「原油取引」

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中国「人民元建て原油先物取引」の衝撃

今回は中国での「人民元建て原油先物取引」の開始が、米国の北朝鮮攻撃を必然化させる理由について解説する。これは同時に、米国の凋落を加速させる事態でもある

「アメリカ覇権の終わりの始まり」2017年末の上海市場に要注目
トランプが北朝鮮を攻撃するしかない本当の理由

9月20日、トランプ大統領は国連総会で演説し、「自分や同盟諸国を防衛するしかない状況になれば、我々は北朝鮮を完全に破壊するしか選択の余地はない」と発言した。これは、武力行使もアメリカは辞さないとする決意として受け取られ、新たな朝鮮戦争の勃発を予感させた。

アメリカが北朝鮮の攻撃に踏み切るかどうかは、実はいま進行しているある状況と密接に結び付いている。それは、人民元による原油先物取引の開始だ。

これはアメリカの覇権の本格的な凋落を加速させる事態である。実はそれが、アメリカが北朝鮮攻撃に実際に踏み切るかどうかのカギを握っている。これがどういうことなのか、世界情勢の全体的な文脈から読み解くことにする。

人民元建て原油先物市場とは?

早ければ年末にも、上海と香港の外為市場で、金兌換が可能な人民元建ての原油先物取引が始まる見込みだ。

上海先物市場と、その子会社である上海国際エネルギー取引所は先月、人民元で決済可能な原油先物市場の実証実験をすでに完了している。さらにこれと平行して、香港株式市場では人民元で兌換可能な金の先物が販売されることになる。

現在、原油価格の国際的な基準を決定しているのは、ブレント価格とWT価格である。これはすべて米ドル建てだ。一方中国は、世界最大の原油の輸入国である。そのため人民元建て先物取引原油価格は、アジア地域では最も重要な原油の基準となることは間違いない。将来これが、原油全体の価格を決定する可能性もある。その余波は計り知れない。

まず、人民元建ての原油先物取引が可能になると、アメリカの経済制裁下にあるロシアやイラン、さらに反米のベネズエラや、イランとの関係の強い原油輸出国は、人民元建てで世界最大の中国市場に向けて原油輸出が可能となる。

さらに、中国から人民元で受け取った輸出代金は、上海や香港の市場で金地金で受け取ることもできる。この結果、ドルの使用を回避したい国々は人民元決済を選択することで、ドルベースの金融システムに依存する必要性もなくなる。

これがアメリカの覇権に与える影響は計り知れない。これからは、国際秩序の基本的な形成者の位置に中国が就く可能性が高くなることは間違いない。

気づかぬは日本のみ? 確実に進んでいるアメリカ覇権の凋落
確実に進んでいるアメリカ覇権の凋落

この動きが何を意味するかを、最近の世界情勢全体を俯瞰した視点から見て見よう。

アメリカ・ファーストを掲げる孤立主義的なトランプ政権が成立してからというもの、既存の国際秩序を揺るがす大きな変化が相次いでいる。地球温暖化防止のパリ協定からの一方的離脱、TPPからの離脱、北米自由貿易協定(NAFTA)や米韓FTAの見直し、北朝鮮への戦争も辞さない圧力などである。

また米国内でも、反トランプ派の抵抗運動は凄まじく、全米各地で暴力的な抗議運動が発生している。これからトランプ政権下のアメリカがどうなって行くのか、不安に満ちた目で行く末を見ている人は大いに違いない。

一方、そのような表層の出来事の背後で確実に進んでいるのが、アメリカの覇権の凋落である。いまでも日本では、トランプから別な政権に移ると、これまでのように世界のリーダーとして機能する強いアメリカに戻るのではないかという希望的な観測をときおり見かけるが、いま進行している覇権の凋落を見ると、それはほぼ確実に不可能であることが分かる。

シリア内戦の終結とロシア・イラン同盟の拡大

アメリカの覇権の凋落ぶりを示す大きな出来事は、シリア内戦の終結とアサド政権の存続である。以前の記事で何度も書いたが、シリア内戦の真実は中東における天然ガスと石油の覇権を巡る争いであった。

パイプラインで供給されるロシア産原油と天然ガスへの依存度を低めたいEU諸国と、ロシアのヨーロッパへの影響力拡大を恐れたアメリカは、ロシアには依存しないエネルギー源を確保するために、カタールやサウジアラビア産の原油と天然ガスを、シリアとトルコを経由してヨーロッパに供給するパイプラインの建設を2009年にシリアのアサド政権に持ちかけた。

