「トランプ」

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トランプは北朝鮮の核放棄など本気で考えていない

手嶋龍一(外交ジャーナリスト)

先のアメリカ大統領選挙でトランプ陣営の選挙対策本部長を務めたポール・マナフォート氏が10月30日、一連のロシア疑惑で起訴された。トランプ大統領への包囲網がまた一つ狭まってきた。

アメリカ紙「ウォールストリート・ジャーナル」の世論調査によれば、トランプ大統領の支持率がついに最低の38%にまで落ち込んでしまった。このような苦境に立っているのは、政権内の情報機関が自分に不利な情報を捜査当局やメディアにリークしているからだ―。

トランプ大統領はこう考えて情報機関への不信感を募らせている。

歴代のアメリカ大統領は、毎朝、CIA(中央情報局)をはじめとする情報機関からえりすぐられた「インテリジェンス」のブリーフィングを受けてきた。だが、トランプ大統領は、PDBと呼ばれる情報機関の報告を重んじようとしなかった。それだけ、情報機関との関係が冷めたものとなり、不信感が募っているのだろう。

だが、日本の総選挙に関する情勢報告に限っては、トランプ大統領はことのほか強い関心を示し、熱心に耳を傾けたという。親密な関係にある安倍晋三首相が総選挙で勝利し、引き続き政権を担うのか。11月上旬に日本をはじめとする東アジア歴訪を控えていただけに、選挙結果がよほど気掛かりだったらしい。

 
日本の総選挙の結果は、「東京発」の米情報機関の予測通り、安倍政権が圧勝した。彼らの報告は「安倍自民党が、北朝鮮の核・ミサイル危機を訴え、国難突破を有権者にアピールしたことが功を奏している」と分析した。

確かに自民党は「国際社会の圧力強化を主導し、北朝鮮に核・ミサイル開発の完全な放棄を迫る」と訴えた。

これに対して立憲民主党は「北朝鮮を対話のテーブルに着かせるため、国際社会と連携して圧力を強める」と、あくまで対話の実現に力点を置いていた。

実は自民党が掲げる「圧力」とは、同盟国アメリカが究極の局面では先制攻撃に踏み切るかもしれないことを暗黙の前提にしている。

国連決議や経済制裁を専ら想定して、「圧力」を強めるとする立憲民主党の主張とは、その内実が大きく異なっている。

外科手術的空爆やサイバー攻撃を含めた「あらゆる選択肢」を用意しておくことが北朝鮮に核・ミサイルを放棄させるために欠かせないと安倍政権は考えている。

だが、トランプ政権がひとたび先制攻撃に踏み切れば、北朝鮮が大がかりな反撃に打って出て、日本や韓国に甚大な被害が出る懸念がある。

トランプ大統領と軍人出身の政権幹部が先制攻撃の可能性をどこまで真剣に検討しているのか。朝鮮半島の有事を見据えて、6日に東京で行われる安倍・トランプ会談はいつになく重要なものとなる。

トランプ大統領はどのような思想をよりどころに対東アジア戦略の舵を定めていくのか。それは「アメリカ・ファースト」主義に他ならない。アメリカの国益をすべてに優先させ、自らの強固な支持基盤である貧しい白人層の利益を守り抜いていく。

それゆえ、「アメリカ・ファースト」主義を掲げる政権のイデオローグ、スティーブン・バノン前首席戦略官は「対中経済戦争こそ最優先課題であり、北のことなど座興にすぎない」と言い切ったのである。

北朝鮮が北米大陸に届くICBM(大陸間弾道ミサイル)の開発・実験さえ凍結することを約束すればいい―。「アメリカ・ファースト」の思想は、対北政策にも顔をのぞかせるかもしれない。そうなれば、日本だけが北の中距離ミサイルの射程に収まって取り残されてしまう。

安倍首相は、6日の日米首脳会談で、かかる事態だけは何としても避けなければならない。

緊密な同盟国同士であっても、それぞれの利害がぴたりと一致することなどありえない。それだけに日本側は、対トランプ会談で機先を制し、攻勢に出るべきだろう。

アメリカ政府は、2008年に北朝鮮を「テロ支援国家」のリストから外してしまった。「テロ支援国家」のくびきを解かれた金正恩政権は、クアラルンプールで金正男氏暗殺に手を染め、イランとひそかに新鋭ミサイルを共同開発し、ヒズボラとハマスに武器を売却している。

指定解除がいかなる結果をもたらしたか、その誤りを米側にはっきりと伝えるべきだろう。

2017年9月、ニューヨークでトランプ大統領の発言に対する北朝鮮の立場を表明する李容浩外相

いまや北朝鮮は、6千人規模のサイバー戦士を擁して、サイバー攻撃能力を急速に高めている。

それを裏付けるように、バングラデシュの中央銀行にサイバー攻撃を仕掛け、8000万ドルを奪っている。マシンガンを持った覆面の銀行強盗などいまや過去の風景になりつつある。

こうした事態が繰り返されれば、国連安保理の制裁決議や米中の独自制裁も効力を減じてしまう。北朝鮮は核・ミサイルの開発資金をさらにサイバー空間から調達することになるだろう。

安倍首相は、あらゆる機会を捉えてトランプ大統領にひざ詰めで談判し、北朝鮮を「テロ支援国家」に再指定させ、サイバー攻撃へ備えを日米連携で一層強化するべきだ。

アメリカのトランプ政権は、東アジアの戦略地図を根底から塗り替え、ソウルと東京を火の海にしかねない先制攻撃より前に、多くのなすべきことがあることを真摯(しんし)に説いてもらいたい。

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