおへの活魚化を進めるべく取り組みをスタートした。

研究にあたって、蛯名さんは東京大学のしらうおの権威である教授のもとにも意見をうかがうべく、足を運んだ。

教授はキッパリ言った。

「しらうおの活魚化は期待しないほうがいい」

しかし、蛯名さんはあきらめない。

「生きていたものが、いきなり死ぬわけがない」

確かに、おっしゃるとおりである。高校時代は生物部に所属。テーマは「小川原湖のプランクトン」。小川原湖の調査研究にかけては筋金入りである。

蛯名さんの挑戦がはじまった。

しかし、やっぱりことはそう簡単ではなかった。

まず、そもそも生きたしらうおを入手することが大変だ。なにせ船が港に到着した時点で、大半が死んでしまう。漁師に頼むしかない。「『しらうおを生かすなんて、そんなことできるわけない』と相手にされないこともありました」

仕方あるまい。もはや、漁船ジャックだ。

蛯名さんは、しらうお専用容器を携えて漁船に乗り込んだ。せっかく生きたしらうおを入手しても、水槽に入れるまでに死んでしまっては元も子もないため、容器も工夫に工夫を重ねた。しらうお専用容器は丸型。四角い入れ物では、しらうおが四隅にかたまって折り重なって死んでしまうからだ。さらにしらうおが生きやすいであろう濃度に調整した塩分の水を入れる。

さらに、なんとか苦労して仕入れたしらうおを、生きたまま運ぶのもひと苦労。車に乗せて振動を与えないよう、細心の注意を払いながらも大急ぎで専用水槽へ運ぶ。しかしどれだけ気を使っても、到着までにしらうおが息絶えてしまうこともある。

「容器に入れたときには元気だったのに、水槽に入れようとしてふたを開けたら、一匹しか生きてなかったってこともあるんです」としょんぼり話す蛯名さん。小川でとってきたメダカが死んでしまって、ガッカリした少年のような表情だ。

青森のガリレオは絶対不可能と言われた「し“ら”うお」の踊り食いにまで成功!

蛯名正直さん。自作の「しらうお専用水槽」はじめ手作りした研究道具は数知れず

蛯名さんが「わたしの『研究室』です」と湖のそばにある小屋へ案内してくれた。ドアをあけると、さまざまな機械やパイプが取り付けられた水槽がズラリ! すべて蛯名さん作。しらうおが生息可能な環境を作るために、水質や温度を管理する水槽を自ら作り上げてしまったのだ。

日々顕微鏡で、しらうおを観察。元・生物部の「部長」は、思いつく限りのすべてを実践しはじめた。

「しらうおは水深5~7mに生息しています。生きているときと同じ濃度にすればばいいのではないかと考えました」

適度な塩分濃度、酸素濃度、水温などを徹底研究。日々、条件を変えてトライ。さらにその明確な条件を確定させるために毎日データを取り続けた。しらうおがそもそも漁獲時に弱っていて死ぬ場合もあれば、塩分や濃度が間違っていて死ぬ場合もあるからだ。

研究を重ねるも、しらうおはなかなか長生きしてくれない。周りにも「無理に決まっている」と理解を得られない。

蛯名さんはそれでもなお、あきらめなかった。

「それでも、しらうおは生きることができる」

孤軍奮闘する青森のガリレオ・蛯名さんの執念に押されて1995年、地元の飲食店などを中心に「上北町活しらうお研究会」が発足。役場や小川原湖漁業協同組合の協力を得てついに、しらうおを数日間飼育することに成功した。決め手は「塩分と水温」。しらうおが生息しやすい水質を探り当てたのだ。

「5日間、しらうおを生かすことに成功した瞬間は、うれしくて漁協に見せに飛んで行きましたよ!」

蛯名さんが激しく感動するのも当然だ。ここまでくるのに、かかった月日は約10年!やっと生きたまま「店のテーブル」にしらうおが登場。えび蔵のメニューに「しらうおの踊り食い」がデビューを果たしたのだ。

そののち、蛯名さんは、さらなる試行錯誤の結果、140日間ものしらうおの生存に成功した。

それだけにとどまらず、さらに蛯名さんは「販路拡大のためには、首都圏にも活魚として流通させることが必要」と考えた。ここでもまた、例の「し“ら”うお」と「し“ろ”うお」問題が浮上したからだ。

