<厚生年金基金>「限界」

画像の説明 法改正で解散ラッシュ

企業年金の一つ、厚生年金基金の解散ラッシュが始まった。2012年2月に発覚した旧AIJ投資顧問による年金消失事件を受け、今年4月、存続する526基金の大半を5年で廃止させる改正厚生年金法がスタートしたためだ。しかし、基金廃止後の受け皿には「穴」も目立つ

◇支給カット 生活直撃も

千葉県の元タクシー運転手の男性(78)の元に7月下旬、約30年加入していた「日本交通連合厚生年金基金」から封書が届いた。中身は「支給停止割合変更通知書」。公的年金も合わせて月に約12万1000円の年金を、8月から約5000円カットすることを告げていた。1969年設立の同基金は今年5月末、国に解散を申請し、8月1日の解散が認可されていた。

妻、娘と暮らす男性の生活費は、公的年金の減額分も含めこの1年で月に9000円近く減った。暖かい日は風呂を沸かさずシャワーにし、1日1本のささやかな楽しみだった「第3のビール」も我慢する日が増えた。「基金の上乗せは退職金代わりだったはず。なくなるとは思いもよらなかった。納得いかない」

厚生年金基金は、高度経済成長期の66年に制度ができた。従業員は公的年金に上乗せされる企業年金の掛け金に加え、本来は国に納める厚生年金保険料の一部も基金に納める。基金は掛け金と厚生年金保険料を合わせて運用し、企業年金分(月数千〜1万6000円程度)だけでなく、厚生年金の一部も国に代わって(代行)支給する。多額の資金を運用できるようになる企業と、基金を天下り先にしたい官僚の思惑が合致し、ピーク時は1900近い基金が乱立した。

ところが、バブル崩壊後は上乗せ分どころか、国に代わって払う厚生年金分の資金さえ不足する「代行割れ」基金が続出した。大手はいち早く他の企業年金に移った会社が多かったものの、中小には難しかった。基金の解散には厚生年金の支給に必要な資金を全額国に返す(代行返上)必要がある。中小には解散したくとも、カネを工面できない企業が多かったのだ。

残る厚生年金基金は中小の同業者でつくる基金が大半となったころ、旧AIJが顧客の基金から預かったカネを消失させる事件が発覚する。ようやく厚生労働省は4月、代行返上債務の軽減や30年の分割返済を認める一方で強制解散もちらつかせ、財政が健全な一部基金を除いて18年度末までに全廃させる方針へ転じた。その結果、4〜7月までに16基金が解散し、248基金が解散を決めた。

九州・沖縄の中小370の電気工事業者でつくる「全九州電気工事業厚生年金基金」(福岡市、加入者約6200人)は旧AIJによる被害を機に解散を決め、今年6月に認可された。ただし、10年で総資産の13.7%、34億円を国に返さねばならない。

同基金は元々懐が苦しく、12年2月に再建計画を立てていた。AIJ問題が明るみに出たのはその1週間後。委託資産32億円が焦げ付き、再建話は流れ、解散に傾いた。「自殺し保険金で穴埋めしたらいい」。松崎寿秀常務理事には、加盟業者の社長から何度も脅しの電話がかかってきた。松崎さんは、静かに語る。

「事業主に納得も理解もない。あるのは傷口を広げたくないという諦めだけ」

◇国、企業年金での補完狙い

この先、先細る一方の公的年金。厚労省はそれを企業年金の普及と充実で補おうとしている。

厚生年金基金廃止後の有力な後釜に想定するのが、01年に創設した「確定拠出年金」(日本版401k、DC)だ。企業型のDCは掛け金を社員が自己責任で運用する。同基金や確定給付企業年金のように会社が損失を補てんする必要はなく、企業も採用しやすいと踏んだ。10月には企業負担分の掛け金の月額上限(5万1000円)を5万5000円に引き上げ、老後の受給額を増やす。ただ、DCを生かすには加入者が利殖に関心と知識を持っていることが不可欠となる。

「『今回は少し上がったかな』って、一喜一憂してるだけ」。DCを導入する東京都内のインターネット関連会社に勤める30代前半の男性は、掛け金の運用状況をそう語る。3カ月に1度郵送されてくる運用結果を眺める程度だ。投資先は、低リスクながら高収益は望みにくい国内債券が8割を占める。煩わしさもあり、5年ほど前に加入して以来、一度も変更していない。

DCのある企業で働いていても、転職先にはDCがない例は多い。その場合、半年以内に「個人型」DCへの移行手続きをしないと、積み立ててきた資産は国民年金基金連合会に移され、塩漬けのまま毎月51円の手数料を取られ続ける。こうした人は「401k難民」と呼ばれ、44万人近くに上る。放置されたままの積立金は800億円を超す。

都内の保険会社に勤める20代後半の男性も「難民」の一人。DCのある企業に3年近く勤めた後、11年にDCのない今の会社に移った。自分で運用先を選ぶのが面倒で、以来積立金は放置したまま。元の会社への返金などで約30万円あった積立金は3万円ほどに減り、今も毎年2%ずつ目減りしている。

男性は「もはや額も少なく、今更運用する気は起きない」と言う。

日本出版販売(本社・東京都千代田区)は、04年に厚生年金基金を廃止し、DCを導入した。毎年社員向けに年金セミナーを開き、55歳、58歳の人には特に丁寧に説明している。人事部多様化推進チームの鈴木一成課長は「自己資産だからこそ、的確な情報を提供する必要がある」と会社の責任を強調する。

とはいえ、企業年金連合会の13年調査によると、DC導入企業で継続的に社員への投資教育をしているのは55.2%。401k関連の講師も務める「家計の総合相談センター」の吉田江美社長は「自分のお金に関する制度。社員も無関心のまま会社に甘えてはいけない」と、個人の自覚を高める必要性を説く。

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