「仁義なき国際社会、仁義ある広報外交」

画像の説明ダイヤモンド・プリンセス号を例に

管轄国イギリスもアメリカの船会社も頬被りし、ニューヨーク・タイムスは日本叩き。この仁義なき国際社会での戦い方は。

■1.善意の国が馬鹿を見る「仁義なき国際社会」

「我々は細菌培養皿の中にいる-コロナ・ウイルスはいかにクルーズ船を破壊したか?」と、おどろおどろしいタイトルで、その記事は始まっている。冒頭のリード文はこうだ。

日本が検疫を課すまで3日以上もかかった。この遅れと、その他の失策によって、中国以外での最大のウイルス感染が引き起こされた。

タイトルの背景の写真は、2月2日、日本への到着前夜のダンスパーティの様子だ。恐ろしいウィルスの存在を知らされずに、乗客たちがダンスに興じている。迫りくる破滅に気がつかずに最後の夜を楽しむ乗客たち。いかにもホラー映画の一場面だ。ニューヨーク・タイムズ(以下NYT)2月22日付けの記事である。

記事は長々と、日本の「失策」のために乗客と船員たちが「細菌培養皿」の中で危険に晒された「悲劇」を詳細に描いているが、根本の所の事実誤認があり、それが明らかになると、すべてが崩れてしまう内容となっている。

それはダイヤモンド・プリンセス号の船籍は英国であり、船上は英国領土と同様という事だ。

しかも、船はアメリカ企業によって運営されている。英国籍でアメリカ企業が運営する船舶に、日本政府が勝手に検疫を課す義務も権限もない。

日本政府は、この時期に限られた医療人員を割き、国内の対策をある程度、犠牲にしてまで検疫を行ったのだが、それがこのような悪罵を投げつけられ、本当の責任を持つイギリスは知らんぷりしている。

船内の安全管理の責任を持つ米企業も黙っている。善意の国がバカを見るこの不条理さは、仁義なき国際社会の実相を表している。

■2.コロナウィルス感染が報告されているのにダンスパーティ?

そもそも乗客の安全を守るのはクルーズ会社の責任だ。日本政府関係者からは、次のような声が出ていた。

今回は、感染が後に判明した香港住民の男性が香港で下船した1月25日前後から感染は拡大していたとみられており、「船籍国の英国や、米国の船会社がもっと早く集団が接触しないような措置を取るべきだった」(日本政府関係者)との声も上がっている

1月25日時点ではまだ感染が確認されていなかったとしても、2月1日には香港政府が下船した男性(80)から新型コロナウイルス感染症が確認されたと発表している。

それなのに、その翌日の晩にダンスパーティまで開催しているのは、船会社の安全管理上の意識がいかに低かったかを示している。一体、船長は何をしていたのか? 

ある記事では船長はこう書かれている。

軽快なイタリア語なまりの英語で、気の利いたジョークを織り交ぜつつ重要な健康情報を連日伝え、新型コロナウイルスの集団感染に不安を募らせる乗客たちを落ち着かせてきたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス(Diamond Princess)」のジェナーロ・アルマ(Gennaro Arma)船長に、称賛の声が上がっている。[AFP]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

乗客を落ち着かせる放送は良いとしても、クルーズ船ならコメディアンや俳優も乗っていようから、そういう人々に任せておけば良い仕事だ。船長の本務はあくまで安全な航海を実現する事である。その本務の失敗を棚上げして、アナウンスだけで称賛するとは、これまた見事に本筋の外れた記事である。

さらにこの記事は、日本政府の検疫で「不安を募らせている乗客」を支える船長、というひっくり返った構図を読者に与えている。不安をかくも増大させたのは、船長と船会社なのに。

■3.ダイヤモンド・プリンセス号の寄港は拒否もできた

船籍国であるイギリスはどうか? 国連海洋法条約では、公海上の船舶については「旗国主義」に基づき、船籍が登録されている国が排他的な管轄権を持つ。旗国主義とは国家の領土主権の効果が自国船舶・自国航空機内にも及ぶとするもので、ダイヤモンド・プリンセス号は、国際法上はイギリスの領土と見なされる。

冒頭に引用したNYTの記事は、「日本が検疫を課すまで、3日以上経ってしまった」というが、これは2月1日に香港政府が感染確認の発表をしてから、3日に横浜港に入港した後で隔離措置を開始した事を意味しているようだ。しかし、公海上では、日本政府は外国船舶を検疫をする責任も権限もない。

