「闇の奉公人」

画像の説明 潘基文の最大の功績は? 国連が変わるかもしれない

今年いっぱいで任期が切れる国連事務総長の潘基文

2016年は選挙が目白押しだ。台湾では1月に総統選挙が行われ、韓国では先日総選挙が終了したばかり。5月にはフィリピンで大統領選が行われる予定で、日本も夏に衆参ダブル選挙が行われるという話もある。そして米国の大統領選では、いま民主党・共和党の指名候補争いが進んでおり、毎週のように大騒ぎになっている。

【国連が大きく変わるかもしれない】

厳密には選挙とは言えないが、6月には英国でEU(欧州連合)から離脱するかどうかの国民投票が行われる。

そして、2016年にはもう1つ重要な“選出”が行われる。あまり注目されていないが、新しい国連事務総長が選ばれるのである。

現在の潘基文・国連事務総長は、今年いっぱいで任期が切れる。そして2016年4月12日からは、3日間にわたって潘の後任候補者たちのスピーチや質疑応答が開始され、いよいよ後継選出活動が本格的に始動したと言える。

実は今回の事務総長選びは、国連70年の歴史で過去に例のない試みとなる。しかも潘の時代まで存在してきた選出の悪しき“密室性”から決別するきっかけの年となりそうだ。

そもそも国連事務総長というのは、これまでどう選ばれてきたのか。

まず15カ国のメンバー国からなる国連安全保障理事会(安保理)が独断で1人の候補者を選ぶ。そして安保理が選出した候補者を受け、国連総会によって、事務総長に任命する採択を行う。

つまり、国連総会は安保理が出してきた候補者を事務総長に任命するだけで、事実上、決定権は拒否権をもつ安保理の常任理事国(米国、英国、フランス、ロシア、中国)にある。また基本的にアジアやアフリカ、中南米、欧州といった地域ごとにローテーションすることになっている。

例えば、2007年から2期にわたり事務総長を務める潘の場合はどうだったのか。専門家の間では、潘が2006年に事務総長に任命された背景には、ジョージ・W・ブッシュ大統領時代の米国による根回しがあったことはよく知られている。

ノーベル平和賞も受賞した前任者のコフィ・アナン前事務総長はそもそも米国信奉者だったが、イラク戦争を批判するなど扱いにくい存在になっていったということもあり、ブッシュ政権は後任に米国に従順な人物を据えるために水面下で動いた。

つまり大人しい人物を選びたかったのだ。それに加えて、アジアからの選出する年だったこともある。

●国連事務総長は常任理事国の「奉公人」

2016年1月に死去した米国の元北朝鮮担当特別代表スティーブン・ボズワースのコメントを見れば、事務総長がどういう扱いで見られているのかが見える。

ボズワースに言わせると、国連事務総長は米国をはじめとする常任理事国の「奉公人」に過ぎない。さらに2015年にメディアのインタビューに答えたボズワースは、潘に「指導力を発揮してもらう必要はない」とまで述べている。

例えば潘は、北朝鮮との対話を目的として2010年に国連関係者2名を北朝鮮に送り込んでいる。その行動についてもボズワースは、「米国は伝統的に国連事務局長の個人的な関与は歓迎していない」と一蹴している。

国連総長とはそうした役割くらいにしか見られていないのである。もっとも、国連職員5万人の頂点に君臨する国連のトップである潘が、任期中に何か世界を引っ張るようなリーダーシップを見せたり、世界の紛争や歪みについて効果的な言動を起こしたなんていうのは記憶にない。

また日本では、彼が韓国人ということで彼に批判的な人たちも少なくない。だがそうした感情論を差っ引いても、潘が立派に役割を果たしたかどうかには大きな疑問符が付く。

事実、過去にはインガブリット・アレニウス前事務次長が潘を批判する50ページの文書を提出して国連を去ったという事例も起きている。

また英ガーディアンは、「最近引退した国連高官は潘の最大のハンディキャップは彼が英語を流ちょうに使えないことだと言う。そのために米国やそのほかの地域で支持を勝ち取ることが困難になっている。『私たちは彼に話し方や、メディアトレーニングのレッスンをした』と、この高官は言う。話し方のレッスンは多い時で週に2、3回行い、良くはなったがまだ不十分だ。『私たちはテレビ出演を控えるようアドバイスした。彼は押し付けがましい』」と、バカにした感じで書いている。

