「保育ビジネス」

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早くも「保育園余り」時代 民間企業が競争を主導
「保育ビジネス」大競争へ

利用者数なら70万人、市場規模では1兆円を超えるプラス──。政府の強力な後押しを受け、短期間に急成長している「産業」が保育だ。推進役となるのは企業による参入。保育は、どう変わるのか。

セブン&アイ・ホールディングスやビックカメラ、J.フロントリテイリング、ゼンショーホールディングス、東京急行電鉄──。これら名だたる大企業に共通するのは、過去3年の間に保育園事業に参入している点。

いまのところ社員の保育需要に応える目的の企業が多いが、待機児童の解消という社会ニーズの大きさを映している。今後も本格参入が増えそうだ。
 
「保育園落ちた日本死ね!!!」。2016年初頭に注目をあびた匿名ブログの言葉が象徴するように、保育園不足の問題は、日本社会の重要課題としてスポットライトを浴びている。将来への不安から、少しでも家計を助けようと働く女性が増加。政府は13〜17年度に「待機児童解消加速化プラン」を実行、18年度以降も「子育て安心プラン」を計画。保育の拡充に向けて、兆円単位の予算を計上している。

こうした施策の結果、みずほ銀行によると、全国の保育園の利用児童数は
20年までの約10年で70万人増加するという計算になる。

自治体が拠出する公費と利用者の負担額をあわせた園児1人当たりの保育費用をおよそ月12万円と推計し、これを前提に試算すると、10年間で1兆円を超える“新市場”が、保育サービスの分野に生まれていることになる。
10年間で10倍近く増加

●株式会社が設置した保育園数の累計

保育園は長らく、市区町村や社会福祉法人によって運営されてきた。00年には株式会社による設置・運営が解禁されたが、事業体によって補助金交付額に差があることなどが障壁となり、参入は進んでこなかった。

制度が改正され、ようやく名実ともに参入への道が開かれたのは15年。厚生労働省によると、株式会社が設置した保育園は16年4月に全国で1236園。08年に比べて8倍以上に増えている。
 
女性の社会進出が加速していることで、量の不足ばかりが叫ばれる保育業界。だが0〜5歳を“主要顧客”とする保育園は、人口減少と少子化の影響を真っ先に受けるため、保育園が余る時代は案外早く訪れる。
「量」の整備は着実に進んでいる

●0〜5歳人口と、保育園利用児童数の推移

保育園も選別される

みずほ銀行証券部・利穂えみり氏の推計では、政府が掲げる目標の通りに保育園を拡充すると、20年における保育の受け皿の供給量(現在の利用児童数+今後の拡充分)は282万人に達する。

一方、女性の就業人口や出産後も仕事を続ける女性の増加を考慮した保育需要は約280万人と推計され、「拡充される供給量でおおむね吸収できる水準となる」(利穂氏)。
 
すでに地方によっては保育園は十分に足りている。厚労省の調査によると、17年4月1日時点の待機児童数は2万6081人に上るが、そのうち72.1%を占めるのが首都圏、近畿圏の7都府県と指定都市・中核市だった。

一方、北陸3県や青森県、長野県など、人口が減少する地方では、待機児童数がゼロの地域もある。

「保育士の実力を底上げ」

東京都は今年3月、都内の総人口が25年にピークを迎え、その後は減少に転じるとする予測を公表した。都市部であっても、いずれ保育園過剰の時代が訪れるのは間違いない。
 
「保育園全入時代」が意味するのは、保育園が淘汰される時代の始まりだ。保育サービスはこれまで企業の参入が限られてきた。これから本格的な競争が始まれば、経営力のある企業にとっては存在価値を高めるチャンスだ。
 
現状では、自治体が保護者の就労状況などを点数化し、入園希望者が定員を上回った場合は保育の必要性が高い家庭を優先して入園許可を下す。だが十分な数の保育園が整備されれば、利用者が保育園を見て選べるようになる。企業の創意工夫で、保育園の魅力を高めれば、それだけ園児が集まり「リターン」を確実に得られる。
 
「新規開設や諸制度の改善などにスピード感をもって取り組めるのは株式会社の強み。事業を広域で展開しているから、保育士が各所でキャリアを積めるメリットもある」。「にじいろ保育園」のブランドで88カ所の保育園を展開するライクアカデミーの佐々木雄一社長は話す。
保育士の実力を底上げ
 
