禁断の領域「朝鮮総連」に足踏み入れ〝墜ちた〟

画像の説明 国税調査官 傘下団体元幹部と飲食、韓国旅行…情報漏洩

「来月、着手します」。意味深長なメールを送ったのは、悪質な納税者と向き合う国税調査官だった。在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)傘下団体の元幹部に税務調査の日程を事前に漏らしたとして、大阪国税局伏見税務署の職員が10月、国家公務員法(守秘義務)違反容疑で京都府警に逮捕された。「寡黙で真面目」という印象を周囲に与え、悪質な調査先を相手に業務に邁進(まいしん)していると思われていた職員。一方で元幹部と飲食を重ね、海外旅行にも一緒に行く〝裏の顔〟を持っていた。「反国税団体」といえる朝鮮総連という「禁断の領域」に深入りした背景に何があったのか。

衝撃…「反国税団体」との癒着、そして“密約”

逮捕、起訴されたのは、伏見税務署の上席国税徴収官、佐土原桜茂(えいしげ)被告(48)=現同署総務課付。情報を漏らしたとされる相手は、朝鮮総連の傘下団体「在日本朝鮮京都府商工会」の60代の元男性幹部だった。こちらは立件には至っていない。

起訴状などによると、佐土原被告は同署の上席国税調査官だった昨年9月25日、元幹部に対し、同商工会に加盟する企業の税務調査の日程を携帯電話のメールで漏らしたとされる。

関係者によると、佐土原被告は京都市内の別の税務署にいた10年ほど前から、元幹部と知り合いだった。業務を通じて繰り返し顔を合わせる中で、親密な関係に発展していったようだ。京都・祇園で飲食を繰り返すだけでなく、共通の知人を交え大胆にも韓国旅行に出掛けていた。支払いはいずれも元幹部のクレジットカードだったという。

「寡黙で真面目という印象が強かったが、まさか海外旅行にまで一緒に行っていたなんて…」。事件を知った国税関係者は言葉を失った。別の関係者は「相手が悪い」と漏らした。

総連「日本国税当局による『不正な税務弾圧』だ」…結果、国税と“密約”

大阪国税局では職員による同様の不祥事が相次いでいる。しかし、今回は単に不祥事が再び起きたという意味だけにとどまらなかった。情報漏洩(ろうえい)先が「反国税団体」といえる朝鮮総連絡みだったことで衝撃が走ったのだ。

国税との〝密約〟も?

「元幹部は国税局では知られた存在だった。加盟する業者の税務調査の現場には必ず現れた」。ある国税OBが振り返る。

政治思想や民族などさまざまな背景を持つ反国税団体は、調査に非協力的で税金を払おうとしない傘下業者が多い。朝鮮総連もその中の一つとされる。

「税金問題に関し、日本国税当局による『不正な税務弾圧』が各地で頻発。粘り強い闘いを繰り広げてきた」-。総連が平成3(1991)年に発行した便覧「朝鮮総聯」は、国税当局と総連側の長年にわたる壮絶な闘争の歴史がこう強調されている。

さらに、便覧では国税当局が存在を認めていない〝密約〟についても言及。昭和51年10月、総連傘下の在日本朝鮮人商工連合会(朝鮮商工連)が国税庁と「5項目の合意事項」を結んだと主張した。掲載された5項目の内容は次の通りだ。

(1)朝鮮商工人のすべての税金問題は、朝鮮商工会と協議して解決する

(2)定期、定額の商工団体の会費は損金(必要経費)として認める

(3)学校(朝鮮人学校)運営の負担金に対しては前向きに解決する

(4)経済活動のための第三国旅行の費用は、損金として認める

(5)裁判中の諸案件は協議して解決する

総連側に「特権」を与えるような合意内容がそのまま実行されたとは信じがたいが、全国各地に点在する商工連傘下の各商工会は、加盟業者に税務処理や経理の支援といった重要な役割を果たしてきた。

「ありがたい存在」

ただ、商工会の幹部らによる税務業務そのものが違法となるケースも少なくない。

平成20年、無資格で税理士業を行ったとして、税理士法違反容疑で東京都新宿商工会の元幹部が逮捕された。同様の事件は京都、兵庫、北海道でもあった。

ある国税OBは「商工会絡みの税務調査では、表向きは税理士を立てても、実態は無資格の幹部らが処理しているとのうわさが絶えない」と打ち明ける。

一方で、商工会のような反国税団体の傘下業者を税務調査する場合、国税側が「脅迫まがい」の圧力を受けることもある。関係者によると、反国税団体と向き合う税務署員にとって、調査を円滑に進めるための交渉窓口になる元幹部のような人物は、良好な関係を築くことができれば「非常にありがたい存在」という。

同様に商工会の顔役的な存在だったという元幹部にとっても、税務署員が握る税務調査の情報は魅力的だったに違いない。佐土原被告と元幹部の利害が一致したことが関係の深化に拍車をかけたのかもしれない。

京都府商工会は産経新聞の取材に「担当者がいないのでお答えできない」としている。

「特調」への誘惑

佐土原被告は平成23年7月に伏見税務署に異動して以降、所得税などを扱う個人課税部門に所属。その中でも、非協力的な悪質納税者を相手にする「特別調査」を担当していた。
調査自体が困難な「特調」は、かつて税務署の花形部署といわれた。国税本局でも強制調査の権限を持つ査察部(通称マルサ)と双璧(そうへき)をなすのが、本局のエース級が任意調査で多額の所得隠しをあぶり出す「資料調査課(料調)」だ。

特調は料調のいわば税務署版で「ミニ料調」とも呼ばれる。だが、今では「しんどい部署」として、若手職員に敬遠される部署の一つになっている。

昭和60年に国税職員として採用された佐土原被告も、20年近く前には一時、本局の資料調査課に在籍していた。しかし、その後は本局に戻ることなく、複数の税務署を渡り歩いた。「出世も望めず、ふと魔が差したのか」「特調は結果が求められる部署。対象に迫るうちに一線を越えてしまったのか」。関係者らはそれぞれ推測する。

多くの国税職員が出会えば最初に口にするのが、国家公務員法と税法による「二重の守秘義務」だ。佐土原被告もその重要性は十分にわきまえていたはずだが、よりによって反国税団体の関係者と一線を越えてしまった。

あるOBは「国税職員は誘惑が少なくないのも事実。特定団体の担当が長引けば、分別が付かなくなる可能性もある」と問題点を指摘する。

捜査当局は起訴時も佐土原被告の認否すら明らかにしていない。〝堕ちた調査官〟の胸の内はいまだ秘められたままだ。

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