そもそも活魚で流通している「し“ろ”うおの踊り食い」と混同されて、「し“ら”うおの踊り食い」の珍しさが伝わらなかったのだ。

「高級魚としてしらうおを扱う首都圏の料亭などに、関心を持ってもらえればと思ったのです」

蛯名さんは、東京から首都圏までの道のりにしらうおが耐えうる輸送方法の研究に邁進。黒いビニール袋を容器にかぶせて暗くすると、しらうおの動きが遅くなり、長時間元気でいられることを発見した。さらに研究を重ね、自ら「しらうおを抱えて東京行きの深夜バスに乗り込んでみる」などの涙ぐましい努力の結果、100匹程度のしらうおを生きたまま宅配便で、首都圏に送り届けることに成功した。

苦節25年、かけたお金は“家一軒分”!?
宝の湖に生きる「美女」を食べなきゃソン

しらうおの生存成功からさらに15年の月日が過ぎた。

結果、蛯名さんが「しらうお宅配便」までに費やした月日は計25年!

かつて「しらうおの活魚化は難しい」と言った教授にも成果を報告。「え、蛯名さん、た、た、宅配便でしらうおが、と、届いたよ!」教授から驚愕の電話がかかってきたことは言うまでもない。

それしても、25年間の蛯名さんの努力には恐れ入る。当然かかった金額も「家が一軒建ちますね」。

そ、そこまで真剣になったのはなぜなんでしょうか!?

「……いや、やっているうちにもうあとにはひけなくなってしまってね」

しらうおと一蓮托生になった蛯名さんは、いまや食べるだけではなく、しらうお全般の普及に努める。

昨年から、昭和20年代に絶滅したとされる東京・隅田川のしらうおを復活させようとう「隅田川白魚復活プロジェクト」に参加。自ら、しらうおを隅田川に放流。しらうおは、じつは頭の部分が「葵の御紋」に似ているとして、徳川家に献上されていた由緒正しき魚でもある。

ちなみに佃島漁業協同組合では、現在も徳川家に毎年、全国から、しらうおを調達して献上している。蛯名さんも、德川宗家第18代当主にしらうおの活魚を献上。礼状をいただいたそうだ。

さらにはなんと、しらうおの「見せる化」への取り組みもはじめた。水族館における展示の提案に奔走。「漁師以外は誰も見たことがなかったであろう、しらうおが泳ぐ姿をぜひ見ていただきたい」と自ら売り込みを重ね、全国3ヵ所の水族館で実現。昨年12月には、東京「しながわ水族館」で、都内初の「しらうお展示」も実施された。そのうえ「見せるばかり」か、しらうおの「教材化」への取り組みもはじめた。

昨年、蛯名さんは、しらうおの受精卵および孵化にも成功。しらうおを子どもたちの教材にしようと考えた。蛯名さんのしらうお活用展開は白熱中だ。

まずは、蛯名さんの渾身の努力で美人薄命を乗り越えたしらうおを、食べねばなるまい。看板商品の「しらうおの踊り食い」。グラスに入った、しらうおがキラキラと輝きながら確かに、泳いでいる。

はしでつまむとビクビク動く。イキのよさに、数回つかめずに落っことしてしまったのちに、口に入れる。こりこりした食感。たしかに、水揚げ直後に食べたのと同じ味わい。いや、もっとフレッシュ。踊り食いというと「口の中でピチピチ踊る食感を楽しむ」と思うひとも多いだろうが、そうではなくて「みずみずしいしらうおを楽しむための最善の方法」。いわば「踊り食い」は「究極の刺身」だと実感した。

しらうおの、火を通すとやさしい味わいをいかした卵とじや、かき揚げも絶品。「しらうおはカルシウムも豊富。お年寄りや子どもたちにも、もっと食べていただきたいと思います」と蛯名さんは語る。

かくして宝の湖・小川湖の「美女」は、日本各地に進出しはじめた。小川原湖漁業協同組合では、11月には「しろうおエリア」である福岡でも、しらうお商品を販売。折しも12月8日には、資源管理の取組について優れた実績をあげているとして、「第34回全国豊かな海づくり大会」で、資源管理型漁業部門の最高賞である大会会長賞を受賞。誰も知らなかった、「美しい宝の湖」の名前もクローズアップされはじめた。ぜひ、いま注目の「小川原湖」の「し“ら”うお」をお試しいただきたい。

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