現状、保育園の課題は、保育士の体系的な教育に乏しく、大部分が現場任せになっていることだ。そこに企業が違いを出せるチャンスがある。保育園の競争が激しくなれば、子どもと日々接する保育士が「プロフェッショナル」としてのスキルを持っているかどうかが、最も大切な要素として問われることになる。ここで「マニュアル」による標準化された教育ノウハウを持つ企業が、強みを発揮できるのだ。
 
長らく規模の小さな社会福祉法人などを主体に運営が続けられてきた保育園の実情は、これとは対照的だ。

キャリアの進捗に応じた研修は少ない

厚労省が自治体や保育団体などを対象に実施した調査によると「初任者向け」「管理職向け」など保育士のキャリアの進捗に応じた研修を実施しているのは、全体の2割ほど。調査方法が異なるため単純比較はできないが、リクルートマネジメントソリューションズの調査では、一般企業は6割以上が管理職までの階層別研修を実施している。保育業界で、働き手一人ひとりへのケアが不足しているのは明らかだ。
 
「社会福祉法人が運営する保育園では、組織マネジメントの考え方や保育士の教育方針は理事長や園長のポリシーによるところが大きく、決して成熟しているとはいえない」。ある保育関係者はこう明かす。
 
東京都福祉保健局が14年3月に行った保育士の実態調査でも、新人保育士から「学生時代に描いてきた理想と現場とのギャップに悩んでいる」「先輩保育士が少ない。相談相手がおらず不安」といった声が多く寄せられている。
 
そんな保育士の教育で新たな取り組みをしているのが、都内を中心に14の保育園を運営するソラストだ。医療事務受託事業や介護などを展開してきた企業で、02年に保育園に参入した。培ってきた社員教育のノウハウを、保育事業にも生かしている。
 
園児たちが保育園に通う0〜5歳は、身体や学習能力、性格などの基礎形成に重要とされる時期にあたる。保育の質を高めるためには保育士たちができるだけ多くの時間を子どもとのコミュニケーションに割くのが望ましい。

保護者との連絡や保育士の勤怠管理など、保育園の円滑な運営のためには欠かせない義務だ。しかしそれ自体が子どもの育成にプラスになるわけではなく、改善の余地は大きい。

保育の現場が抱える様々な課題に応える
●保育事業者の取り組みや保育園向けのサービス
ITで事務作業を効率化

ハグモー
親と保育園をつなぐクラウド連絡帳サービス「ハグノート」を提供
ネクストビート
保育士の出退勤管理や延長保育料金の計算などをタブレット端末で行える「キズナコネクト」を提供
ユニファ
園児の衣服に小型センサーを取り付け、昼寝中の寝相を自動的に記録するシステム「るくみー午睡チェック」を提供
保育のノウハウを共有
キッズカラー
保育園での遊びのアイデアを約8000種類掲載した無料サイト「ほいくる」を運営。全国の保育士の8割が利用
園長のマネジメントを支援
ソラスト
本社の保育部門責任者が各園を訪問し保育士や栄養士などの全スタッフとミーティングを行う
ライクアカデミー
エリアごとのスーパーバイザーが定期的に各園を個別訪問しヒアリングを行う
リクルートマーケティングパートナーズ
保育士のやりがいや悩みを分析し職場環境の改善に役立てるサービス「キッズリー保育者ケア」を提供

ソフトバンクグループのハグモー(東京・港)が提供するクラウド連絡帳サービス「ハグノート」は、保護者と保育園の連絡を円滑にする。従来は印刷物を手渡ししていた連絡事項などを、デジタル化。出欠や迎え予定の変更をアプリ上で送受信し、受け取った情報の一元管理も可能だ。

「先生たちの負担が軽くなり、余裕ができた分が保育の質向上につながるのなら、ICTの活用は大歓迎」と、都内の保育園に1歳の息子を通わせる女性(29)は話す。17年、民間の大手保育事業者がいち早く導入を決め、業界内で注目が高まった。
 
経営管理にたける民間企業が積極的に新しいシステムを取り入れれば、導入の機運は比較的規模の小さい保育事業主にも広がる。

昼寝のあいだも、園児を見守るかたわら連絡帳への記入を進めるなど、保育士の業務は多数ある(北柏駅前保育園わらび)
 
