「森林の再生」

画像の説明 力わざだけでは猛威をふるう土砂災害に勝てない!

真の防災対策は悲鳴を上げる「森林の再生」にあり

続発する大規模な土砂災害
抜け落ちている森林再生の議論

日本列島で、台風や集中豪雨に伴う大規模な土砂災害が頻発している。広島市や伊豆大島など多数の人命が失われる悲劇も相次いでいる。異常気象による未曾有の大雨がもたらした天災である。各地で続発する土砂災害に対し、国土交通省はソフトとハードの両面での対策を講じ、防災・減災を懸命に進めている。

ソフト面では、観測体制の強化やハザードマップの作成といった情報収集と伝達、さらには住民の避難体制に関するものなど。また、土砂災害警戒区域の指定による危険箇所への居住制限などもある。一方、ハード面では砂防堰堤など構造物の設置による防災・減災対策である。

だが、土砂災害対策で重要なものが抜け落ちているように思えてならない。荒れ果てた森林の再生である。

日本は戦後、スギやヒノキといった針葉樹の植林を国策として打ち出した。木材需要の増加を見越してのことで、補助金を出して山主に植林を推奨したのである。その結果、日本の森林は大きく変貌した。1950年代までは8対2で広葉樹林が多かったが、現在は6対4に変わっている。針葉樹林が全国各地に広がったのである。日本の森林面積は約2508万へクタール(2012年)あり、このうち人工林は約1029万へクタールにのぼる。

ところが、木材価格が1980年をピークに暴落し、右肩下がりとなる。安い輸入材が大量に入り、日本の林業は大打撃を受けたのである。山村での生活に見切りをつけ、都会に流出する人が続出した。こうして森林の多く(広葉樹林も含む)が、間伐されないまま放置されるようになった。全体の約8割がそうした状態だと言われている。山に入って手入れをする人、そしてできる人が激減してしまったからだ。

間伐されない人工林は、山に様々な負荷を与えることになった。森林の中の木の密度が高いため、上部に密集する葉っぱに遮られて日の光が森林の中に入らない。 それで下草が生えず、土壌がむき出しとなり、雨水を浸透しにくくなった。要するに、本来の森林が持つ保水力を低下させてしまったのである。

間伐されない人工林が山に与えている負荷は、それだけではなかった。森林研究の第一人者である東大大学院の蔵治光一郎・准教授によると、山の地表を削り取るメカニズムができ上がってしまっているという。それはこういうことだった。

木々の間隔があいている通常の森林の場合、雨粒の多くはそのまま山の地表に降り、土に吸収される。ところが、木々が密集した人工林では、雨粒が木々の上部の葉っぱに溜まることになる。日の光が遮られるのと同じ原理である。

上部に溜った雨粒は少しずつ集まり、ある程度の塊となって下に落ちる。葉っぱが雨粒の重みに耐えられなくなるからだ。森林の高いところから、大きくなった雨粒が落下するのである。通常の雨粒よりも、地表に与える衝撃度は巨大なものとなる。

砂防堰堤、治山ダム、治水ダムは森林そのものの再生につながらない

蔵治准教授によると、落下による雨粒のエネルギー量は通常の20倍にものぼるという。木の根が露出するほど山の地表が抉りとられるようになり、剥がれ落ちた土砂が山の斜面を滑り落ちて下部に流出し続けることになるのである。

放置された人工林は単に保水力を失うだけではなく、土砂を流出させ、山そのものを崩壊される現象を引き起こしていたのである。そうした影響が近年の土砂災害の特徴となって現れている。土石流が流域の境を越えて発生すること、そして流木による被害が拡大していることだ。

土砂崩れや土石流、川の氾濫といった災害を防ぐため、ハード面の対策が講じられてきた。砂防ダム(堰堤)や治山ダム、治水ダムといったコンクリート構造物で、土砂や水の流れを遮断する方策である。いわゆる力技だ。

砂防堰堤、治山ダム、治水ダムは
森林そのものの再生につながらない

確かにハード面の強化が防災・減災につながる地域や箇所はあるが、そうではない箇所も少なくないと考える。留意すべき点が2つある。

1つは、砂防堰堤や治山ダム、治水ダムなどをどれだけ造っても、森林そのものの再生にはつながらないという点だ。砂防堰堤は現在、全国に約6万2000基ある。ダムの数の20倍ほどだ。しかも、新しい砂防堰堤が毎年数百のペースで造られている。砂防堰堤を造っても土砂で埋まってしまい、新たに造るという箇所もすくなくない。

