答え:「長くした」

画像の説明 一瞬で運賃計算できるよう自動改札をどう変えたか?

視点を変える3つの戦略思考

今、企業が抱える閉塞感を打破するためには、どんな戦略が必要か? 古い固定観念に風穴を開けるための新しい視点とは? 3000年の戦略史から導かれた、壁を打ち破るための「振る舞い」「5%」「レジリエンス」という3つの戦略思考について。

委縮するだけが、取るべき対策ではない

景気が悪化しているときに「萎縮する」だけが取るべき対策ではありません。同時に打って出るだけが対策でもないのです。より高い効果を引き出すために、やり方を変える、効果的な形に目標や組織を変えていくことが求められているのです。

戦略というのは何か難しいもの、場合によってはコストがかかるものと考えられがちですが、実際には極めてシンプルでなおかつコスト削減に貢献するものです。

端的に言えば問題解決のために、「新しい視点」を導入することが戦略の基礎となっているものです。戦略は過去の前提に囚われている人にとっての壁を、消滅させる武器なのです。

例えば、書籍『ずるい考え方』には、都市圏で導入されているICカードによる自動改札の話が出てきます。サッとかざす一瞬で、複雑な運賃計算を完了させなければならないのに、改札の内部にあるコンピューターの速度は限られており、改札の入り口を大幅に増加させることもできません。

この問題を解決するために、コンピューターの処理速度を上げる開発や、改札入口の増加などの大規模な対処をしたのかといえば、そうではありませんでした。

解決策として「自動改札機を長くした」のです。計算に時間がかかるため、乗降客が通過する改札機械の長さを大きくとり、通過までの時間を少し長くすることで運賃計算時間の問題を解消したのです。まるでとんちのような話ですが、これは問題解決の目の付けどころを変えただけで、大きな費用もかけずに問題を解消できた事例です。

戦略やイノベーションも同様で、企業組織が行っていた努力や活動のうち、ムダなものを効果的なものに向けるだけで、大きな成果に結びつくことがあるのです。活動の総量が変わらなくとも、努力の密度が同じでも、戦略の有効性は私たちに大きな果実をもたらしてくれます。だからこそ、苦しときこそ戦略思考の幅を広げるべきなのです。

(1)マーケットサイズは固定ではなく、企業の振る舞い(戦略)で変化する

近年、市場の大きさは固定的で企業はそのパイをライバルと単に奪い合うだけという発想が蔓延しているように感じます。すでに読者の方も気付いていると思いますが、市場すなわちマーケットの大きさは、実際には企業の振る舞いで劇的に変化します。

市場が縮小しているとは、すなわち企業側の振る舞いが現在の消費者のニーズと一致しなくなったことを意味します。一方で毎年20%近い売上高増を記録している日本企業も多数存在していますが、それらの企業の行動が市場を拡大する要素を持っているからです。

いわゆる製品ライフサイクル曲線では、栄枯盛衰が以下の4つの段階で描かれています。

1.導入期
2.成長期
3.成熟期
4.衰退期

では、あらゆる企業が同じ運命を辿るのかといえば、そんなことはありません。企業は複雑な要素で構成されており、商品や組織構造、基本戦略などを更新していくことが可能な存在だからです。

企業の選択次第でライフサイクルの曲線を凌駕することができるのです。逆にいえば、製品ライフサイクル曲線のような運命を辿る企業は、その振る舞いが典型的な形に陥ったからこそ、一般的な運命の曲線をなぞるようになるのです。

戦略は、多くの企業でライフサイクル曲線を超越するために使われています。マーケットサイズが企業側の振る舞いで変化するのであれば、私たちはどのような行動を選択すればいいのでしょうか。そのヒントこそ、数多くの戦略から私たちがいま学ぶべき点の一つだといえるのです。

(2)変化は雪崩のように簡単に起きる5%を目指して変革を続けること

巨大企業や多数の人間が集まる組織において、誰か一人が戦略変更の重要性に気付いても、組織自体を変えることは不可能ではないかと感じるものです。個人に比較して、組織は巨大な存在であり、惰性で動く人たちは苦い水を飲む必要がある変化を望まないものです。「変わる必要性はわかっている、でも組織は大きすぎて変えられない」のだと。

私たちは、組織が変化することを「過半数を占めること」だと考えがちです。例えば100名の組織であれば、積極的な戦略を支持する人が51名にならないと組織は変わらないのだと思い込んでいるのです。

