「いい加減にしろ」

画像の説明 24兆円以上の市場規模があり、1150万人が参加する「国民的レジャー産業」の一角であるぱちんこ業界が揺れています。

といっても、ぱちんこ愛好家の高齢化や、ホール数減少という構造的な課題ではありません。今回問題視されているのは「ぱちんこ遊技機の釘が長年にわたって不正改造されていたことが改めて発覚した」という事案です。

2015年6月、警察庁からの要請に基づいて業界団体が全国のホール161店舗で運用されているぱちんこ台258台を検査した結果、法令を守っている台は1台もなく、全部(本当にすべて)適法とはいえないものだとわかりました。政府当局や業界に激震が走るのも当然です。

毎朝、ぱちんこを運営するホールの前では、開店時間である午前10時を待って、多くのぱちんこ愛好家が列を成しています。ぱちんこを運営するホールは、毎日ぱちんこ台の釘を叩き、「出る台」と「出ない台」を設定しています。

だからこそ、「出る台」で遊技して百円でも多く稼ぐために、開店待ちをされているわけです。しかしながら、ホールがぱちんこ台の釘を調整することは適法とは言えない行為です。

ぱちんこ台は、新しい機種が風俗営業法や施行令、内閣府令などの関連法規に対して適切で適法なものであるかを検査するため、警察庁が指定する一般財団法人「保安通信協会」(通称:保通協)という団体の承認を経なければなりません。合格した機種以外、ぱちんこ台として流通できないという仕組みになっています。

ここで検査される項目は法律に細かく規定されているわけではなく、釘については「技術上の規格」として、「遊技板におおむね垂直に打ち込まれているものであること」と書かれているだけです。

15年1月、ぱちんこ業界の事実上の監督官庁である警察庁は、近年のぱちんこのギャンブル性(射幸性)について問題視し、これを高めるためにぱちんこ台の釘を叩いて曲げるぱちんこホールに対して「違法である」と明言しました。そこで紆余曲折を経て業界団体が調査をしたところ、合法な台がゼロという事態が発覚し、問題に発展しました。

そもそも、なぜ違法を承知で釘を曲げていたかといえば、そうしなければ愛好家が離れるからです。認可のままの釘を曲げていない台では「大当たり」や「連チャン」をするヘソと呼ばれる場所も、入っても少し出玉があるだけの穴も、同じように玉が入ります。

その場合、じりじりと手持ちの玉が減り続けるだけで、大当たりの少ないつまらない台になってしまいます。これを避けるために、どうでもいい入賞の穴は釘で少し絞り、派手な演出と大当たりが起きるヘソの釘を緩めて、違法に台の射幸性を高めているのです。

ぱちんこホールは愛好家のニーズを満たすために、これまで違法と知りつつ釘を叩き続けてきました。さらには、どうせホールが釘を叩くという前提で、ぱちんこ台のメーカーも、流通からの要請を受けて、保通協で認可された台をそのまま出荷するのではなく、ある程度射幸性を高めた状態で出荷することが常態化してきました。

警察庁が認可するために厳密な検査をしていたにもかかわらず、メーカーも流通もホールも守る意志がないのであれば、問題になるのは当然といえましょう。

「過払い金」に類似、敗訴なら業界壊滅か

警察庁を中心とした当局とぱちんこ業界は、「天下り」などで癒着していると指摘されることがありますが、実際には、ぱちんこ業界が受け入れている警察庁のOBらが、ぱちんこ行政を司る現役の局長クラスや課長クラスに強い影響力を及ぼすことはまずありません。

警察庁は業界にとって不都合なことでも、平気でやります。そのため今回のように、新任の課長や課長補佐が「業界全体の是正をするぞ」と言い始めると、業界の事情や過去の因習に関係なく、いきなり調査が始まるわけです。