それどころか、日本政府はダイヤモンド・プリンセス号に対して、横浜への寄港を拒否する事もできた。やや遅れて2月1日に香港を出港したオランダ船籍のウエステルダム号は乗客38人の発熱や咳の症状が出て感染が疑われ、フィリピンで寄港拒否され、その後、日本、グアム、タイ、韓国でも同様に拒否された。

最終的にはカンボジアに入港し、乗客の米国人女性が下船してマレーシアに移動した後に、コロナウイルスに感染していたことを同国政府は公表している。

ダイヤモンド・プリンセス号の寄港も同様に拒否できたのだが、日本政府は敢えて受け入れて検疫を行った。ウエステルダム号の日本人乗客5名に対して、同船には千人を超える日本人乗客が乗っていた。イギリス政府もアメリカ船会社も手を出さない以上、これだけの国民を守るには、日本政府として検疫に乗り出すしかない、と判断したのだろう。

それは国民を守るという政府の責務を果たすためのやむを得ない処置であった。(本来なら、ウエステルダム号の5人の日本人乗客もヘリコプターなどで救出すべきだったのだが[橋下]。)

NYTの記者は、この点を伏せたまま、全責任を日本政府に押しつけている。

しかし、事実は英国籍なのだから、非難はそのまま英国に向かうべきなのだ。正しいリード文を書くなら、こうなるだろう。「3日以上も管轄国イギリスが黙りを決め込む中で感染は拡大し、やむなく日本政府は乗客を救うために検疫に乗り出した。」

■4.「元々責任はお前らじゃないの」

2月17日のBBC(英国放送協会)報道では、英国人乗客が「我々は忘れ去られていると感じている」と訴えたこともあって、英国政府の報道官は次のように発表した。

我々は非常に困難な状況に置かれた全ての人々に同情している。英外務省はダイヤモンド・プリンセス号上のすべての英国民とコンタクトしており、今後あり得る送還便に乗る意志があるかどうか、確認している。

この声明には、管轄国としての船全体を救おうという責任感はまるで感じられない。単に自国民が乗船している50カ国以上のうちの一カ国という態度である。こうした英国の態度に関して、麻生太郎財務大臣は次のような発言をしたと伝えられている。

G20での新型肺炎の話題について、麻生太郎財務大臣「船籍は英国、船長もイギリス人、イギリスは何一つ発言してない。元々責任はお前らじゃないのってお腹ん中で言うんですけど、一言も言わないのがこの世界の常識はこれなのかねと思いながら、日本はその対応に追われてる」

管轄国としての責任を負う事を恐れ、ひたすら黙りを決め込んで、舞台の袖に隠れる。これが「この世界の常識」なのである。

■5.アメリカも表舞台には立たず

頬被りはアメリカも同様だ。世界の感染症対策で最も権威のあると見なされているアメリカのCDC(疾病対策センター)は、日本政府の努力を称賛しつつも、次のような声明を出している。

ダイアモンド・プリンセス船上で検疫対策を遂行する日本政府の格別の努力を称賛する。その検疫は潜在的には伝染を遅らせて公衆衛生上、重要な貢献をしたが、船上の人から人への伝染を防ぐには十分ではなかった、というのがCDCの評価である。

さすがに専門機関だけに、NYTのようなセンセーショナルな悪罵は投げつけていないが、いかにも上から目線の、他人事のような口調である。

そもそもアメリカ企業の運営する船なのだから、日頃の防疫上の危機管理を自分たちがもっと監督すべきだったと反省するなり、日本政府のやり方に不備があるなら専門機関として具体的なアドバイスするのが筋だろう。

NHKの報道では、日本政府と米国との間で以下のようなやりとりがあったようだ。

日本政府が、当初、アメリカ人乗客の早期下船と帰国を提案したのに対し、アメリカ政府は日本側の対応に謝意を示したうえで、CDC=疾病対策センターなどと議論した結果、「乗客を下船させ、横田基地などに移動させれば、感染リスクが高まることが予想される。船は衛生管理がきちんと行われており、船内にとどめてほしい」と要請していた。[NHK]

何の事はない。船上で14日間留め置く案は、CDCの意向だったのだ。

結局、この要請をしたアメリカも表舞台には立たずに、日本だけがワンマンショーをさせられ、一身に非難を浴びたのである。しかも、「船内にとどめてほしい」と頼むときは「船は衛生管理がきちんと行われており」と持ち上げ、世界への発信では「不十分だった」とこきおろす。

