スコットランドの独立

画像の説明 スコットランドの独立が決まれば何が起こる?

英国の国力低下だけでは済まない世界への影響

予想に反した世論調査での拮抗
スコットランド独立の問題点は何か

9月18日にスコットランドで、独立の是非を問う住民投票が実施される。英国に外交官として合計6年間居住し、英国のことは比較的よく知っていると自負してきた者として、まさかスコットランドの独立が住民投票にかけられるとは思わなかったし、仮に住民投票に付されても独立賛成の可能性が出るとは考えてもみなかった。

多分、多くの英国人もそう見たのではないか。1997年にスコットランド議会の再設置を認めたブレア元首相や、独立派が過半数を占めたスコットランド議会を背景にしたスコットランド自治政府のサモンド首相の要求に応じ、2012年に住民投票実施に合意したキャメロン首相も同じであったのではなかろうか。

スコットランドの世論調査でも、つい1ヵ月前までは独立賛成派は30%を超える程度であった。それが投票前夜のこの数日は、ほぼ50%に達し、賛成・反対どちらの結果に転ぶか予測が難しい情勢となった。

英国の主要3政党の党首がスコットランドに入り、独立を阻む必死のキャンペーンを行っているが、効を奏することになるのか。世論調査はともかく、実際に投票するとなれば慎重になるという見方もされている。

しかし、もしスコットランド独立となれば、その準備は十分されていないだけに、影響は英国に止まらず、広く世界全体へ広がることとなるだろう。今回の住民投票で独立が否決されたとしても、今後独立に向けての方向性が消滅するわけではないので、問題点を洗い出しておく意味はあるのだろう。

まず、英国の国力は削がれ、国際社会における政治経済的影響力も大幅に低下していくことになるのが懸念される。スコットランドは国土面積では英国全体の約30%を占めるとはいえ、人口は約8%でかつ老齢化が進んでおり、GDPでも約9%を占めるにすぎないので、仮に分離独立してもそれほど深刻な影響はない、との見方もある。

英国の政治経済的影響力が低下、ポンドの大幅下落は不可避

しかし、これは正しくないと思う。経済的には北海油田がスコットランドに帰属するとなれば、ポンドを支えてきた産油国としての英国の強さが失われる。また、英国とスコットランドの完全な経済一体化が進んでいた中での分離独立であり、外国からの投資を含め最終的に両国の経済関係が整理されるに至るまで、大きな混乱が生じるだろう。スコットランドとEUとの関係も、当面絶たれることとなる。これらのことを考えると、経済的なロスは極めて大きい。

英国の政治経済的影響力が低下
ポンドの大幅下落は不可避

安全保障の観点でも、スコットランドは核配備可能な原子力潜水艦の基地をはじめ、大きな戦略的意味を持っているところであり、非核化を鮮明にしているスコットランド独立計画の下では英国の戦略的損失も甚大である。

また、英国は大英帝国の時代から大きな政治的影響力を保持してきたが、その本質は国々とのパートナーシップづくりの巧みさという面があった。

米国との「特殊な関係」、EUのなかでの他の大国である独・仏とのバランス、エリザベス女王を元首に抱く英連邦との関係、さらには安保理常任理事国という立場の活用など、自国の国力以上の政治的影響力を行使してきた。その最も中核となってきた概念である「連合王国」からのスコットランドの離脱は、大きなダメージとなる。

これらの政治経済的ダメージが、当面ポンドの大幅下落につながることは避けられないのではないか。また、日本を含め外国投資の見直しが行われていくことになるのだろう。EU、NATO、国連安保理をはじめ、国際場裏での影響力も低下していくということだろう。

ポンド使用、北海油田、EU加盟。英国と協議すべき課題は山積

住民投票で分離独立が決定されれば、2016年3月にも独立することが計画されている。当然、英国との合意に基づく住民投票であり、独立の実現なのだから、独立までの過程で両国にとって最も好ましい関係を模索する努力が、払われることになる。

両国関係構築の内容次第では、前述したダメージが緩和されていくことも十分考えられる。サモンド・スコットランド首相は、ポンドの継続使用、北海油田の継承、EUへの加盟を表明しているようである。これらはいずれも難題である。