だが、ロシアとの同盟を重視するアサド政権はこれを断った。一方2018年にピークオイルを迎え、原油と天然ガスの生産量が減少するロシアは、これに対応するために、ロシアの同盟国であるイランと、その強い影響下にあるイラクの原油と天然ガスを、やはりシリアを経由して地中海の海底パイプラインから南ヨーロッパに輸送する計画を立案した。シリアのアサド政権はロシア案に賛同し、翌年の2011年からこのパイプラインの建設が始まった。

シリアで内戦が勃発したのはちょうどこの年である。カタールからシリアを経由するパイプラインの建設を諦めない、アメリカならびにサウジアラビアやカタールなどの湾岸諸国の同盟国は、内戦でロシアとの関係の強いアサド政権を打倒し、親米派の政権の樹立を目指した。

他方ロシアとイランはシリアを軍事的に支援し、2015年9月からはロシア軍による本格的な軍事介入が始まった。この結果、シリア内戦はアサド政権の実質的な勝利でほぼ終結した。これで、アメリカとその同盟国が推進しているパイプライン計画は完全に失敗した。これからは、イランの協力で建設されるロシアのパイプラインがシリアを通ることになる。

シリアにおけるアメリカの敗北は、中東におけるアメリカの影響力を決定的に弱めた。代わりに影響力が拡大したのは、ロシアとイランである。シリアは完全にロシア・イラン同盟に組み入れられた存在となった。

この結果、アメリカの同盟国である湾岸諸国にも動揺が走り、アメリカを中心とした同盟から離脱し、これまで敵対関係にあったロシアとイランに接近する国も現れた。カタールである。この動きの結果、カタールがサウジアラビアなどの同盟諸国から断交された事件の記憶は新しい。

アメリカ覇権にとどめを刺す決済通貨としての人民元

一触即発のゴラン高原

他方トランプ政権は、サウジアラビアを盟主とする中東版NATOとなる集団安全保障機構を立ち上げ、この地域におけるアメリカ中心の勢力維持を図ったが、うまく行っているとはいえない。ロシアとイランの影響力の拡大には抗しきれず、サウジアラビアでさえ、長年の宿敵であるイランとの関係改善を模索せざるを得ない状況になっている。

そうした状況で新たな火種になりつつあるのは、シリア南西部にあり、イスラエルと国境を接しているゴラン高原である。ここはもともとシリア領だったが、1967年の6日間戦争でイスラエルが占領した地域だ。シリアはゴラン高原の所有権を主張し、イスラエルと緊張した関係が続いている。現在は国連のPKO部隊が駐留しており、1996年から2013年まで、陸上自衛隊も派遣されていた。

このような状況のなか、2015年、ゴラン高原で巨大な油田が発見された。油田の規模はサウジアラビアに次ぐ大きさになるとも見られている。原油を産出しないイスラエルにとっては、この油田の所有は死活問題となる。他方、イスラエルに敵対的なアサド政権の存続が決まったシリアも、領土返還の要求を強めている。

そのようななか、ゴラン高原の周辺地域には、イランが支援する武装組織のヒズボラが、ミサイル組み立て基地をはじめ、いくつかの軍事拠点を建設している。これは、対岸のイスラエルにとっては大きな脅威となる。イスラエルの先制攻撃、ないしはヒズボラのミサイル攻撃から、シリアで新たな戦端が切られる可能性が高くなっている。

こうした緊張した状況になっているのも、シリア内戦ではロシアとイランが勝利した結果、この地域におけるアメリカの影響力が決定的に弱くなっていることの証拠だ。

アメリカ覇権にとどめを刺す決済通貨としての人民元

こうした状況で、早ければ年内にも開始されるのが香港原油先物取引である。この取引で販売される原油の決済通貨は人民元になる。

すでにシリアにおけるイランとロシアの影響力の拡大を見てイラン側に寝返ったカタールは、早くも2014年に国内に人民元の取引所を開設し、人民元建て決済が可能となる状況になっていた。

だがこの取引所はカタールの中国向け原油のみが対象で、他の地域への輸出には依然としてドルが決済通貨として使われた。そうした限界もあり、カタールの人民元専用の取引所における決済価格は、原油価格全体の決定に影響を与えるほどの規模にはなっていない。これはいわば、お得意様である中国に便宜を図った処置だった。

ところが、今回香港で開始が決定した人民元建て原油先物取引は、原油価格全体の標準的な決済通貨が将来的には人民元になる可能性を強く示唆している。これが、ドル基軸通貨体制を前提に成立しているアメリカ覇権の凋落を、一気に加速させることにもなりかねない。

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