「国際交渉人が説く。ロシアが北朝鮮を生かしておきたい本当の理由」

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アメリカのポンペオ国務長官がロシアを訪問。ラブロフ外務大臣及びプーチン大統領と会談しました。ここのところ隔たりが目立った米ロ関係に修復の兆しが見られるようです。メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者で、数々の国際舞台で交渉人を務めた島田久仁彦さんは、陰での北朝鮮支援や中東進出のためのイラン支持など、ロシアの巧妙な外交戦略について解説。北方領土についてもまったく返す気はないと結論づけています。

高まるロシアの外交的存在感

今週はさまざまなところで『ロシアにまつわる外交案件』が話題になりました。その代表は、ポンペオ国務長官のロシア訪問と米ロ間での外交的なやり取りでしょう。 ヘルシンキで会ったばかりのラブロフ外務大臣と、数日開けてロシア・ソチで会談し、ソチではプーチン大統領もポンペオ国務長官と1時間半にわたる会談を行いました。

米ロが間接的に国際情勢において対峙する案件(イラン問題、ベネズエラ問題など)では、両国の意見の隔たりが目立ったようですが、米ロ双方共に、関係の修復を図っている印象があります。

そのきっかけは、アメリカ国内では政争の具にされていますが、トランプ大統領をめぐるロシア疑惑について、法的にはシロに近い判定が出たことで、両国とも関係の修復と、様々な国際問題における協力を再開する動きに出てきています。

もともとトランプ大統領就任時は、イラン問題も北朝鮮の非核化といった問題でも協力し合う旨、確認していましたし、互いにとっての懸念材料である中国の台頭についても、共闘体制が取られるはずでしたから、約2年の時を経て、トランプ政権スタート時の状態まで戻す方向にベクトルが向いているような感じです。

ゆえに、米ロ間の衝突については、近いうちに修復されるものと考えられます。 次にロシアの影響力が高まってきたように思えるのが、北朝鮮問題です。先日、ウラジオストックでやっと開催された金正恩氏との首脳会談を機に、ロシアは北朝鮮をめぐる様々な問題の解決のための駆け引きの舞台に主役級で登場することになりました。

裏には、中国・習近平氏とプーチン大統領の間のパワーバランスを天秤にかけようとしている北朝鮮の思惑があるのですが、実際にここで主導権を握っているのは、プーチン大統領でしょう。

当初、首脳会談がウラジオストックで開催される運びになったのは、ロシアおよび北朝鮮の経済的な思惑が一致してのことと考えていました。ロシアにとっては、プーチン大統領の経済政策の核として、シベリア・ロシアの開発の深化があり、慢性的な人手不足が問題となっていたため、ここで北朝鮮と何らかの関係を構築することで、北朝鮮からの労働者を投入して、プロジェクトの進展を図ろうという狙いがあると聞かされていました。

ロシアが北朝鮮を支援する理由

逆に北朝鮮については、国連安全保障理事会の制裁に直面して、公式には外貨の獲得手段を失い、経済は破たん寸前となっているわけですから、ロシアからの外貨流入は生き残りのための絶対条件とされていました(問題は、国連安全保障理事会の制裁ゆえに、両国としては、それを公言はできないという点でしょうか)。

しかし、実際には(公には)、プーチン大統領は金正恩氏に対して、アメリカと同じようなトーンでCVIDを求めたため、金正恩氏が予定を早めて帰国するという結果になったとされています。

金正恩氏にとっては、2月のハノイでの会談時同様、何の成果もないまま、平壌に帰った上に、習近平氏の代わりにプーチン大統領からの後ろ盾を得ようと目論んでいたのが、見事に肩透かしを食らったと言えます。表向きには、北朝鮮はもう八方ふさがりで、崩壊は秒読みというように見えますが、実際にはどうでしょうか。

瀬どり行為、そして安保理決議違反については、すでに韓国の罪が認識されていますが、ロシアは恐らく韓国よりは巧妙に北朝鮮に対して支援を行っており、実質的に北朝鮮経済の存続に関するcasting voteを握っているとされています。

なぜロシアは(そしておそらく中国も)北朝鮮を生かしておきたいのか。それも核武装した形で。それは、北緯38度線による【対米陣営防御線】を死守しておきたいからでしょう。

核武装した北朝鮮は鬱陶しい存在であると同時に、強ければ強いほど、ロシアにとっては、アメリカや日本に対する緩衝国としての利用価値があります。仮にアメリカが北朝鮮の攻撃に踏み込んでも、難民問題を除けば、ロシアにはほとんど負の影響は及びませんし、仮に北朝鮮の存在が無くなったとしても、それまでのプロセスで韓国などの周辺国にも多大な被害が出ているでしょうから、この地域でのロシア(中国)のプレゼンスは、さほど苦労せずとも向上します。

