訪日旅行が中国人の反日意識を変える

画像の説明 日本と向き合おうとする上海市民たち

上海では「論じても結論の出ない日中間の政治問題」を割り切る傾向が強い。政治関係に拘泥していてはチャンスを失うと見切りをつけたのか、上海市民は日本と向き合う積極姿勢に転じている。

11月、筆者はある上海庶民の自宅を訪ねた。この初老の女性は開口一番「東京の宿はどこが安いだろうか」と乗り出してきた。彼女の関心はもっぱら「訪日旅行」にあった。

息子が日本を訪れた。聞けば日本はいいところだという。今度は一家で東京に行こうということになった。行ってみたいのは日本の農村だ――などその訪日計画を打ち明けた。

しかし、この一家はもともと日本が好きではなかった。かつて、「一度日本に遊びに来て」と誘ったことがあったが、「とんでもない」と真顔で答えた。「行けば中国人はバカにされる。政治関係も悪いからきっといじめられる」というのが理由だった。彼女もまた心のどこかで「日本人は怖い」と思い込んでいたのだろう。だが、それも仕方のないことだった。なぜならば、彼女の耳にはその手の情報しか入ってこないからだ。

昼はラジオを聴き、夕方は「新民晩報」に目を通す。日本の情報は政治・外交を除けばほとんどなく、この2年余りはネガティブな報道が続いた。インターネット上ではブロガーの発信もあるが、デジタル世代でないためアクセスはできない。情報そのものが共産党政府により操作されるのがごく普通の世の中、そんな環境で「日本の本当の姿」など彼女たちは知る由もなかった。だが、息子の日本への渡航が「知られざる日本」を彼女にもたらした。

訪日旅行から帰国した息子は、興奮気味に個人旅行で訪れた日本体験を両親に話して聞かせた。恐らく自分の眼で見た日本・日本人は、中国国内の報道とは相当かけ離れていたのだろう。その話しぶりに、60代の初老の夫婦は「今度は私たちも行ってみようか」と、態度を180度転換させたのだった。

親戚を敵に回しても日本が好き

「あなたたちの対日観は間違っている」
親戚を敵に回しても日本が好き

「日中関係の修復と言ってもまだ先のことだと思います」と語るのは上海で日本語教師をする中国人女性だ。

靖国神社参拝や集団的自衛権、軍事演習などが、「中国人の感情を逆なでする」(同)のだと言う。

そうは言ってもこの女性は大の日本ファンでもあった。仕事柄、日本に出張することもあり、そのついでに旅行も楽しみ、安くて品質のいい日用雑貨をお土産に買い込んでくる。

ところが、そんな日本ファンの彼女に批判の矢が向けられる。こんなことがあったという。

中国にも日本で言うLINEのようなSNS「微信」があり、彼女は親戚とグループ通信を行っていた。だが、近年日中間が冷え込むと、親戚たちはことあるごとにチャットで彼女を責め立てた。

「あんたは親日なのか!?」――、そんなメッセージが何度も何度も送られてきた。彼女の「日本びいき」が気に食わないのか、親戚たちは無用に騒ぎ立てた。

この多くの親戚を相手に、彼女はたったひとりで応戦した。

「あなたたちの対日観は間違っている。日本に行ったこともないあなたたちに、日本人の本当の姿は語れない」

「今の日本の若者は政治なんかにこだわってない。あなたたちが考えている日本人と実際の日本人はぜんぜん違う。まずは日本に行って、自分の眼で見てください」

旅先での小さな出来事が対日観を変える大きなきっかけに

日本を訪れた経験もない人間に、中国の報道が伝えるのとは異なる“本当の日本人”を伝えるのは実に骨が折れたという。親戚一同を相手に孤軍奮闘は、さすがに彼女を疲れさせた。

だが1つだけ朗報があった。それは、姪が日本への個人旅行に旅立ったことだった。

「ほら、いま彼女からメッセージが入ってきたのよ」

そう言って彼女はスマートフォンをうれしそうに筆者に差し出た。そこには「今、伊勢丹のハンカチ売り場にいるの」とある。日本の小物が大好きなこの姪っ子は、色とりどりのハンカチに釘付けで、店頭から離れられなくなったようだ。

旅先からは続々と写真が送られてきた。その中に郵便物だけを撮影した写真があった。そこにはこんなメッセージが添えられていた。

「今年最大の感動、失くしたはずのものが戻ってきたということ!京都で買ったお土産を失くし諦めていたけど、これがついに戻ってきた。誰かが拾い保管してくれたものを、どこかのおじいさんが落とし主に届けようと宿泊先を探し出しホテルまで郵送してくれたみたい。しかも、ホテル側は快く『着払い』を立て替えてくれ、ついにこうして私のところに戻ってきた。こうしたやりとりに関わるのはみんな赤の他人、なのに互いを信じて困っている人を助けようとする。小包を受け取ったとき私はとっても感激した」――。

この日本語教師は、「どんなに日本に憎悪を抱いている人でも、日本に行けば絶対日本が好きになる」と主張する。グルメや温泉、ショッピングだけではない、旅先で出会う心温まる小さな出来事が、対日観を変える大きなきっかけになると信じて疑わない。

誰が“本当の日本人”を伝えるのか

中国人の訪日観光が復活の兆し
誰が“本当の日本人”を伝えるのか

2010年から始まった日中関係のギクシャクは中国の旅行業界を不況に陥れた。中国には日本の観光スポットを取り上げる訪日旅行の専門誌がいくつかあるが、こうした業界もまた“ギクシャク”の影響をもろに受けた。

訪日旅行を扱う出版社に勤務するある中国人女性がいる。彼女は日本留学を経て、日本文化に惚れ込んだ。「中国人の知らない日本の良さを伝えたいと思い、この出版社で働きたいと思った」と語るが、入社当時は日中関係の最悪期、業績低迷で四苦八苦が続いた。

彼女を苦しめたのは、それだけではなかった。「むしろつらかったのは『日本が好きだ』と声を大にして言えなくなったこと」(同)だという。中国の世の中全体の日本に対する反感のせいで、雑誌そのものが世間の批判の対象にもなってしまうこともあった。この2年あまりの間、日本について前向きに評価することは、すっかりタブーになってしまったようだ。

幸いにして、今年に入り中国人旅行者の訪日観光の復活が鮮明になってきた。「○○さんが連休に訪日旅行に行ったようだ」「××さんは三度目の日本観光から帰ってきた」などの話が飛び交い、これまでまったく日本に関心のなかった層も、日本に目を向けざるを得ない状況になってきている。

「日本文化」を伝える旅行雑誌の存在意義は、決して小さなものではない。中国の主要マスメディアで日本のいい面を取り上げる報道が少なければ、なおさらだ。ましてや政治的に対立する日本を前向きに評価することが困難な中で、「日本の良さを伝える媒体」は大変貴重なものだ。その「唯一のメディア」の復活にはぜひとも期待したい。

あたかも政治的解決など待っていられないかのように、あふれ出す中国人訪日観光客たち。訪れた日本で感じたものは、ふだん中国政府が声を張り上げて言う「日本人は怖い」とは真逆の真実だ。

日本における中国人観光客の訪日旅行では、とかく経済効果ばかりがクローズアップされがちだが、中国にもいる「日本と向き合おう」とする市民に目を向けずにはいられない。自分の眼で日本を見た「日本が好きだ」という中国人たちが、今後の民間交流を下支えするようになるだろう。

コメント


認証コード1822

コメントは管理者の承認後に表示されます。