ところが自然科学などの研究では、それよりはるかに低い比率の変化が導入されることで、集団全体にポジティブな影響を与えることが指摘されています。よい影響、よい成果のフィードバックは周囲に波及していくものだからです。

ソーシャル・イノベーションをテーマにした書籍『誰が世界を変えるのか』では、特定のコミュニティがたった5%の人たちのポジティブな影響で、その進路を大きく変えていく事例を解説しています。100名の集団の変化は、新しい変化を支持する人が51名になるまで始まらないのではなく、5名を超えた時点で始まり加速度的に進展していくものなのです。

変化を導く人にリーダーシップがあればさらにこのスピードは加速します。企業変革を成し遂げたリーダー、優れた経営者は極めて少人数の変革チームで巨大組織を激変させている例は、社会に溢れているからです。

巨大組織を変えるのに、51%という過半数が必要であるというのは間違った幻想であり、この記事を読んでいる読者の皆さんの行動が変わるだけでも、ある程度以上の規模の組織にさえ、変化の好循環を生み出すことが実際には可能なのです。

(3)失敗や間違いは、早く認めるほうがレジリエンス(復活力)を発揮できる

戦略というものは先人の試行錯誤で生まれるケースがほとんどですが、何らかの現象や成功、勝利の再現性を高める概念だと言えます。戦略家の生涯、彼らの活躍の軌跡を俯瞰していくことでわかる叡智のひとつは、失敗や間違いは、早く認めるほうが復活力(レジリエンス)を高めることができる点です。

レジリエンス(復活力)は最近注目されているキーワードですが、災害や大きな社会的変化に対して健全な弾性力を持つことであり、一時的なマイナスのできごとをダメージとして長期間引きずるのではなく、それに呼応して新しい変化を生み出して克服する能力を指しています。

古く賞味期限の切れた戦略の影響下から、抜け出すためにはまず失敗を認める、間違いを正しく受け止めることが必要になります。これはレジリエンスが発揮されるための入り口ともいえる行為であり、逆に失敗や間違いを認めないことは、危機を前にして個人や組織の復活力が発揮されることを、阻害することになるのです。

戦略と他社の成功事例を広く俯瞰することは、自らの間違いを認めやすくする効果もあり、「本当は何かが間違っているのではないか?」というふとした疑問を抱かせるきっかけにもなります。これは賞味期限の切れた戦略を握りしめたまま、不振にあえぐ状況に一石を投じることにつながるのです。健全な意味の懐疑主義は、目標を優れたものに更新する、手段をより効果的なものに差し替えるなど、さまざまな変化を生み出してくれるのです。

「絶対不変」の前提はなく、社会の変化で正解の形もどんどん変わっていくのですから、私たち自身も過去の正解にこだわることを避けなければなりません。この連載の中で、古い目標から組織を引き剥がしてくれる戦略を多く解説したのは、日本企業が正解の形を変えていく必要性がある時代に突入しているからです。

失敗や間違いを素直に認めましょう。「何かが間違っている」という小さなつぶやきだけでも効果があります。新しい入り口を探すためには、今まで毎日開いて使っている古いドアを疑う必要があります。人類3000年の戦略の歴史は、過去を健全に疑うことでたゆまぬ進化を促してきたのですから。

古い固定観念に、最も効果的に風穴を開けていく戦略を学び続ける

失われた20年を日本は経験していると言われています。現在の景気は企業による格差が激しい状況ですが、壁と閉塞感を感じている組織であれば、何かのきっかけによってこの閉塞感に風穴をあけていくことが求められているはずです。

戦略は平坦な道を歩む人に与えられる武器ではありません。目の前を遮る壁を乗り越え、閉塞感を打ち破る必要性を感じている人こそが手にする武器なのです。

人類3000年の歴史から戦略を俯瞰した書籍『戦略の教室』では、壁を打ち破る力としての戦略の姿を浮き彫りにすることを目指しましたが、後から振り返ると当たり前に見える歴史は、その当時の人々が数々の困難と闘い乗り越えた結果として積み上げられたものです。

危機や閉塞感は、過去数えきれないほど多く突きつけられた問題であり、自ら変化をすることでそれを乗り越えることが、今を生きる私たち全員に課せられているとも言えます。未来へ挑戦する3つの戦略発想は、新たな希望に手を伸ばす私たちの強い味方になってくれる視点なのです。

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