それを理解しての“働きかけ”を現在、活発化しているようです。これに対して、日本も韓国も、特段有効な対抗策は打てていません。

ロシアのためにのみ動くロシア

他の地域ではどうでしょうか?例えば、ベネズエラの未来を占うcasting voteは米ロがそれぞれに握っていますが、恐らく、ここでは実際のstakeは低いものと思われます。

表面的に見ると、1960年代のキューバ危機さながらの雰囲気がクローズアップされ、外交メディアは“はしゃいで”いるように見えますが、モスクワでの対応を見ていると、とても本気で対峙するつもりはなさそうです。

ベネズエラ問題は、あくまでも対アメリカの“有効なコマ”であり、アメリカとの関係が改善したら、恐らく迅速に切りにかかるでしょう。あくまでも、対米外交において挙げられる争点の一つに過ぎません。

では、私も再三お話しているイラン問題へのロシアの対応はどうでしょうか。トルコと共にイランの後ろ盾として、トランプ政権によるイラン攻撃に対抗していますが、その理由は、『欧米に後れを取った中東進出の強い足掛かりとして』イランを味方に付けようと考えての一連の動きだと考えられます。

表面的には、アメリカによる一方的な言いがかりに対抗するイランへの肩入れと見せていますが、実際には、ロシアにとってさほどの案件でもありません。シリアも同じでしょう。ただ、プーチン大統領をリーダーたちが慕ってくれるので、外交的なコマとしてイランも扱っているように見えます。

中距離弾道ミサイルのコントロール・削減を謳ったINFからの離脱はどうでしょうか。射程距離500キロから5500キロメートルという、非常に幅広いrangeをカバーするミサイルで、先端に核弾頭を装着できるものですので、米ロ間の合意の破たんはさぞかし痛手かと思われましたが、実際にはアメリカが持ち出した中国の軍拡への脅威への共感から、表向きはアメリカの姿勢を批判しつつも、実際には“協力して”中国を巻き込んだ枠組みを作ろうと画策しています。

ですので、こちらも国際情勢において、クリミア問題への対応などで失点を重ねたとされるロシアの外交力の回復に寄与する材料となっており、非常にロシアは戦略的に動いていると思います。
返すつもりのない北方領土

最後に、日本も当事者である北方領土問題はどうでしょうか。プーチン大統領としては、四面楚歌だった外交舞台において、日本をつなぎ留めておくための好材料であり、安倍総理にも前向きと捉えられる発言を行いましたが、実際には日本からの外交的、経済的な支援をつなぎ留めておくための駒として使われた感じがします。

ウラジオストックやハバロフスクの知事を使って「北方領土問題への対応」を批判させたり、モスクワをはじめとする大都市で『クリル諸島は渡さない』としたデモを起こさせたりしつつ、プーチン大統領自らは一切ネガティブなことは発言せず、ラブロフ外務大臣を急先鋒に仕立てて、日本への揺さぶりをかけています。

対日関係というよりは、北方領土問題は今や(そしてソ連時代から)、あくまでも対米戦略における重要拠点としてロシア外交および安全保障政策の柱に据えられています。

対日交渉においては『歯舞群島と色丹島の2島返還』を“解決策”として提示していますが、すでにロシア人の住民もいますし、モスクワなどから移住する者には給料を10倍にして、すべてのインフラを提供する、という究極のインセンティブを提示して、ロシア人の移住を進めています。今後は空港も新設され、光ファイバー網も整備されるなど、どう考えても返すつもりはないものと思われます。

本心を表明しているとすれば、『北方領土4島(クリル諸島)を“仮に”日本に返還する場合、アメリカ軍の基地を設置しないことの確約が必要』とするポジションでしょう。

残念ながら、これを日本に対して要請しても、アメリカ政府にとっては、一応、日本政府には諮ることになっていますが、実際にはアメリカの安全保障上の戦略から必要と認めれば、基地の設置を止めることはできません。それをロシアも知っているからこそ、無理難題を押し付けています。

完全にロシア外交の思うつぼと思われます。非常に悔しい限りですが。

G8からも疎外され、欧米からロシアへの風当たりは強いですが、国内での“神通力”が低下しているとさえ言われるプーチン大統領が操るロシア外交は、確実に回復し、強化されているように思います。

私が国連の紛争調停官として様々な案件に携わる際、ロシア政府とはいろいろと折衝を行いました。その際に、先輩方から教えられたのは、『ロシア外交というのは、シロクマのようなもの。正面で対している限りは、とても愛想がよく、かわいいところもあるように思うが、背を向けた瞬間に、牙と爪で一気に襲いに来る。絶対に背を向けてはいけない。どのように動くのか、注意深く、見ておかないと痛い目に遭うよ』と。

今後、そのロシアがどのような外交的なゲームを仕掛け、国際情勢に変化をもたらすのか。懸念とともに、とても関心を持って追いかけたいと思います。

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