アベノミクスで潤ったのは大企業だけ

画像の説明 中小企業に恩恵は回っていない

自民党は「アベノミクスで雇用は100万人以上増えた」「賃上げ率は過去15年で最高」と言っている。本当だろうか? また、円安で大企業の利益が増えれば、その恩恵は経済全体に及ぶとしている。しかし、本当にそうなるのだろうか? 現状はそれとはほど遠いことを以下に示す。

増えているのは非正規労働、
正規労働力は減少

総務省「労働力調査」によると、2013年1月から14年10月までの間に、雇用者は127万人増加した。だから、「雇用が100万人以上増えた」ということ自体は間違いではない。

しかし、問題はその中身である。まず、正規・非正規について見ると、増えたのは非正規であり、正規は減っている。

具体的にはつぎのとおりだ(図表1参照)。上記の期間において、正規の職員・従業員は、38万人も減少している。それに対して、非正規の職員・従業員は、157万人の増加となっている。その内訳を見ると、パート53万人増、アルバイト35万人増、契約社員53万人増などだ。

もちろん、「非正規だから問題だ」ということには直ちにはならない。柔軟な就業体制は、原理的には必ずしも悪いことではない。しかし、現実の非正規雇用に問題が多いことも事実である。

第1に、雇用が不安定だ。また、社会保険の適用も十分でないことが多い。実際、企業が非正規雇用を増やす大きな理由は、社会保険の負担を避けることにあるのではないかと思われる

第2に、次節で述べるように、パートタイム労働者の賃金は、一般労働者に対して著しく低い。したがって、非正規労働が増えることは、全体としての平均賃金を押し下げることになる。

こうした事情があるので、労働者としては、非正規よりは正規を望んでいる。それが実現できないのは、大きな問題だと言わざるをえない。

健康保険・厚生年金保険に関しては、次の条件をすべて満たす者はパートタイマーであっても原則として被保険者となる。

(1)1日または1週間の労働時間が正社員の概ね3/4以上であること。
(2)1ヵ月の労働日数が正社員の概ね3/4以上であること。

逆に言えば、これらのどちらかを満たさない場合には、健康保険・厚生年金保険に加入する必要はなく、雇用主は雇用主負担を免れるわけだ。なお、2ヵ月以内の雇用期間を定めて雇用される者は、上記(1)及び(2)の条件を満たしていても、社会保険の適用除外者となる。

16年4月からは、従業員501人以上の企業で週20時間以上働く労働者は、強制的な加入被保険者とされる。

パート労働者の賃金は著しく低い

就業(雇用)形態区分の定義は、統計によって若干異なる。先の正規・非正規という区別は労働力統計のものだ。厚生労働省「毎月勤労統計調査」(毎勤調査)では、「一般」「パート」という区別をしている。

この調査では、労働力調査の傾向とは異なり、従業員5人以上の調査産業計で、一般労働者も同期間中に常用雇用指数が99.1から101.2に、2.1%増加している(図表2参照)。ただし、パートタイム労働者の指数は106.9から111.8へと4.6%増加している。したがって、パートタイムの増加のほうが著しいことに変わりはない。

現金給与月額を調査産業計で見ると、一般労働者が33万9374円であるのに対して、パートタイム労働者は9万4882円と、28.0%の水準でしかない。

しかも、伸び率も低い。一般労働者が対前年伸び率1.1%であるのに対して、パートタイム労働者は0.5%でしかない。したがって、時間が経つにつれて、賃金格差は拡大するわけである。

なお、以上の傾向は、産業別に見ても変わらない。

・労働力調査……雇用者5600、正規の職員・従業員3305、非正規の職員・従業員1948(うちパート・アルバイト 1333)
・毎月勤労統計調査……労働者総数4705、一般労働者3298、パートタイム労働者1407

労働力調査における正規の職員・従業員と毎月勤労統計調査における一般労働者は、ほぼ同数である。また、労働力調査におけるパート・アルバイトと毎月勤労統計調査におけるパートタイム労働者もほぼ同数である。総数における違いは、労働力調査においてパート・アルバイトでない非正規の職員・従業員がいることなどによる。

増えたのは一時的雇用と低賃金部門

雇用の伸びを産業別に見ると、どうであろうか? 毎勤統計によって常用雇用労働者(事業規模5人以上)を見ると、調査産業計では、前年比1.7%の増となっている。増加率が2%を超えているのは、つぎの産業だ(カッコ内は2014年9月の労働者数、単位:千人)。

建設業   2.9%(2761)
不動産・物品賃貸業   3.6%(714)
飲食サービス業等   5.3%(4255)
医療、福祉   2.8%(6301)
その他のサービス業   2.1%(3641)

