「一国二制度」の幻

画像の説明 香港民主化デモで習政権が恐れる“最悪のシナリオ”

北京・中南海の要人たちは、刻々と過ぎてゆく“香港時間”にイラついているに違いない。「雨傘革命」と呼ばれる香港の学生デモが3週間を過ぎ、香港政府が学生との対話を受けざるを得なくなった。香港と中国当局が、「デモに外部勢力が関与」と声を合わせているところを見ても、焦りの色は濃い。

ヘリテージ財団のディーン・チェン研究員によれば、北京の「国家安全委員会」が機能していれば、選択肢は(1)事態を静観しつつ裏工作に徹する(2)断固として武力弾圧に踏み切る(3)このまま香港当局にまかせる-などであるとみる。

だが中国当局には、(4)として「香港民主化を受け入れる」という選択肢はなさそうだ。共産党機関紙「人民日報」が1989年の天安門事件なみに「動乱」と呼び捨てたのは、香港問題で妥協はないとの意思表示だろう。自由や民主主義は西側資本主義の論理であり、共産党のいう「法治」とは法に基づく政治ではなく、「統治」の手段にすぎないとの考えだ。

中国は50年間の「一国二制度」を認めた84年中英間の基本合意をゆがめ、行政長官の民主的選挙を実施するというその後の公約も無視している。日本の中国専門家は、習政権が「一国二制度」を「一国独裁」に引きずり下ろしたと批判する。ロシアがウクライナの領土保全と不可侵を約束しておきながら、クリミアを併合したのと規範に対する考え方ではそう違わない。

しかし「動乱」としてデモ制圧を示唆しても、ただちに武力を行使することはできないだろう。万が一にも流血の惨事になれば、世界の金融センターとして香港の信頼性が揺らぐことになる。その影響は、陰りの見える中国経済に波及して、本土の混乱を引き起こすことになる。

まして、11月半ばに北京で開催するアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議を控えて、主要国のボイコットは目に見えている。すでに、米国のオバマ大統領は今月、訪米した王毅外相とライス大統領補佐官との会談に姿を見せ、香港の民主主義を擁護した。米国の92年香港政策法は香港の民主化を基本原則としており、場合によっては日米で協議する可能性も出てこよう。

APEC首脳会議が開催されても、議長国・中国に対する批判が続出する事態になれば、今度は内政に飛び火しかねない。

チェン研究員によれば、習近平国家主席にとり香港情勢は、海洋権益をめぐる周辺国家との摩擦よりもよほど怖いという。香港政策の失敗は、そのまま習政権の正統性と統治能力が問われる危険性があるからだ。

中国の対処シナリオとして考えられるのは、11月のAPEC首脳会議までは警察力で拡大を防ぎ、今回のような対話によるガス抜きで押さえ込むことだ。しかし、首脳会議後までもつれると、今度は(2)の「断固として武力弾圧に踏み切る」余地が出てしまう。

習政権は紛争海域で近隣国家に圧力をかけ、国内でもチベット、新疆ウイグルで少数民族を圧迫している。香港のデモ学生もまた、素性のわからない暴漢たちから脅されている。

香港で流血事件に突入してしまえば、中国が台湾を誘い込む「一国二制度」への道は閉ざされる。台湾と世界は、中国の出方を固唾をのんで見守っている。

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