「偽り」

画像の説明 中国の常識は世界の非常識?王国家統計局長はなぜ失脚したか

王保安事件の真相は何か。中国の統計に対する信頼が揺らげば、世界に与える影響も大きい。

中国共産党の中央規律検査委員会は、国家統計局の王保安局長を「重大な規律違反」で調査していると発表した。王局長は1月19日には世界が注目していた昨年2015年の中国のGDP(国内総生産)を発表し、同26日には中国の経済情勢に関する記者会見に臨み、終了後も取り囲む記者団の質問に気さくに受け答えしていた。その直後の連行、失脚である。

習近平指導部としては、電撃的な摘発により、「重大な規律違反」への厳しい姿勢を国内外に強く印象づける狙いがあったに違いない。

その「重大な規律違反」とは何か。肝心の内容が何も明らかにされていないが、一部海外メディアによると、統計データを取り扱う国家統計局のトップである同局長が、事前に外部に情報を漏らしてその見返りに金品を受け取っていたのではないか、という疑惑が浮上しているという。

さらに今回の事件については、中国の国内外の消息筋から、「本当のデータを公表したら処罰され、捏造のデータを発表したら規律違反では、立つ瀬がない」などと揶揄する声も、筆者の耳に届いた。何らかの目的により、王局長が統計データを改竄していたのではないか、という見方もあるわけだ。

様々な憶測が飛び交っており真相は不明だが、いずれにせよ、今や世界第2位の経済大国となった中国の統計データを取り扱うトップの汚職がもし真実だとすれば、世界の金融市場に波紋を呼びかねない。

今回の報道は、かねてより指摘されていた中国の統計データに関する課題を思い起こさせた。それは、統計データの信憑性に関する課題だ。これを機に、それを検証してみたいと思う。

中国政府が国内外へ向けて正式に発表する統計データの多くは、偽装された「真っ赤な嘘」ではないか――。

今回の事件とは関係なく、そんな疑惑はずっとあった。今や「知る人ぞ知る常識」として語られている雰囲気もある。真偽のほどは別として、問題はそうした疑惑があるという事実を、いつの頃からか当事者の中国だけでなく、国際社会も暗に認めてきたということだ。

上海株の大暴落をはじめ、人民元の対ドル為替相場の切り下げ、全国各地で廃墟と化している工業団地や商業施設、主要業種に広がる深刻な過剰設備、さらにはおよそ2億人分に及ぶとされる不動産の余剰在庫など、中国経済の憂々しき実態が次々と顕在化している。

中国経済は今、どこまで失速しているのか。全世界が注目する中で、2015年の実質GDP(国内総生産)の成長率が発表されたが、データ偽装疑惑を知る者の中には、公表された数値を信じない人もいたのではないか。

国家の発表よりも「李克強指数」が信頼される理由

公表されたGDPの数値は、想定内の前年同期比6.9%増であった。ちなみに、中国政府の目標値は7%である。これに対し、国内外の消息筋の事前予測では、おおむね数字の操作を織り込んで6.8%前後と見られていたが、案の定、その中間に落とし込んできたと思える苦肉の策であった印象は拭えない。

発表した時点も、昨年末からわずか3週間以内の1月19日である。これ自体が信じ難い早さで、不自然ではある。自由経済圏の場合、最も早い米国でも締め切り1ヵ月後であり、EUや日本では大体、同50日後である。

GDP統計は、一般に各種統計を加工した、いわば二次統計なので、その算出には一定の手間暇がかかる。先進国の場合は、関係各省庁が英知の粋を集めた複雑な計算式の下で算出し、産業連関表などを駆使して、算入が重複しないよう、縦横斜めの試算を繰り返してから公表するため、これ以上は短縮できないという日時を要してから公表する。

中国の場合はこの精査工程を省略して、「算入の重複を削除しないまま公表しているのではないか」と疑われてもやむを得まい。仮にそうだとすれば、GDPは水増しされ、成長率は上振れすることになる。

信じられないGDP統計発表の早さ「李克強指数」が信頼される理由

中国の経済政策の司令塔である李克強首相は、前職の遼寧省共産党委員会書記であった2007年当時、すでに「中国のGDP統計は人為的であるため、信頼できない」と喝破して憚らず、「経済指標として信頼できるのは貨物輸送量、電力消費量、銀行融資残高の3指標だけである」と公言した。

それ以来、中国ではGDP統計よりもこれら3指標による「李克強指数」の方が信頼され、跋扈しているのが実態である。こうした状況に鑑み、統計作業を透明化、改善しようという声も聞こえてこない。GDP統計による公表データの同6.9%増を、この李克強指数で試算し直した修正値もある。それによると、実際は半分以下の同2.8%増だという。

前述の3指標よりも誤魔化せないという点で、実態により近い指標が貿易統計である。中国側の輸入は相手国の輸出であり、輸出は相手国の輸入になるため、偽装が不可能だからである。とりわけ、輸入の伸び率とGDPの成長率は正の相関関係にあるため、一方が増えるときは共に増え、一方が減るときは共に減って、同じ方向へ連動するため、少なくとも大きな誤魔化しは不可能に近い。

輸入が二桁マイナスなのに、GDP6.9%成長はあり得る?