ポンド使用、北海油田、EU加盟
英国と協議すべき課題は山積

まず、スコットランドが分離独立することは経済運営がスコットランド当局の下に帰属するということであり、英国との財政・金融政策などの統合なくして、通貨同盟が構築され、ポンドが維持されるとはおよそ考えにくい。

北海油田の継承は、両国間でのすべての資産・債務の振り分けについての合意が前提になる。英国の資産とスコットランドの資産をどう分類し、国家債務をどのような原則で振り分けることになるのか。これは極めて時間のかかる厳しい交渉プロセスとなり、最も大きな課題となるのだろう。

またEUには、加盟国から分離独立した国の加入手続きは整備されておらず、スコットランドが直ちにメンバーとなることはない。EUはギリシャなどの公的債務危機で進展が阻害されたが、スコットランド問題はEUの「深化と統合」のプロセスにとって、新たな課題となる。果たして、2016年3月までにこのような難題が整理されることになるか、大いに疑問が残る。

理性的な国益判断と国民感情のかい離。影響は他地域にも広がる?

さらに、スコットランド独立を決める住民投票の実施は英国だけではなく、民主主義体制の中での住民・国民投票の位置づけに一石を投じることになるだろう。今後英国のみならず、他の民主主義体制において国家の命運を決してしまう住民投票や国民投票が、多用されてしまう恐れが出てくる。

1990年代のはじめ、当時のサッチャー首相は、英国のユーロ加入について国民投票で決すべきだという議論が高まったとき、これを明確に否定した。「通貨といった複雑な問題について、国民が十分な情報を持って判断するのには無理がある。そのために選挙で統治を託された政府が存在し、政府は万全の情報に基づいて判断する。もし国民が政府の判断が間違っていると思えば、次の選挙で政権交代をすることになる。これが民主主義である」という論理である。

理性的な国益判断と国民感情のかい離
独立機運が他地域に広がる可能性も

スコットランドの独立の是非は英国国民の利害とも大きくかかわるが、それをスコットランドだけの住民投票で決めるのは、民主主義の正しい原則なのだろうか。スコットランドの人々からすれば、国家財政や安全保障、EUとの関係よりも、スコットランド・ナショナリズムの感情に基づき賛成票を投じてしまうことになりはしないか。

英国の名称である連合王国は、イングランド、スコットランド、ウエールズ、北アイルランドの統合体を意味するが、独立を求める動きがウエールズや北アイルランドに波及していくだろうことは、容易に想像できる。これはたとえば、すでにその機運が上がっているスペインのカタルーニヤ地方にも波及していくのかもしれない。

国益の緻密な計算に基づく理性的な判断と国民・住民の意識(ナショナリズム・愛国主義など)のかい離は、民主主義社会においてますます拡がっている。スコットランドの独立を問う住民投票は、仮に賛成が多数とならなくても、賛否が拮抗したこと自体、住民の多くは感情的に動いたことを示している。

米国のイスラム国空爆にも感じる、合理的な国益判断の重要性

本来、英国政府は住民投票に付したくはなかったはずであるが、スコットランドの独立に向けたスコットランド議会の政治的気運に抗し切れず、民主主義であるが故に分離独立といった重大事を住民の素朴な判断に委ねざるを得ないのは皮肉なことである。

米国のイスラム国空爆にも世論の高まりが
合理的な国益判断を可能とする体制強化を

米国においても、オバマ大統領は従来の態度を変え、「イスラム国」空爆の拡大やイラクへの軍事支援の拡大、反イスラム国パートナーの構築を明確にした。そもそもイラク、アフガンからの撤兵を主張して大統領となったオバマ大統領としては、必ずしも容易な判断ではなかったはずである。

しかし、「イスラム国」の名の下のイスラム過激派が米国人ジャーナリストの首を刎ねるという蛮行を重ね、米国人の愛国心をいたく刺激したことが、直接のきっかけとなった。米国が行動しなかったならば、国際社会における米国の指導力の一層の低下を招いていたかもしれない。

今後、民主主義統治体制で最も重要になるのは、重要課題について政府が説明責任を尽くし、議会や国民の間の議論を活発化させ、合理的な判断が行われる体制を強化することなのであろう。国民の感情の高まりの中での判断が、国益を大きく損ねる結果となるかもしれない。

日本でもナショナリズムが排他的になり、世論迎合的雰囲気の中で非理性的な選択がなされないよう、目を光らせる必要があろう。

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