「やつは国の裏切り者だ」

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危ういプーチン政権「やつは国の裏切り者だ」 (ルポ迫真)

「米国のワシはオリーブを食べつくしたのか」。10月23日、ロシア大統領ウラジーミル・プーチン(66)は米国と旧ソ連が結んだ中距離核戦力(INF)廃棄条約の破棄を通告するためモスクワを訪れた米大統領補佐官ジョン・ボルトン(69)に問いかけた。米国の国章でオリーブはワシが右足に握る平和の象徴。「オリーブは持ってこなかった」とボルトンが切り返すと「思った通りだ」と笑い声を上げた。

米大統領ドナルド・トランプ(72)は10月20日、冷戦後の核軍縮も支えた同条約をロシアの違反を理由に破棄すると表明、世界に衝撃を与えた。

それでも会談は異様なほど和やかな雰囲気で進む。プーチンは11月に首脳会談を開いて協議しようと提案。ボルトンはすかさず「トランプも楽しみにしている」と応じた。

パリで11日に予定する第1次世界大戦終結100年行事でトランプと接触し、首脳会談を定例化する――。ロシア政府は9月からこんなシナリオを模索していた。問題はトランプの対ロ融和姿勢に批判的な米世論を納得させる材料だった。

米国ではトランプとロシアの不透明な関係を巡る疑惑の捜査が続く。7月にヘルシンキで開かれた前回会談では2016年の米大統領選への介入を否定したプーチンにトランプが同調し、世論の集中砲火を浴びた。プーチンに一貫して甘いトランプの言動が疑惑を深め、首脳会談もおいそれと開けない状態だった。

INF問題が潮目を変えた。「核条約を修復するためにプーチンと交渉せよ」。軍拡競争再燃の危機も意識されるなか、ロシア批判の急先鋒(せんぽう)、米紙ワシントン・ポストですら社説で首脳間の協議を促した。

ボルトンは10月26日、国内反応を確かめるのを待ったかのように明かした。「プーチンを来年ワシントンに招待した」

プーチンはかねて核軍縮を米ロ対話の呼び水にしようとしてきた。ロシア政府は10月28日、「戦略的安定に関する新たな条約」の協議を提案した。「やはりプーチンとトランプの間には何かある」。そんな臆測を呼ぶほどプーチンの思惑通りに事が進みつつある。

「シュレーダリゼーション」。欧州外交官の間ではこんな言葉が飛び交う。欧米の制裁対象であるロシア国営石油会社ロスネフチ会長に就任したドイツ前首相ゲアハルト・シュレーダー(74)を引き合いに、各国の有力者がロシアに取り込まれる様を指す。

急速に親ロに傾くオーストリア。与党・国民党の元首相と前財務相はそれぞれロシア大手企業の役員と顧問に就任した。欧州連合(EU)の対ロ制裁の解除を主張するチェコ大統領ミロス・ゼマン(74)の顧問はロシア石油大手の元幹部だ。ロシア主要企業の役員には20人近い欧米の政財界人が名を連ねる。

「対欧米でサイバー攻撃や情報工作を仕掛けてきたロシアは現在、各国で政治家らの取り込みに注力している」。欧州の情報機関当局者が9月、重い口を開いた。ウクライナ侵攻を巡る制裁の解除、19年の欧州議会選もにらんでいるという。「情報機関が協調してロシアの工作を暴き、抑止すべき段階に来ている」。秘密主義で知られる情報機関も声を上げ始めた。

英当局は9月、英南部ソールズベリーで3月に起きたロシア人元スパイ・セルゲイ・スクリパリ(67)の毒殺未遂事件をロシア軍の情報機関(GRU)の犯行と断定し、容疑者2人を公表した。続いて米英、オランダの当局は10月、一斉に毒殺未遂やロシアの組織的なドーピングを調査する国際機関を狙ったサイバー攻撃の実態を公開した。

これが効くかどうか。プーチンはスクリパリを襲った容疑者2人について「民間人だ」「犯罪的なことは何もない」と反論した。その翌日、ロシア国営テレビに出演した2人は仕事はフィットネス関連で、たまたま事件当日に現地を観光で訪れただけだと主張した。

2人の身元はほどなく英調査報道機関により暴かれた。プーチンに最高位の勲章を授与されたGRU大佐とGRU所属の軍医だった。

「(メディアは)スクリパリをまるで人権活動家のように扱っている」。GRU関与が濃厚になるとプーチンは開き直るようにうそぶいた。「やつは(国を裏切った)くそ野郎だ」。

プーチンが手を緩める兆しはない。(敬称略)

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