上の写真は、千葉県柏市にある「北柏駅前保育園わらび」の昼寝の時間の様子だ。同園は13年設立のベンチャー企業、ユニファ(東京・台東)が提供するシステム「るくみー午睡チェック」を導入している。園児の衣服に小型のセンサーを取り付けると、死亡事故のリスクがあるうつぶせ寝を検知しアラームで保育士に知らせる。
 
戸巻聖・統括施設長はこう話す。「需要が供給を上回っているうちは、どんな保育園であっても園児が集まる。だが、じきに利用者側が園を選ぶ時代になる。利用者が自分の子どもを預けたくなる安全な園づくりに励むのは、保育事業者として当然のこと」

「ブランド化で埋没防げ」

園児たちが保育園に通う0〜5歳は、身体や学習能力、性格などの基礎形成に重要とされる時期にあたる。保育の質を高めるためには保育士たちができるだけ多くの時間を子どもとのコミュニケーションに割くのが望ましい。上の図に示したように、保護者との連絡や保育士の勤怠管理など、保育園の円滑な運営のためには欠かせない義務だ。しかしそれ自体が子どもの育成にプラスになるわけではなく、改善の余地は大きい。
保育の現場が抱える様々な課題に応える

ブランド化で埋没防げ

保育園経営においても、本格的な競争が始まれば、「ブランディング」が重要になる。保育園の量の拡充により“コモディティー化”が進む中で埋没しないためには、独自性のあるサービスを打ち出すなどして付加価値を高めることが不可欠だ。企業の経営力で差が出てくる取り組みと言えるだろう。

5月下旬の土曜日の昼下がり、若者や家族連れでにぎわう代々木公園(東京・渋谷)。JR原宿駅近くの入り口を抜けると、奥に広がる芝生とともに、別荘地の高級旅館を思わせるしゃれた建物が目に飛び込んでくる。2010年設立のベンチャー企業、ナチュラルスマイルジャパン(東京・練馬)が運営する「まちのこども園代々木公園」だ。
 
松本理寿輝代表は大学卒業後、大手広告代理店勤務、不動産関連ベンチャーの立ち上げをへて、かねての夢だった「町ぐるみの保育園」を立ち上げるべく創業した。現在までに都内に開園している保育園と認定こども園の計5施設は、ギャラリーやカフェなど地域との接点となる場を備えている。
 
センスあふれる建物のデザインは「子どもたちの保育の質を第一に考えたもの」(松本代表)。まちのこども園代々木公園では保育室の内装に国産のヒノキを使うほか、大きな窓からは公園の芝生の緑を望める。
 
もちろん、その背景にあるのは徹底したコスト管理意識だ。木材など建築部材の仕入れを業者と直接交渉したり、1枚の大きなガラスを使用するのではなく、小さなガラス窓を格子状に組んだりすることで、建設にかかる費用を抑えている。「限られた費用の中でも、工夫次第で質を上げる余地は大いにある」(松本代表)

5月下旬、まちのこども園代々木公園で開かれたシンポジウム。普段は園児たちが昼ごはんを食べている2階に、保育園や教育関係者延べ350人が集まった。座っているのは園児向けの椅子
 
保育の産学連携にも挑む。この日、まちのこども園代々木公園の2階では、100人を超える保育や建築業界関係者が園児用の小さないすに座り、イタリアから来日した幼児教育の専門家の講演に聞き入っていた。

東京大学大学院と共同研究したり、保育や幼児教育に関わる専門家を対象とした研修や企画展示も開く。「保育士が学びを深める拠点とするとともに、プロとしての保育士の取り組みを社会に認知してもらうきっかけになれば」と松本代表は語る。
 
量の確保は進みつつも、長期的に見れば課題も明らかになってきた保育産業。“サービス産業”としてのレベルが上がらなければ、次世代を担う子どもたちの育成に響くだけでなく、女性の社会進出をいっそう加速させるうえでもマイナスになるだろう。
 
淘汰の時代に選ばれる保育園に求められるのは、従業員のロイヤルティーを高めながら、顧客視点に立ってサービスの質を向上させ、独自性を追求していくという姿勢だ。

一般企業にとっては当たり前のこのセオリーが、保育産業を目覚ましく変える可能性を秘めている。保育園は、新規参入によって付加価値を出しやすい「フロンティア」と言える。

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