こうして見ると、日本の善意の行動が、いかに「この世界の常識」から(良い方向に)外れたものだったかが分かる。イギリスもアメリカも頬被りして、危険で厄介な仕事を日本に押しつけた。国際社会とは、各国が自国の国益を守るために、時には仁義を無視して振る舞っている世界なのである。

■6.アメリカの「朝日新聞」

国際社会での国益追求のゲームに、中心的な役割を果たしているのが、冒頭に紹介したNYTのようなマスメディアである。この記事の執筆者を調べると、記事で船籍国を伏せているのは単純な無知からではなく、意図的な反日プロパガンダかも知れない、という疑いが湧いてくる。

記者の名は"Motoko Rich"。日本人の母親を持つアメリカ人のようだ。肩書きは同紙の東京支局長。

NYTの東京支局は朝日新聞社内にあるというから、それだけでも怪しげだ。朝日新聞が提供した反日ネタをNYTが記事にすれば、「アメリカでも批判の声があがっている」と巧みな手口が即座にできる体制になっている。

過去を調べてみると、このMotoko Rich氏は韓国人記者らと共同で、昨今の日韓の確執の原因が「強制労働と性奴隷」にある、などと書いている点からも、その事実を無視した強弁ぶりは明らかだ。

今回の記事で船籍国を明らかにしてしまえば、日本叩きの構図が崩壊してしまう。ちょうど職業的慰安婦であった事実が「性奴隷」キャンペーンをぶち壊してしまうように。国益をかけた「仁義なき戦い」は、主にこうしたプロパガンダ戦で行われる。

■7.仁義に基づいた広報外交は世界のためにもなる

プロパガンダの飛び交う仁義なき国際社会では、我が国の戦い方ももう一工夫する必要がある。アメリカから「船内にとどめてほしい」と依頼を受けた事実が後から明らかになったり、麻生副総理が「元々責任はお前らじゃないの」と後でこぼしても、もはや負け犬の遠吠えである。イギリスやアメリカの頬被りや、NYTの明らかな誤報記事の余地を与えないような戦い方が必要だ。

たとえば、日本が検疫をするのは良いとしても、それを始める前に、英米の大使を呼んで3カ国合同の記者会見を開く。その場で、英米両国の「依頼」に応えて日本が検疫に乗り出す、と発表する。これにより、日本は検疫を実施する義務も権限もないが、管轄国の英国と、船会社を持つアメリカの両国の依頼に応えて、「善意の協力」を行うという立場を国際的に明らかにする。

その上で、世界で最も権威のある米国CDCの「助言」に従って船内で14日間の隔離を行うが、乗客の引き取りを希望する国があれば船なりチャーター機を派遣して欲しい、乗客の移動に関しては日本政府が最大限の協力を行う、と表明する。

こうする事によって、同じ検疫をするにしても、日本の善意を世界に明らかにし、英米のみならず他国に対しても、道徳的な高みに立つことができる。船内に閉じ込められていた乗客の不平も、自国政府に向かう。NYTのような事実に悖る批判記事も出る余地はなくなる。

この案は一例に過ぎないが、仁義なき国際社会で国の名誉と国益を守っていくには、このように日本の仁義を世界に見えるようにする「広報外交」が欠かせない。この意味では、平成27(2015)年の日韓慰安婦合意で、両国外相が握手する姿がテレビ放映されたのは良い前例である。このシーンによって、以後の韓国側の合意蒸し返しの試みが説得力を欠いたものとなった。

広報外交としては韓国の「強制労働と性奴隷」などの反日キャンペーンが大先輩だが、虚偽を振りまく「広報外交」と、仁義に基づく「広報外交」は本質的に異なる点に留意しなければならない。

嘘に基づいた広報外交は、いつか嘘がばれて国際社会での信頼を失ってしまう。仁義に基づいた広報外交は誠実な実行を伴うだけに、心ある人々、国々を味方につけ、さらに諸国民を啓蒙する効果もある。

すなわち、仁義ある広報外交は日本のためだけでなく、世界のためにもなるのである。これこそが「和の国」の目指すべき外交であろう。

                                       

(文責 伊勢雅臣)

コメント


認証コード7478

コメントは管理者の承認後に表示されます。