13年の経済成長率が高くなったのは、消費税引き上げ前の住宅駆け込み需要と公共事業増額のためであると、本連載の第1回に指摘した。建設業、不動産業などの雇用が増えているのは、その影響である。また、医療、福祉の雇用が増加するのは、高齢者の増加に伴う長期的・傾向的な現象である。

以上の部門の雇用が伸びる半面で、製造業の伸びは-0.4%(7984)となっている。また、金融業、保険業は0.4%(1413)に留まっている。

建設業、不動産業の雇用増加は一時的なものであるし、飲食サービス業や医療、福祉は、生産性が低く、平均賃金も低い産業だ。非正規労働者の比率も高い。その半面で、生産性が高い製造業は縮小しているし、金融・保険業は停滞的だ。

したがって、上で見た雇用構造の変化によって、平均賃金は長期的傾向として、低下せざるを得ない。

賃金指数の改善ははかばかしくない

賃金指数について、2013年1月以降の推移を示すと、図表4のとおりである。ボーナスのある6、12月に変動があるということをならせば、ほとんど変化がない。

14年1月の値は83.4であって13年1月と変わりない。14年9月は対前年比が1.6%増になっている。

ただし、ここでつぎの3年に注意が必要だ。

第1に、最近の指数の対前年比がプラスになっているといっても、上昇率は消費者物価上昇率よりは低く、したがって、実質伸びはマイナスになる。

第2に、前回述べたように、家計調査で見ると、最近時点では、名目収入の伸びもマイナスになっている。

第3に、長期的に見ると、賃金指数は低下している。日本の賃金指数は1997年にピークに達した後、傾向的には下落していた。そして、リーマンショックで大きく下落した。その後回復したが、はかばかしいものではなく、リーマンショック前に比べれば、2~4%程度低い水準だ。

円安の恩恵を受けたのは大企業だけ

賃金の伸びがはかばかしくない半面で、企業の利益は増大している。

これについては前回に示したが、2014年12月1日に公表された法人企業統計で最近までの状況が分かった。

以下では、営業利益の推移を見る。まず、全産業(除く金融保険業)全規模を見ると、14年7~9月は12年7~9月に比べて、2.7兆円の増(29.9%増)となっている。とくに、製造業では、1.4兆円の増となっている。これは、54.6%増という、きわめて高い伸びだ。

上で見たことは、こうした企業利益の増大が、雇用や賃金を改善していないということである。

しばしば、「トリクルダウン」ということが言われる。これは、「豊かなものがより豊かになれば、その恩恵で経済全体が豊かになる」という考えだ。しかし、そうしたことは生じていないわけである。

資本金1000万円以上から1億円未満の企業を見ると、14年7~9月の営業利益は、円安の始まる12年後半とほぼ同程度の水準だ。

製造業の場合にも、同期間で営業利益はほとんど増えていない。1000万円以上から1億円未満の食料品製造業は、赤字になっている。

つまり、円安の好影響は見られず、むしろ円安が利益を減少させるように効いている産業もあるわけだ。

その半面で、製造業の1億円以上の企業の営業利益は、14年7~9月は12年7~9月に比べ1.39兆円の増加となっている。これは、66.1%というきわめて高い増加率だ。つまり、製造業の営業利益のほとんどは、資本金1億円以上の企業に帰属しているわけである。輸出産業は、この規模の企業である。それらが円安によって利益を得たのだ。

大企業の利益が大幅に増える半面で小企業の利益が減少するという現象の背後にあるメカニズムは、つぎのようなものだ。

製造業大企業の売上高は、73.2兆円から75.6兆円へと2.36兆円増えた。率では3.2%だ。他方で売上原価は、60.1と60.9兆円であり、ほとんど変化していない(率では1.21%)。このため、売上の増加の半分程度が営業利益の増加となったのである。重要なのは、原価がほとんど変化せずに売り上げが増加したということだ。

これに対して、資本金1000万円以上から1億円未満では、売上高が5.4%減少している。それにもかかわらず営業利益が増えているのは、売上原価を減少させているからだ。

ここで重要なのは、売り上げが増加していないということである。これは、小企業が円安の恩恵を受けていないことを示している。小企業だから、売り上げの中に輸出はほとんど含まれていないだろう。したがって、円安で自動的に売り上げが膨らむことはない。

他方、輸出企業は現地通貨ベースでの輸出価格をほとんど低下させていないため、輸出数量が増えない。したがって、円安によって生産量が拡大することがないのだ。このため、下請けに対する発注が増えない。したがって、小規模企業の売り上げが増えない。

このように、企業の間においても、大企業の利益増加が、小企業に及ぶという現象は生じていない。つまり、企業においても、「トリクルダウン」は発生していないのだ。

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