「小説より面白い?」

画像の説明 中国広東省で秦朝末期の武将「項羽」の子孫を名乗る男が秘密結社をつくり、爆弾テロによる政府転覆を画策したとして逮捕された。

犯人らはクリーニング店をアジトに「天下取り」に向けた謀議を重ねていたという。反体制運動など政治的に敏感な話題は徹底して情報統制を行う官製メディアだが、今回はなぜか微に入り細をうがって事件を報道し、異例ずくめの展開をみせている。

TNT火薬を自作

国営新華社通信などが7日報じたところによると、爆弾テロで公共の安全に危害を及ぼそうとしたとして逮捕されたのは広州市のクリーニング店経営者、項逢選容疑者(41)ら21人。項容疑者ら幹部7人は8月、周辺メンバー14人は9月に一斉逮捕された。

項容疑者はソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を利用し、「武装暴動」によって現在の体制を転覆させ「民主憲政の道」を目指すと公言。理念への共感者が見つかると、広州の自宅に身を寄せるよう誘って食事や住まいを与え、仲間に引き込んでいた。今年3月にネットユーザーが通報し、警察当局が内偵捜査を進めていた。

このグループは「影の軍団」や「民選党」を名乗り、人が密集する公共の場所での爆弾テロを計画。資産家を拉致して巨額の身代金を奪い、「武装蜂起」の費用を工面する予定だったという。

関係先からは爆発物や火薬の原料など約50キロあまりが押収された。また項容疑者はメンバー勧誘のために自費で文芸雑誌を編集・印刷し、ネットユーザーに贈呈したり売ったりして約4千部を発行していた。

「影の軍団の司令官」。「民選党の総統」。かつて窃盗罪で懲役5年の実刑判決を受け、出所後は堅実にクリーニング店を営んでいた人物が、なぜエキセントリックな「政治的野心」を抱くようになったのか。政権転覆をもくろむようになったきっかけははっきりしない。

項容疑者はネット上で自らを漢の高祖・劉邦と天下を争った武将、項羽の子孫だと主張していた。「史記・項羽本紀」にある「秦を亡ぼすは必ず楚なり」の言葉を頻繁に口にし、唐代の預言書「推背図」を持ち出して「数年後に項という姓の者が天下を握る」などと吹聴していた。

「帝政」「多妻制」復活目指す

ネット上で社会に不満を抱く人物を見つけると、勝手に「北京司令官」「南京司令官」などに任命し、相手の歓心を買っていたという。「民主憲政」のキャッチフレーズと「官位を封ずる」行為は両立しようがないのだが、項容疑者の参謀役を務めた馬驥(き)容疑者(65)に至っては「帝政復活」を掲げていたというからますます訳がわからない。

ネットのチャットを通じて項容疑者と知り合い、はるばる上海から広州に駆け付けた馬容疑者。留置場に取材に訪れた共産党機関紙・人民日報の記者に対し(中国の官製メディアは勾留中の被疑者への取材も許される)、「自分は清朝時代の皇族の末裔(まつえい」だと主張した。

素行不良で職場をクビになったという馬容疑者だが、心の中では祖先の「昔日の栄光」を思い、「帝政」や「多妻制」の復活を夢想していたという。

「もし孫中山(孫文)が革命を起こさなければ、私には少なくとも爵位があったはず」と記者に語った馬容疑者。易学に通じ占いが得意で、ネット上での運命鑑定を通じてメンバーを勧誘し、「組織に加入すれば開運する」などと持ちかけていた。

ただ人民日報(電子版)によれば、馬容疑者の占いはパソコンの占いソフトを使っていただけ。記者から自分について占ったことがあるか聞かれると興奮気味に「閣僚級幹部になれる人物」と語ったが、「今年、自分が刑務所に入ることは占いで分かっていたのか」と問われ黙り込んだという。

化学品が影響?がんで死亡

誇大妄想や虚言のブレーキがきかなくなった末の犯行なのか。ただ「影の軍団」のもう一人のキーマンである張六毛容疑者(43)の動機は少し違ったようだ。

張容疑者は学校で有機化学を学んだが、化学製品工場で働いていた1999年、無断欠勤を理由に解雇され、その後は臨時工をしながら生計を立てた。

張容疑者は新華社の取材に「今年3月、友人の家で項が発行した雑誌を偶然見つけて非常に共感し、すぐに連絡した」ときっかけを語っている。

組織に加入後は自ら「世界の爆薬の90%以上について製造技術をマスターしており、TNT火薬などがつくれる」とアピール。項容疑者からTNT火薬を1トンあたり2万元(約39万円)、計100トン分を買うと約束され、真に受けていたようだ。ちなみに8月に天津市の倉庫で発生した2度の大規模爆発の規模がTNT火薬約24トン相当とされており、100トンは天津級の大爆発を計4回起こせるだけの量だ。

張容疑者は以前務めていた化学製品工場に忍び込んで原材料や設備を調達。自宅で実験を繰り返し、「実験結果にはとても満足した」と語っている。

張容疑者方のトイレからは爆薬に混ぜて利用する有機化合物「ニジトロトルエン」が検出され、爆薬の調合方法などが記された大量のメモや雷管の原材料なども見つかった。

化学工業の専門家の鑑定によると、張容疑者は高度な爆弾製造技術を有しているという

ただ張容疑者は長期間化学製品に接触していたため上いん頭がんを患っており、8月に逮捕された際にはすでにがん末期だったという。11月3日には鼻から計800ミリリットルの出血があり、翌日に死亡した。

5カ月間の爆薬の調合ががん発症の唯一の原因とは断定できないが、進行を加速させた可能性はある。

互いを軽蔑

「影の軍団」には綱領があったが、メンバー同士が信頼で結ばれていたとは言い難いようだ。

京華時報(電子版)によると、リーダーの項容疑者が掲げた政治理念について、張容疑者は「非常に幼稚でまるでユートピア。現実離れしている」と見下していた。ただ前妻から「役立たず」とののしられたことがあり、自分を評価してくれる項容疑者の「手先」として働くことを望んだとされる。

また人民日報によれば、馬容疑者は影の軍団のメンバーたちを「烏合の衆」とみていた。特に項容疑者に対しては、メンバーの多くが恋人を横取りされた恨みを抱いていたという。

こうした中国メディアの報道に虚偽がないとすれば、「影の軍団」メンバーは互いに軽蔑し合いながらも、社会への復讐心を唯一の紐帯として狂気に突き進んでいたようだ。

中国のネット上では今回の事件についてはさまざまな反応をみせている。「古代の乱世に生まれていれば豪傑だったかもしれんな」「100年前だったら無産階級の革命者」とちゃかす声がある一方、「どうしたら彼らの恨みを解くことができたのか考えるべきでは」と真面目に社会のあり方を自省する書き込みもある。

ただ最も目立つのは「犯人は全員、神経病(精神障害)だ」「中二病末期」とった冷めた声。無差別テロの計画は当然厳しく非難されるべきだが、犯行グループが「民主憲政」を掲げていたことから、共産党への反対者や人権活動家たちに対する「狂気の沙汰」「人生の敗北者」というマイナスイメージが結果的に植え付けられたともいえる。

あるいは事件を未然に防いだ手柄のアピールだったのか。いずれにせよ今回の事件の積極的な広報は、政府上層部の判断が働いたことは間違いない。

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