そして、今回の警察庁の強硬姿勢は、いままで放置されてきた「射幸性の高いぱちんこ台は望ましくない」という原理原則に立ち戻るものです。それは風俗営業法上の問題だけではなく、刑法の「賭博罪」に関わってきます。

我が国は刑法第185条で賭博を禁じていますが、この法律には「ただし、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りでない」という除外規定があります。すなわち短時間の遊興として数千円程度の賭け事をすることは問題ないとされています。

つまりぱちんこが賭博とならない理由は、いわゆる「三店方式」と呼ばれる特殊な換金方法とは別に、刑法上の賭博にあたらない程度の射幸性の低さを「保通協」の検査が保証しているからです。このため違法な台が流通しているとすれば、「ぱちんこは賭博ではない」という筋立ては崩れます。

健全化を果たすためには、いま営業しているすべてのぱちんこ台を入れ替える必要があるでしょう。業界の自業自得とはいえ、数百億円のコストがかかる作業です。

翻って、昨今のぱちんこ愛好家は、財布に数万円から10万円以上を入れ、1日ぱちんこを打って勝った負けたとやっているわけですから、賭博罪とみられても仕方がないでしょう。また業界が「遵守しているから賭博ではない」としてきた風俗営業法の第9条「著しく射幸心をそそるおそれのある遊技機の基準」の解釈も大幅に見直される可能性があります。

そのとき浮上するのは、ギャンブル依存症を含んだ消費者問題です。ぱちんこ業界を成立させてきた「三店方式」と言われる換金方法は、業界が適法化を目指して編み出した方法です。ぱちんこ換金からの暴力団の締め出しに大きな効果をもたらした一方、ぱちんこ愛好家という消費者の保護はなおざりになっています。

とりわけぱちんこによるギャンブル依存症の問題は、依然として解決の見通しが立っていません。ぱちんこ愛好家も射幸性の高い遊技台を求める傾向にあるため、顧客満足と依存症対策との間で強い葛藤を引き起こします。

そこへ、今回の不正改造釘の問題が浮上してくれば、「いままで射幸性を高めた違法な遊技台を認可、製造、営業され、その結果としてギャンブル依存症に陥った消費者は違法な遊技台を長年放置してきた業界全体の犠牲者なのではないか」という話になってしまいます。

これは消費者金融の過払い金問題と極めて似ています。かつて「サラ金」として我が世の春を謳歌した消費者金融は、派手な店舗展開や広告宣伝で花形産業として君臨していました。

ところが2006年に最高裁が、「グレーゾーン金利」を認めず、「過去に取りすぎていた利息(過払い金)を顧客に返還せよ」という判断を下すと、各社は巨額の過払い金返還に見舞われ、大手も次々と経営破綻や身売りに追い込まれました。

ギャンブル依存症で苦しむ本人や家族だけでなく、一般にぱちんこを楽しんできた層も「違法なものを遊ばされた」として、これまでの遊興費の返還を求める大規模な消費者団体訴訟も起こりかねません。そうなれば、業界全体が壊滅的な打撃を受ける判決が出る可能性もあります。

国策気味な割にまったく進まないIR法(カジノ法)や、遊技台の流通そのものに税金を1台いくらでかける類のぱちんこ税構想まで、業界を取り巻く環境は激変しており、毎週のように状況が変わっています。

1月4日から始まった通常国会で下手な質問でも野党から出ようものなら一気に問題が火を噴く危険性もあるため、動静を固唾を呑んで見守りたいと思います。

日本生産性本部「レジャー白書2015」によると、2014年のパチンコの市場規模は24兆5040億円、参加人口は1,150万人だった。なお本文内では法律上の用語である「ぱちんこ」に表記を統一した。

平成24年6月18日国家公安委員会規則第七号「遊技機の認定及び型式の検定等に関する規則」では、「別表第4 ぱちんこ遊技機に係る技術上の規格」で、「遊技くぎ及び風車は、遊技板におおむね垂直に打ち込まれているものであること」としている。

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