「流れが変わってきたね」

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シリコンバレーで存在感を放つ台湾・中国のスタートアップ囲い込み戦略

イノベーションを生み出し育てるエコシステム。シリコンバレーで成功を収めるには、そのコミュニティーの中に入り込むことが重要だ。コ

ミュニティーに入りこむと同時に必要なヒト・モノ・カネを得られる仕組みに「アクセラレータ」がある。この仕組みを利用し、台湾・中国系のEMSメーカー(電子機器製造受託サービス)は優秀なスタートアップを自国のコミュニティーに囲い込んでいる。

海外に出る日本企業に求められる、もうひとつのチャレンジとは。

カフェで行われる、スタートアップ企業の気軽なヘッドハント

スタンフォード大学のカフェでの話。とある起業家と一緒にランチをしていた。昨年会社を立ち上げたばかりで、数千万円の資金調達を終えたところなのだという。そこへたまたま通りがかった友人もランチに同席することになった。

初対面同士、お互いの話でひとしきり盛り上がった後、友人がエンジニアだとわかった起業家の彼は、「コーヒーのおかわりいりますか?」くらいの気軽さでこう言った。「うちの会社に来ませんか。年収1500万円位なら出せます。今ならストック(株式)も付けますよ」。

この会話、日本ではあまりなじみのないものだと思うが、皆さんはどう感じただろうか。

気軽なヘッドハントが行われるスタンフォード大学のカフェ

シリコンバレーでは、起業家にかぎらず多くの人が成功を目指して世界中から集まってくる。その理由は、ビジネスを生み出し成長させるエコシステム(生態系)が、ここにあるからだ。

これは、企業や大学を媒介としたスタートアップ企業の人材輩出の仕組み、ベンチャーキャピタルやエンジェルなどの投資家による資金供給の仕組み、両者が出会うネットワーキングの土壌などから構成される、イノベーションを繰り返し生み出す枠組みである。

エコシステムはチャレンジする人に機会と資金を提供する一方で、桁外れの成長と成功に向けた努力を強いる。冒頭のセリフの背景には、このエコシステムの存在がある。

優秀なスタートアップを囲い込む台湾・中国メーカー

エコシステムの重要な構成要素のひとつがお金の循環だ。ビジネスに必要な資金をベンチャーキャピタルなどの投資家と呼ばれる人々からの投資で賄う仕組みのことで、これによって手持ちのお金がなくても、よいビジネスアイデアとチームがあれば事業を始めることができる。

はじめは数千万円から、段階的に数億円、数十億円と投資額は増え、ビジネスの規模も大きくなっていく。融資と違って返済や期限などはない。

投資家は対価として株式を保有し、ビジネスが成長して企業価値があがった際に、M&AやIPOでそれを売却し、利益を得る。その利益がまた次の投資へと還元され、新しいビジネスを繰り返し成長させるお金の循環を形成している。

1974年以降に米国で上場した企業のうち、42%にあたる556社は過去ベンチャーキャピタルからの投資を受けているという。

これらの企業は300万人を超える雇用を創出し、近年における全米企業の研究開発投資総額の85%を提供してきた1)。エコシステムにおけるお金の循環は、今なお新しいイノベーションに資金を供給し続けている。

しかし成功のためにはお金以外にも、人材や技術、ネットワークなどさまざまな要素が必要だ。カフェでのヘッドハントもその一例だが、これらを得てビジネスを成長させるには、エコシステムのコミュニティーの中に入り込む、つまり「中の人」になることが重要である。

コミュニティーを構成する一員となることはスタートアップだけでなく、彼らと一緒にイノベーションを起こしていきたい企業や投資家などにとっても重要だ。プレーヤーとして、あるいはサポーターとしてなど、参画するにはいくつかの方法がある。どうしたら「中の人」になれるのだろうか?

優秀なスタートアップ企業を囲い込む台湾・中国メーカーの戦略

プレーヤーとして、シリコンバレーのエコシステムで「中の人」になる方法で近年存在感を高めているのが、起業家の登竜門であるアクセラレータという存在だ。

アクセラレータは、一般に2~3ヵ月ほどの起業家養成プログラムを提供する団体である。参加するスタートアップは他の参加者と切磋琢磨しながらビジネス・アイデアを磨き、最終日にはDemo Dayと呼ばれる場で投資家などを前にプレゼンテーションを行う。Y Combinatorや500 Startupsなどが有名だ。

最大手のY Combinatorでは、2005年の設立以来1,000社以上のスタートアップへ投資が行われ、2400人を超える起業家の一大コミュニティーを形成している。DropboxやAirbnbなどの、推定時価総額が1兆円を超える大企業もここから生まれている。

