「生き地獄」2

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当時、看守の任にあった安さんは次のように証言する。

「収容者は戸籍を剥奪され、社会から除外され、処刑には法律は不要で、担当官(看守)が生死を決めていた。担当官の決定がすべてだった。
人間として扱われておらず、釈放などあり得なかった。記録は永久に消去された。過酷労働で死ぬことになっていた。私たち(看守)は収容者を敵と考えるように訓練されていた。私たちは彼ら(収容者)を人間として見なかった」

収容者が死亡した場合は、死者への尊厳なども全くない。外部の家族らに死亡通知を出すこともなく、遺体を返すこともない。指定の墓地もなく、周囲の山や丘を「遺体捨て場」のように使っているという。そこはトウモロコシ畑にも使われているようであり、報告書の中には脱北者の次のような証言もある。

「ブルドーザーが地面を掘ると、人の死体が最後の安息地から再び現れてきた。腕や脚、ストッキングをはいたままのものもある。それがブルドーザーの波に飲み込まれていった。私は恐怖を感じた。友人の1人は嘔吐していた。看守は穴を掘り、数名の収容者に表面に出ている死体や体の一部を投げ入れるよう命じた」

収容所当局が「遺体捨て場」を無造作に耕し作物を植えているという、何ともやり切れない光景が目に浮かぶ。

子どもの4割が栄養失調
強制労働へ追い立てられて

2つ目は、子どもが受けている人権侵害の残酷さである。国際人権NGOのヒューマン・ライツ・ウォッチと韓国の国際NGO連合(ICNK)らの調べによると、北朝鮮政府は70年前に児童労働を廃止したと主張しているが、それは真っ赤な嘘で、むしろ制度化されて根付いているという。

労働党をはじめ、教育省など政府関係機関は、全国の大学や児童参加組織との協力で、子どもたちに国家のための強制労働を義務づけている。農作業から建設作業現場での手伝い、資材の収集などを義務づけ、学校が回収品を売りさばき、ノルマを果たせない場合は現金でのペナルティを科すなど、言語道断である。

労働党が統轄する純軍事組織の強制労働旅団への参加、入団を義務化している過酷な人権侵害も無視できない。16~17歳で義務教育が終了した子どもたちに同旅団への参加を強制し、主に公共インフラ建設プロジェクトへの無給の長時間労働を強要、拘束期間は最長で10年に及ぶ。特に「出身成分」が低く、貧しい家庭の子どもたちを狙い撃ちにして、がんじがらめに縛っている。

ウラン廃水が頭上にドロリ、核施設の作業現場は命がけ

出身成分とは、主に労働党への忠誠心を基準に国民を差別化する身分制度で、ICNKのクォン・ウンギォン事務局長は「同旅団への入団を余儀なくされた子どもたちは劣悪な状況下で暮らしており、退団の自由もない。

このような奴隷制度は直ちに廃止する一方、責任者はその罪を問われて然るべきである」と厳しく指摘している。なお、国連の下部組織であるWFP(世界食糧計画)によると、北朝鮮の子どもたちのうち、「42%が慢性的な栄養失調である」との分析もある。

ウラン廃水が頭上にドロリ
核施設の作業現場は命がけ

そして3つ目に触れたいのが、核汚染による国民の健康被害である。ここに来て核・ミサイル開発や威嚇射撃を加速する北朝鮮だが、国内の核施設がどのような安全基準で稼働しているかについての情報収集は、隠蔽の厚い壁に阻まれて困難を極めている。

そんななか、かつてウラン濃縮工場で勤務した後、韓国に亡命した脱北者の金大虎さんは、自身の体験を基に最高レベルの警鐘を鳴らす。

そもそも、北朝鮮が国際原子力機関(IAEA)に加盟したのは1974年。それから20年後の94年にはIAEAを脱退し、監視・査察を拒否して、核開発疑惑で国際社会から孤立した。これが「過ち」の始まりだった。

その後、2006年10月には初の地下核実験を強行。北朝鮮の核疑惑をめぐる米中ロ日韓国と北朝鮮による六カ国協議の合意に基づき、IAEAの監視要員が07年7月から寧辺に滞在し、核施設を監視することになった。

寧辺とは、首都・平壌の北約60キロメートルの地域に広がる北朝鮮の核開発の心臓部である。しかし、09年4月には対北制裁を強める国際社会に反発して、IAEAの監視要員を寧辺から追い出してしまった。

このとき、取り付けられていた核施設の封印を勝手に解除し、IAEAのモニターカメラの向きも変えてしまった。そしてIAEAの監視・査察を拒否したまま、自前の安全基準(があったかどうかも不明)で核の開発・実験を今日まで拡大している。

金さんによると、核施設の作業現場の多くは、被ばく放射線量の規制がなく、計測もないまま、放射能まみれの可能性が高いという。情報の真偽を見極めるのは難しいが、これまで北の関係者によって世に出た話によると、核施設の労働環境はまさに「劣悪」そのものだ。