さらに最近でも、中東和平問題で失言したり、モロッコのゲリラを支持する発言をしたり、米議会議員からも「無能」と呼ばれて話題になるなど、相変わらず批判的な声が多い。

●無能の事務総長が生まれたワケ

だがよくよく考えれば、現事務総長がそんなふうにしか見られていない責任は、そもそもその任命を担う安保理の常任理事国にあると言える。さまざまな思惑の中、“密室”で自分たちに都合のいい事務総長を決めてきたからこそ、無能と言われる事務総長が生まれてしまうのだ。

事務総長の資格とは、国連の作業言語である英語とフランス語をしゃべれるということくらいだ。第三者的に調査されることもないまま“密室”で選ばれることから、世界73億人に影響力を与えることができる国連の事務総長を選ぶのにこんなやり方でいのか、という批判の声がこれまでも上がっていた。もう安保理のパペット的な事務総長はいらない、ということだ。

そこで今回から候補者選びの方法が変わった。2015年、国連は事務総長選出方法の活性化を採択し、加盟国に書簡を送って候補者を出すよう求めた。そして2016年4月に国連総会で、候補者の意思を聞く公聴会が史上初めてオープンで行われたのである。

これは潘時代までの悪しきやり方からの決別であり、史上初の画期的な改革の始まりだと期待する声が上がっている。

第70回国連総会議長のモーエンス・リュッケトフトは、質疑応答などの取り組みが事務総長の選出方法を改善すると胸を張る。リュッケトフトは、「新しい事務総長の選出と任命のプロセスは本当に透明性と開放性の原理によって導かれている」と語っている。

そして、常任理事国が最終的な選出に強い立場を維持するのは今も変わらないが、新たに始まった試みによって安保理以外の国連メンバーから候補者が出されることで、その声は、安保理の常任理事国の力を超えるような影響を与えることになる可能性があると述べている。

皆が候補者を選べるだけでも大きな進歩であり、国連改革におけるひとつのスタートとしては評価できるだろう。そして、そういう中で生まれる新事務総長が、さらなる国連改革を断行するという期待もできる。

●どんな人が次の総長になるのか

では今回、どんな人が次の総長になりそうなのか。現在、事務総長選には9人が名乗りを上げている。

女性は4人で、ブルガリア出身で国連教育科学文化機関(ユネスコ)事務局長のイリナ・ボコバ、ニュージーランド出身の元首相で国連開発計画(UNDP)総裁のヘレン・クラーク、クロアチア出身で前第1副首相のベスナ・プシッチ、モルドバ出身で前第1副首相のナタリア・ゲルマン。

男性は5人で、ポルトガル元首相で前国連難民高等弁務官のアントニオ・グテーレス、モンテネグロ出身のイゴル・ルクシッチ副首相兼外務・欧州統合相、マケドニア出身で元国連総会議長のスルジャン・ケリム、セルビアのブーク・イェレミッチ元外務大臣、スロベニアのダニロ・トゥルク前大統領だ。

次期事務総長の候補者は今後も増える可能性がある。そして今回は、輪番で東欧出身者が選ばれるとの見方が強い。そういう理由から、現時点の候補者は東欧諸国の人たちが多い。

そしてもう1つ、今回は史上初めて女性事務総長が誕生するという期待が高まっている。こうした見方を鑑みれば、現時点では、ブルガリアのボコバ、クロアチアのプシッチ、モルドバのゲルマン、の3人が最有力ということになる。

ただ一方で、ニュージーランド出身のクラークへの支持が高いとも報じられているし、男性ならポルトガルのグテーレスが有力だとの報道もある。要するに現時点では、予想をするのがまだ時期尚早ということだろう。

米ニューヨークタイムズ紙は、今回の新しい公聴会スタイルの候補者選びについてこんな指摘をしている。

「多くの外交官たちが密かに、もし10年前に国連総会で今回のような公聴会が開かれていたら、彼(潘基文)は事務総長になれていただろうかと話している」

だからこそ、10年前までのやり方はすぐにでも止めるべきなのである。そして皮肉なことに、「選出方法の改革」のきっかけを作ったという事実こそ、潘が残す最大の功績となる可能性がある。

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