砂防堰堤や治山ダム、治水ダムなどがもたらす由々しき現象もある。山と海は川の中を流れる水と土砂でつながっている。ところが、川の上流部に砂防堰堤や治水ダムなどがたくさん造られたことにより、山から海への水や土砂の供給量のバランスが崩れているのである。このため、川底が低下したり、海辺が削られるといった事態が広がっている。

また、山の養分が海に注がれにくくなるので、海の中の栄養分も減少してきているのである。つまり、山の管理を怠り、荒れたままにしておくことが、山のみならず川や流域、海をも脆くしているのである。国土全体の弱体化を呼び寄せていると言っても、過言ではない。

土砂災害対策はより複合的に行うべきで、コンクリートの力に過度に依存するのではなく、荒れ果てている森林の再生を地道に進めることも必須である。国土を強固なコンクリート構造物で覆えば、国土強靭化につながるというような単純な話ではない。国土交通省と林野庁などが縦割りで対処するのではなく、連携して取り組むべき最重要課題である。

「木を切り倒す間伐方法ではないので、誰でもできます。本来のやり方ではありませんが、日本の森があり得ない状況になっているので、それを何とかするためのものです。プロではない私たちみたいな一般の人が森の手入れに加われるようにしないと、日本の森は本当に危ないと思います」

こう語るのは、神奈川県相模原市藤野の住民グループ「トランジション藤野」の竹内久理子さんだ。

森林再生に住民自らが取り組む、トランジション藤野「森部」の試み

「トランジション藤野」は地域の人や資源に目を向け、住民自らの創意工夫で地域づくりを進めるという草の根の運動である。2008年に藤野で発足し、現在、様々なワーキンググル―プが活動を展開している(連載第91回、94回、106回参照)。その1つが「森部」(代表は桝武志さん)で、コアメンバーとして竹内さんと伴昌彦さんらがいる。いずれも林業のプロではなく、藤野に移り住んできた会社員や自営業者、農業従事者といった人たちだ。

森林再生に住民自らが取り組む
トランジション藤野「森部」の試み

きらめ樹間伐と「森部」の桝さん

この「森部」のメンバーが放置された藤野の人工林に入り、間伐を行っている。もちろん、山主さんの協力を得てのボランティア活動で、チェーンソーを駆使して伐採するプロのそれではなく、ノコギリと竹べらを使っての作業となる。

幹回りの樹皮を剥き、そのまま木を丸裸にしてしまうのである。そして、ゆっくりと立ち枯れさせる「皮むき間伐」という手法だ。水分を含んだ樹皮を剥くことで、1年半から2年後には良質な天然乾燥の木材になる。伐採時にはぐっと軽くなるので、山から運び出す際の難儀さも減る。安全なので、子どもたちでも遊び感覚で取り組めるという。

人工林の木が「皮むき間伐」されると、丸裸となった木質が森の中できらめいて見えるため、「きらめ樹間伐」とも呼ばれている。「トランジション藤野」の「森部」は、この「きらめ樹間伐」を2011年から藤野の2ヵ所の山林で実施している。荒廃した地域の山を少しでも再生させたいとの思いからだ。

そして、山の再生を目指す新たな取り組みを開始していた。それは「水脈整備」というもので、まだあまり世に知られていない山の再生手法だ。「水脈整備」は、造園家で環境再生医の矢野智徳氏(NPOもりの会副理事長)が提唱する独自理論によるものだ。こういう考え方だった。

水脈整備した水路を点検する「森部」のメンバー

森林には本来、水と空気の流れというものがある。それが人工的な構造物で寸断されたり、大きな圧力がかかり目詰まりとなっている。そのため水と空気の流れが滞り、森林全体がいわば動脈硬化を起こしている。こうした水と空気の詰まりを取り除くことで、森林を蘇らせるという考え方だった。「森部」のメンバーが共鳴し、「水脈整備」の取り組みにつながっていった。

矢野さんは藤野の隣町、山梨県上野原市に在住していた。これ幸いと、「森部」は多忙な矢野さんに特別講座の講師を依頼した。「水脈整備」のレクチャーとフィールドでの作業の手ほどきを受け、2013年2月 から実践に乗り出したのである。

山から下りて、皆で地産地消の昼食

地域の山主さんの理解と協力を得て、山に入り、かつての水路を復活させたり、山道に水切りを入れたりしているのである。 「森部」の桝代表は、「人工の山は、常にメンテナンスしていないとだめですね。水脈は血管と同じで、詰まると病気になります。水や空気、土砂が流れないことによる負荷が溜まり、別のところから溢れ出るのだと思います」と語る。こうした地道な作業こそが、本当の「国土強靭化」につながるものなのではないだろうか。

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