核施設の管理がこれだけ杜撰だと周辺国にも影響が

作業員たちは身を守るための防護服も着用させてもらえず、無理な納期と無謀な指揮命令に追いまくられ、ひたすら昼夜を問わず命懸けで働き続けなければ、上からの厳しいノルマを果たすことができない過酷な労働環境にあるという。

始めから人の命など考慮されない現場のせいか、作業員の多くは政治犯収容所の政治犯が動員され、強制労働で動けなくなるまで使い捨てにされる。同収容所の看守たちは「政治犯を人間と思うな。消耗品である。交代要員は無尽蔵で、死んだら核のゴミ捨て場へ運べ」という指示・教育を受けている。

核実験場で有名な北東部の豊渓里(ぶんげり)地域には、政治犯収容所(正式には「16号管理所」と呼ぶ)があるように、なぜか核施設と政治犯収容所が比較的近距離に立地している事例が多い。前述の金大虎さんは、政治犯の集団がトラックに乗せられて、核施設へ運ばれていく車列を見たことがあるとも証言している。

ウラン工場で働いていた金さんも、こうした悲惨な状況を裏付けるようなエピソードを、著書『私が見た北朝鮮 核工場の真実』(2003年、徳間書房)の中で紹介している。内容を要約するとこうだ。

「未鉱場(ウラン廃水を貯蔵するプール)から大寧江へ流れ出る下水管が詰まったとき、詰まりを解消するために排水溝へ作業員が直接入らされていた。排水溝の中では、頭上に怒涛のごとく流れていたどろりとしたウランが、作業員の全身に覆いかぶさり、身動きが取れなくなった」

核施設の管理がこれだけ
杜撰だと周辺国にも影響が?

核施設の管理がこれほど杜撰だとしたら、北朝鮮の国民ばかりでなく、周辺国にとっても一大事である。ところが現実には、北朝鮮の核実験はすべて山岳地帯の地下実験であるため、核実験そのものによる放射能汚染は「ないに等しい」とされている。日本をはじめ、韓国や中国など周辺地域への悪影響を心配する声が拡大するなか、今年9月3日の核実験でも、日本の防衛省・自衛隊による放射能汚染の核種分析調査結果は、日本海上空2~5キロの北部、中部、西部の3ポイントでいずれも「汚染は特になし。人工放射性核種も検出されず」というものだった。

しかし、中国及び韓国のメディアによると、核実験場のある豊渓里付近の山岳地帯では度重なる核実験の影響で、地盤が緩み出し、傾斜地の相次ぐ崩壊で地下道が露出、大規模な放射能漏れによる汚染の拡散が噂されているという。近隣住民の間では、体調不良の訴えをはじめ、奇形児出産への危惧など、悪影響を懸念する声は後を絶たない。

日本はむしろ人道的な積極介入を

なお、米国の北朝鮮専門メディア「38ノート」など複数の北朝鮮消息筋は、9月10日頃、北朝鮮北東部の豊渓里の核実験場で、地下坑道を造成する工事中に大規模な落盤事故が発生、作業員約100人が巻き込まれ、さらに救助中にも崩落が相次ぎ、計200人あまりが死亡した可能性があると報じた。

計6回にわたる核実験で地盤が緩んでいるところへ、新たな地下坑道の造成工事が影響したようで、放射性物質の空中拡散や地下水への流出が懸念されている。

この大規模崩落事故により、北朝鮮の核開発はしばらくの間、小休止せざるを得なくなる事態を迎えていると見られる。1つには、豊渓里の核実験場の周辺地域一帯が放射能に被ばくしてしばらくは使えないこと。

2つには、地下実験施設を別の地域で新たに造営するには数年を要すること。3つには、犠牲者の中には核実験に必要不可欠な科学者や技術者など高度な専門家も含まれていたようであること。それらが事実とすれば、北朝鮮の核ミサイル開発計画に重大な影響を及ぼすことは必至である。

遂に懸念されていた事態が表面化しつつあるのかもしれない。

むしろ人道的な積極介入を
日本がとるべき対北外交とは

これまで紹介したエピソードから、北朝鮮でいかに深刻な人権侵害が日常化しているかがおわかりだろう。国連では、北朝鮮の人権に関する状況を「救済、改善するには国際社会が一丸となって取り組まなければならない」とする勧告を受けて以来、安全保障理事会が3年連続でこれを公式の議題として採択し、協議の加速を人権理事会に求めている。人権状況の改善に向けた北朝鮮への圧力を高めながら、金正恩を含む指導者たちの責任追及を国際社会に改めて促していく狙いである。

こうしたなか、日本の対北朝鮮外交はいま岐路に立たされている。拉致被害者問題の当事者である日本の中には、北との対話路線を重視する人が少なからずいる一方で、政府与党は対北強硬路線に傾きつつある。同盟国である米国との共同歩調を軽視してよいわけではない。

しかしトランプ大統領の軍事的挑発に加担するよりも、日本は東アジアの隣人として、積極的な人道的介入の役割を率先して果たす外交政策を選択すべきではないだろうか。

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