「税金」

画像の説明 かつて産炭地域として栄えた北海道芦別市。ピーク時に7万5千人を超えた人口はいま2万人を切っている。JR芦別駅の正面、「ギンザ」の看板がかかったパチンコ店はこの十数年、閉店したままだ。

店を所有する南川富美雄さん(53)は、60キロほど離れた岩見沢市で別のパチンコ店を経営しながら、芦別の物件の買い手を10年以上探しているが、見つからない。建物を壊して更地にすれば、約500平方メートルの土地を100万円で買う、という人はいた。しかし解体には1千万円かかるため、あきらめた。

市場価値がゼロに近い不動産物件だが、芦別市はこの土地に約150万円、建物に約4200万円の評価額をつけている。自治体が固定資産税をかける根拠となる物件の「価値」だ。この評価額などに基づき、南川さんは固定資産税・都市計画税合わせて毎年約76万円を納めている。「そんなに高く評価するなら」と、芦別市に物件で納めさせてほしいと申し入れたが、応じてもらえなかった。

芦別市は、高い評価額に据え置いている理由を「使っている、いないは持ち主の勝手。(固定資産税は)資産価値に対してかけるものだから変わらない」(税務課)と説明する。

市職員の給料を一時、1割カットするなど芦別市の財政事情は苦しい。このため市側にすれば、市税収入の半分を占める固定資産税収をなんとか維持したい。市は2013年まで5年間、固定資産税率を標準の1・4%より高い1・55~1・6%に上げ、いまも1・45%をかけている。

もうからなくなった物件の固定資産税評価をめぐり、自治体と事業者が争う裁判も起きた。

ログイン前の続き島根県邑南(おおなん)町のゴルフ場は06年、クラブハウスなどについた固定資産税の評価額(約8億1千万円)が実勢価格より高いとして、下げるよう町に求める訴訟を起こした。松江地裁は評価額を約4億7千万円に下げる判決を出し、12年に最高裁も支持して確定した。邑南町が判決確定後につけた新たな評価額をめぐっても訴訟となり、ゴルフ場側は今年、再び勝訴した。

最高裁は08年にも「市場価値の低下」を理由に、鳥取県倉吉市のショッピングセンターの評価額の減額を認める判決を出している。

■「マイナス価格」の土地、売買仲介も頼めず

広島県内の山間部に朽ちかけた空き家がある。土壁はくずれ、障子は破れて風に揺れる。ここに一人で暮らしていた男性は10年ほど前に88歳で亡くなったが、相続する人はいない。

死後だれも相続しない財産は家庭裁判所が選ぶ「相続財産管理人」が管理する。不動産が売れれば、管理人は報酬を取ったうえで国庫に納めるのが通常の流れだ。しかし、「売るに売れない不動産」となるとやっかいだ。

広島の空き家の管理人になった司法書士によると、土地に約100万円、家に約7万円の固定資産税評価額がついており、ほかに田畑や山林もあるという。司法書士は、男性が残した約150万円の預金の中から年約1万円の固定資産税を払い、草を刈るなどの管理をしているが、売れるなら売りたいのが本音だ。

司法書士は「ここは『管理費』をつけて引き受ける人がいるかどうかだ」という。0円でも引き取り手が現れないなら、お金を渡してでも引き渡す。いわば「マイナス価格」での取引だ。だが、そんな取引の仲介を頼める不動産業者はまずいないという。

宅地建物取引業法で、不動産売買の仲介手数料は「200万円以下は5%が上限」と定められている。取引価格がマイナスだと、仲介手数料をとることが違法になる可能性がある。

司法書士が担当した別の物件は、固定資産税評価額が約250万円だった。相続人が買い手を見つけたが、実際に売れた価格は10万円。もし不動産業者が仲介しても、手数料は最大5千円(消費税を除く)だ。地元の不動産業者は「仲介するには物件の調査も必要なので、5千円では話にならない」と話す。

遺族に相続の意思があったとしても、相続や所有権を移すための登記に手数料が30万円ほどかかる。このため「亡くなった人の名義のまま、物件を放っておく遺族も珍しくない」(司法書士)という。

■見知らぬ山林、処分に130万円

引き取り手がなく、固定資産税だけかかり続ける土地の処分に奔走する男性がいる。13年4月、大阪府の会社員男性(61)のもとに、愛媛県にある見知らぬ土地の固定資産税の納付を求める「納税通知書」が届いた。1938(昭和13)年に32歳で亡くなった祖父の弟名義の土地(約1万2千平方メートル)だという。

名義人は死亡した祖父の弟のまま、相続の権利があった男性の祖父、そして父が70年以上にわたって固定資産税を納めてきた。その父が11年に亡くなったため、愛媛県の自治体が大阪の男性を新たな「相続人代表者」に指定し、納税を迫ってきたのだ。

起伏の大きな山林や荒れ地で、男性にとっては何の利用価値もない土地だ。ところが、自治体はこの土地に94万4千円の固定資産税評価額をつけている。評価額からはじき出される税額は年1万3200円だ。

通知書には「相続財産は相続人全員の共有財産なので、全員に連帯納税義務が生じる」などと書いてある。男性は「このまま子や孫に税負担を続けさせたくない」と考え、自治体に相談した。自治体は、隣の農家に土地を譲る方向で話をつけてくれたが、その手続きが大変だった。

弁護士に相談すると、土地を譲るにはまず名義人を大阪の男性に変える必要があるという。ところが、亡くなった祖父の弟の遺産を相続する権利を持つ人は38人もいた。死後80年近く相続手続きをしない間に、相続権を持つ親族がどんどん増えていたのだ。

男性名義にするには38人全員の同意が必要だ。男性は13年12月、全員に手紙を送り、昨年5月までに35人の同意を得たが、3人からは返事がない。そこでやむなく裁判で決めることになり、38人を相手に松山地裁に訴訟を起こした。異議申し立てがなければ、その土地は来月ようやく男性名義となる。弁護士費用や不動産登記の手続きに130万円ほどかかる。固定資産税の100年分だ。

■増える「価値ゼロ」不動産、柔軟な評価制度が必要

市町村税収に占める固定資産税の割合は全国平均で42%。人口や景気で変動しやすい市町村民税などに比べ、土地や建物にかける固定資産税は市町村の貴重な安定財源となってきた。

商業用の場合、事業に失敗した物件は安値で売り払われるのが普通だが、建物の固定資産税評価額に実勢価格はほとんど反映されない。税収を維持したい自治体は評価額を簡単には下げない。島根県のゴルフ場の裁判を担当した物部康雄弁護士は「採算を見込んで造った豪華な建物が失敗すると、建物の取引価格は下がるが、固定資産税は下がらず、放置される原因になっている」と指摘する。

過疎地では全く買い手がつかない「価値ゼロ」の土地も少なくないが、固定資産税は、土地を利用したい人がいるかどうかに関係なく課税する。土地の税額の根拠になる「公示地価」は実勢価格をもとにしているはずだが、「バブル後の実際の地価の下がり方に、地方の公示地価が追いついていない」(不動産鑑定士)のが実態だという。

このため、所有する気がない土地の税金が所有者や遺族にかかり、処分しようにもできない事態が各地で起きている。過疎や人口減で価値を失っていく不動産は今後も増える。そうした時代の変化を前提にした柔軟な税制への見直しが必要だ。

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