≪朝日の報道検証の余熱≫

画像の説明 実体のない「従軍」冠した罪重い 

≪朝日の報道検証の余熱≫

8月5、6の両日にわたって、朝日新聞が掲載した「慰安婦問題を考える」は、同紙が長年にわたって執拗(しつよう)に続けてきた、いわゆる「従軍慰安婦」糾弾キャンペーンの枢要な根拠とされる「吉田清治証言」が虚構であったことを初めて認めたため、各界各層に大きな衝撃を与え、その余熱は今も残っている。

振り返ってみれば、この問題は平成9年の4月から中学校のすべての社会科教科書に「従軍慰安婦」に関する記述が掲載されることが明らかになったのが発端である。私自身もこの論議に加わった経緯があるので、17年前を想い起こしながら所感の一端を述べてみたい。

少々乱暴な設定かもしれないが、当時、私は本件を名詞としての「従軍慰安婦」と動詞としての「強制連行」という2つの事柄の検証作業ということに集約できると考えた。しかしながら、政府が今年6月に公表した河野洋平官房長官談話作成過程の検証結果でも明らかなように、今日の論議は後者に集中し、前者の検証に関わる論及がほとんどないことにいささか不満を覚える。

なるほど、今日のテレビや新聞の報道でも「従軍慰安婦」という表現はほとんどなく、単に「慰安婦」と称している。とはいえ宮沢喜一内閣から第2次安倍晋三内閣まで21年間にわたって歴代の政府が一貫して堅持し、いまだに撤回していない河野談話の冒頭は「いわゆる従軍慰安婦問題については…」という文言で始まっていることに拘(こだわ)りを禁じ得ないからだ。

この「従軍」を冠せられた言葉はほかにもいくつかある。よく知られているのは「従軍看護婦」である。「日本赤十字社条例」(明治43年)によれば、同社の看護婦は「陸海軍ノ戦時衛生勤務ヲ幇助(ほうじょ)」するのが任務であるとされていた。法令上の正式名称は「救護看護婦」であるが、身分は軍属(軍人でなく軍に所属する文官ないし文官待遇者)であり、日清戦争時の軍歌「婦人従軍歌」以来、社会的呼称として広く使われた。

次に紹介するのはこれも日清戦争で登場し、日露戦争で法制化された「従軍僧侶教師」である。陸軍は「僧侶教師従軍ニ関スル件」(明治37年)という通達を発して、師団長らが僧侶または教派神道の教師を戦地に伴行させることができるよう定めた。欧米各国の軍隊にあるチャプレン(軍隊専属の宗教家)に倣(なら)ったものである。

≪「似て非なるもの」と混同≫

もっともチャプレンは戦没者の慰霊業務に限られることなく、平時における日常的な宗教行事にも従事するが、わが国ではチャプレンのようなものは最後まで制度化されず、せいぜい戦地での葬儀や慰霊祭に奉仕するにとどまった。当初、神職はその対象とはされなかったが、昭和14年に至ってようやく「従軍神職」が正式に加えられた。また、海軍は原則として海上戦闘であるため、従軍僧侶などの制度はない。ただ陸上での葬儀において臨時に「神官又ハ僧侶ニ委託」するのみである。

もう一つ、「従軍記者」は西南戦争の戦況報道で名をあげた犬養毅がその先駆者の一人とされているが、法制化されたのは日露戦争である。陸軍は「陸軍従軍新聞記者心得」、海軍は「海軍従軍新聞通信者心得」(いずれも明治37年告示)を発して、軍属ではないけれども、軍の一定の規律に服すべきことが厳命されている。徳富蘇峰、田山花袋、国木田独歩らがよく知られている。

これとよく似た「従軍作家」という言葉が生まれたのは支那事変(日中戦争)の漢口攻略戦からで、尾崎士郎、丹羽文雄など22人が参加した。公文書では「従軍文芸家」とあり、待遇は軍属である。また、大東亜戦争が始まる直前に「陸海軍報道班員」として徴用(白紙召集)された人々には井伏鱒二、高見順、大宅壮一らの名が見える。

≪河野談話撤回強く求める≫

問題の「従軍慰安婦」については、平成4年から6年にかけて政府の外政審議室が公表した「軍慰安所従業婦等募集ニ関スル件」(昭和13年)などの関連文書があるが、法令上の名称は区々で定まったものはない。たとえば「慰安所従業婦」「慰安婦」「特殊慰安婦」「接客婦」等々で、「従軍慰安婦」という表現は皆無であり、当時の社会的呼称としても存在しなかった。その身分も慰安所経営者との間の私的な雇用契約に基づくものにすぎない。

以上、縷々(るる)述べてきたように、「従軍」は「従軍看護婦」などのように軍と公的な関係を持つ人々に関わる冠辞である。そのような実体を有しない人々を指す「従軍慰安婦」なる呼称は、戦後のある時期から使われ始めた通俗的な用語であるから、公文書で用いたり学術用語として使用したりすることなど極力避けるべきである。

「従軍」と冠せられたがゆえに「強制連行」という動詞に容易につながる結果を招来したとも考えられるから、河野談話そのものの撤回を強く求めるゆえんである。

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