日本企業も海外のスタートアップを受け入れる仕組みを

こうしたアクセラレータプログラムでは、参加時に少額の投資が行われる。しかし参加するスタートアップにとってそれ以上に魅力なのは、経験豊富なメンター陣からの指導、起業家仲間や投資家などのネットワーク、アクセラレータのブランドなどである。

つまり、アクセラレータという門をくぐることで、成長と成功に必要な多くの要素を、短期間に得ることが可能なのだ。これらを目当てとして、多くのスタートアップがアクセラレータのプログラムに応募してきている。仕組みの有効性が知られるようになるにつれ、多くのアクセラレータが生まれ、分野を限定して差別化を図るアクセラレータもでてきた。中でも近年注目度が高まっているのが、ハードウエアに特化したアクセラレータだ。

ハードウエアを作るには、コストはもちろんのこと、広範な技術に関する知識と技術が必要だ。さまざまな分野のエンジニアが必要だし、実際に製造してくれる工場も探さなければならない。部品の調達もしなければならないし、安全性のチェックなど品質管理も重要になる。

この難しい環境に注目し生まれたのが、ハードウエア系のアクセラレータである。彼らのプログラムに参加すれば、ものづくりのプロに相談しながら、連携する工場で製造を行い、デモ用のプロトタイプなどを完成させることができる。人も資金も少ないスタートアップにとって、とても心強い味方である。

いまハードウエア系のスタートアップに対して、このサポーターとしての台湾・中国系のEMS(電子機器製造受託サービス)メーカーが存在感を放っている。エコシステムの「中の人」になるための仕掛けであるアクセラレータを、彼らは自ら運用または連携し、参加するスタートアップを独自のコミュニティーへと囲い込んでいるのである。

例えば、最大手であるHAXのプログラムでは毎年30社が選ばれ、111日間を深センで過ごしながらビジネスを磨き上げる。

最後の2週間は投資家向けのプレゼンテーションであるピッチの練習を行い、サンフランシスコで行われるDemo Dayで発表を行う。EMSメーカーのPCH Internationalが運営するHighway 1はサンフランシスコがプログラムの拠点だが、10日間の製造研修を深センで実施している。

日本企業でも海外のスタートアップを受け入れる仕組みを

ビジネスの成長と成功を目指し、エコシステムのコミュニティーに入り込む。そのための入り口として機能するアクセラレータは、お金や人材、技術、ネットワークなどさまざまな要素を短期間で得ることができる仕組みである。

しかしハードウエア系アクセラレータでは、その入り口はシリコンバレーだけではなく、台湾・中国のものづくりコミュニティーにもつながっている。

日本企業が一丸となって協力し合あうための試み

サポーターとして力強い味方だった台湾・中国系EMSメーカーは、アクセラレータのプログラム終了後も、スタートアップの事業パートナーとして引き続き関係を築いていく。

スタートアップのものづくりパートナーにとどまらない、ハードウエア系アクセラレータという小さな中国が、シリコンバレーのエコシステムの中に生まれているのである。

海外でチャレンジする日本企業の姿はよくクローズアップされる。しかしこうした台湾・中国のアプローチを見ていると、海外のスタートアップコミュニティーに対する自国の競争力を増すだけでなく、同時にスタートアップを自国のコミュニティーに巻き込む入口とするような、仕組みづくりの重要性にも気付かされる。

スタートアップのプレゼンテーションに聞き入る事業開発担当の参加者たち

日本企業がシリコンバレーのスタートアップコミュニティーの中に入っていく取り組みとして、昨年、事業開発の任を負ってシリコンバレーに派遣された日系企業の有志がSUKIYAKI2)というプロジェクトを始めた。日本企業が一丸となって協力し合い、競争力を高めていくと同時に、現地のスタートアップを日本企業の輪に巻き込んでいくことを目的としている。

ファウンダーの一人であるトーマツベンチャーサポートの木村将之氏はその意義について、「日系企業全体でシリコンバレースタートアップをアクセラレーションする仕組みを創りたい。現地では、駐在期間が短期であり、事業開発ノウハウ、ネットワークが属人化し、継承されにくいという問題点がある。

日系企業が互いにノウハウやネットワークを共有することにより事業開発力を高められる。日系企業と事業を行いたいスタートアップから見たメリットも大きくなる。シリコンバレーのスタートアップコミュニティーと共生することにより、日系企業の成長機会拡大につなげたい。」と語る。

SUKIYAKIの取り組みは、現地での成功、失敗事例、ノウハウの勉強会と、現地スタートアップから日系企業へのプレゼンテーション会からなる。

日系企業の事業開発の支援にとどまらず、日本企業と組みたいシリコンバレーのスタートアップに対して、日本とのビジネスの入口になっていくような仕組みづくりを担っているといえる。

事業開発のためシリコンバレーへ進出する、というチャレンジだけでなく、現地のスタートアップに対しても日本への入り口を開く、という双方向の仕組みを作っていくチャレンジが、より必要ではないだろうか。

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