発表によると、輸入は同14.1%減となっており、これは尋常な減り方ではない。輸入が前年比14.1%も減っていながら、GDPだけ6.9%も伸びることは、まずあり得ないだろう。逆に、GDPが6.9%も伸びていながら、輸入だけが前年比14.1%減ることも、まずあり得ない。どちらに疑問があるかと問われれば、明らかにGDPの方である。

輸入が二桁マイナスなのにGDP6.9%成長はあり得るのか?

ちなみに、李克強指数と同じく、輸入が同14.1%減であった場合、GDPの成長率はどうなるか。単純な回帰分析で試算すると、成長率はなんと、おおよそ▲3%近くになる。中国政府が「GDPの成長率が同6.9%増、輸入同14.1%減であっても、共に真実の数値であり、両者の相関関係には矛盾はない」と言い切れるならば、「輸入とGDPは必ずしも正の相関関係にあるとは限らず、負の相関関係になることもあり得る」ことを立証する義務があるだろう。

中国のGDP統計を「信頼できない」と思っていたのは、李首相だけではない。元来、中国の経済統計の信頼性には、国内外から疑問視する声が広がっていた。中国全土の各地、各省で集計した総和が、中国統計局が発表する全中国のGDP統計の数値を大きく上回る珍現象が毎年のように繰り返され、常態化していたからである。

全国の各地、各省の末端から中央へと数値を集めてくる集計過程でも、申告者が常に正しく申告するとは限らない。収穫や生産の自己申告が業績や昇進などの評価、採点に直結していれば、なおさらである。

人間の心理上、評価、採点にとってマイナスとわかる結果を自ら奨んで報告する人は少ない。結果として、常に過大な申告になりがちである。とりわけ社会主義経済圏の下では、これが避け難い仕組みであることは、旧ソ連や毛沢東による大躍進時代の中国の名残といえ、その悪弊は歴史が証明している。李克強指数が誕生し、信頼され、跋扈してきた背景でもある。

ただし国際社会も、中国の経済統計の捏造疑惑を決して看過してきたわけではない。

IMF(国際通貨基金)は昨秋、中国に対し、経済統計に関する「質」的な向上の必要性を呼びかけている。中国が経済構造の質的転換を進めていることに対し、その構造転換の成果が経済統計にも正しく反映されるよう、経済統計を「質」的に飛躍させる必要がある、と指摘している。

国際社会はチャイナ・ショックの回避を図るべき

世界銀行も、「中国の政策決定者は市場への介入を自制できないでいる。これが市場に混乱をもたらし、市場に対する信頼感の低下を招いている。中国が2015年に史上最大の資本流出を経験したのは、政府の介入が要因の1つである公算が大きい。市場は予測可能性と透明性を必要としている」(マデリン・アントンシック前副総裁)として、経済政策の透明性の確保に厳しく注文を付けている。

実際はマイナス成長もあり得る?チャイナショック回避への期待

習近平主席とその指導部が、二桁台の高度成長から一桁台の安定成長へと経済成長ペースを軌道修正しながら、いわば経済成長よりも構造改革を優先し、7%成長を死守する「新常態」化路線を宣言して走り出してから、まだ間もない。それが早くも7%割れを余儀なくされたため、金融緩和を急いででも経済成長を優先すべきか、経済成長は後回しにして構造改革を優先すべきか、という二者択一を迫られ、大いに迷っているに違いない。

しかし、データ偽装が真実ならば、実態は7%割れどころか、3%割れやマイナス成長であることも考えられる。世界第二の経済大国である中国経済の実態が、実は想像以上に失速しているとなれば、それだけでも2008年のリーマンショックならぬ「チャイナショック」を引き起こしかねない。影響が国際社会の隅々へ及ぶことは必至である。

そうなれば、隣国の日本も想定外の経済的な激震に見舞われないとは言い切れない。景気減速や外貨準備高の減少を不安視する習近平が、人民元の流出を食い止めるため、3月開催の全人代において、富裕層に対する「爆買い禁止令」を通すのではないかという見通しも浮上している。それが最悪シナリオへと通じるアリの一穴になるかもしれない。

これから世界は、中国発の世界同時不況を引き起こしかねない可能性とその誘因因子を、徹底的に洗い出す必要があるのではなかろうか。

とりわけ中国と経済上のつながりが深い日本は、中国やアジア諸国と協力しながら、チャイナショック防止を議論するための戦略プロジェクトチームを発足させるなどして、中国の体制整備に力を注ぐべきであると提案したい。

コメント


認証コード9246

コメントは管理者の承認後に表示されます。