「保険料」

画像の説明 黄信号。さあ、ブレーキとアクセルのどちらを踏むべきか――車を運転していて、こんな選択を迫られることがよくある。

テネシー州チャタヌーガのグラント・トーマス(23)は、もう一つのことに気をつけて1998年製のホンダ・シビックを運転している。急なブレーキを踏むと鳴る「ビー」という警告音だ。

プログレッシブ(Progressive)社の自動車保険に入った際に、ダッシュボードの下に取り付けた装置が出す音だ。

警告は同社でも把握しており、回数が多いほど事故を起こしやすいと見なされる。この装置が発信するデータは他にもいくつかあり、トーマスの保険料を決める参考資料になる。

自動車保険は初期のころから、顧客の運転マナーをもとに保険料を決めようとしてきた。しかし、結局は、年齢や性別、既婚か否かといった特性の統計をもとに、運転者が事故を起こすリスクの度合いをはじかざるをえなかった。

それが、ここ数年で変わってきた。プログレッシブ社のように、ネットに接続できる車載型情報配信装置「テレマティクス」の活用を各保険会社が始めたからだ。それによって、個人ごとに、いつ、どれだけ運転し、マナーがどうだったかが分かるようになった。この装置を取り付ければ、保険料が最大で30%も割り引きになる特典付きだ。

ただし、この取り組みは、まだ始まったばかりだ。装置の小型化が進み、価格も安くなっており、利用の本格化はこれからだろう。運転データをスマホで送るアプリの開発も始まり、この流れに拍車をかけることになりそうだ。

さらに、集めるデータの種類を増やすことで、より大きな変化が生じるかもしれない。例えば、車の位置情報を加えれば、高速道路をどのぐらいの頻度と速度で移動したかが分かる。事故にあうリスクの有力な手がかりになるため、実際にこうした情報をチェックし始めた保険会社もいくつかある(高速道路の方が、一般的に事故率が低い)。

一方で、テレマティクスの利用には問題もある。車の動きを保険会社がすべて把握するという考えには、批判的な人が多い。とくに、消費者保護団体には、収集データの利用方法に対する懸念が強い。深夜勤務のシフトがある人や貧しい地域に住む人には不利に作用し、保険料が高くなることも考えられるからだ。

「テレマティクスは、かなりの有望性を秘める半面、危うさも内包している」。低所得者層と少数民族の消費者利益を守るための非営利団体・経済的正義センター(Center for Economic Justice)の役員バーニー・バーンボームはこう指摘し、「現状では危うさの方が強い」と見る。

それでも、こうした批判的な人でさえ、テレマティクスには潜在的な有益性があることを認めている。保険のあり方を、どう運転しているかの利用実態に基づいて変えていくことが可能になるからだ。

運転マナーがよければ、保険料は下がり、悪ければ、上がる。急ブレーキのときの警告音のように、マナーが常に点検されることで、道路はより安全になる。

あるいは、より長距離を運転する人の保険料を上げることで、車での移動を抑制し、交通渋滞を緩和し、環境にもやさしい変化を促すことができるようになる。

「この『利用実態に基づく保険』という理念は、公正さという点でも、実用性という点でも、これから米国と世界の自動車保険の主流になると信じている」と保険会社のテレマティクス運用を支援しているタワーズ・ワトソン(Towers Watson)社の役員ロビン・ハーベッジは強調する。

この新理念に基づく保険商品は、二十数社が扱うようになった、とハーベッジは語る。中でも、冒頭のトーマスが加入しているプログレッシブ社の「スナップショット」は断トツの人気商品で、2014年の保険料収入は26億ドル(1ドル=125円で3250億円)と、同社の取引高の15%を占めるようになった。

スナップショットの装置は、手のひらほどの大きさの楕円(だえん)形をしており、ワイヤレスでネットに接続。1日のうちの走行時間・距離と急ブレーキについてのデータを自動的にプログレッシブ社に送る(「急ブレーキ」は速度が急に毎時7マイル(11キロ余)以上も落ちた場合と定められている)。

プログレッシブ社でこの分野の保険を担当している統括部長のデイブ・プラットによると、16年にはスマホを使うことができるようになり、同社にとっては関連経費の節減も見込まれている。

同社は、全米のほとんどの州でテレマティクスの装置を取り付けてから30日後に、保険料の暫定割引率をはじいている。6カ月たつと保険料は固定され、顧客は装置を返却する(いくつかの州では、スナップショットに契約すると同時に暫定割り引きをしている)。

スナップショットの発売当初は、契約者には保険料を割り引くか、引き上げないことで売り込みを図っていた。しかし、14年12月からは、ミズーリ州でリスク度の高い運転者には保険料を最大で10%引き上げるようになった。最近では、これをインディアナ、ネブラスカの両州に広げ、今後はさらに適用地域を拡大していく方針だ。

いくつかの装置は、車の位置も特定することができる。今のところは、社内調査のために位置情報を集めているにすぎないが、いずれは保険料を決める要素の一つになりそうだ、とプラットは語る。

一方で、位置情報の収集やスマホアプリの活用は、保険会社によるプライバシーの侵害につながるという懸念も膨らんでいる。プログレッシブ社の場合、自動車保険顧客の約3分の1は、スナップショットには関心がないとしている。

自動車保険に新規参入したメトロマイル(Metromile)社は、どう運転しているかではなく、どれだけ走るかということを保険料算出の最大の基準にしている。同社の最高経営責任者ダン・プレストンは、いくつかの調査結果をあげ、事故のリスク度は、運転マナーより走行距離が最大の要因になっていると説明する。

同社の保険料は、年齢などの基本要素と車種に応じて基礎レートをはじき、あとはテレマティクスで測る走行距離で決まる。1マイルあたり約6セント以内の負担で、「走るほど多く支払う」という単純明快な料金設定だ。顧客も「自分にとってのメリット」を計算しやすく、これが受けていると言う。

前述のタワーズ・ワトソン社のハーベッジによると、ほとんどの人は保険会社に自分の運転データを把握されたとしても、その見返りさえあれば、あまり気にすることはなさそうだ。とくに、若い世代ではこの傾向が顕著だと言う。

チャタヌーガのトーマスも、その一人だ。「おばあちゃん運転」を自負し、法定速度は常に守る。自分の運転が、監視されているなどということは、気にしていない。

気にしているのは、別のことだ。装置を取り付けてから1カ月。警報音は11回鳴った。うち10回は、黄信号でブレーキを踏んだためだ。

それでも、まだ5%の割り引きを適用されているが、安全運転をしようとしたことが、戒められているような気がしてならない。「これには、本当にイラつくよ」とトーマス。「黄信号になったら、アクセルを踏んでやれ、と思いそうになるね」

ハーベッジには、この新しい自動車保険の将来に楽観的な理由がもう一つある。

「世代という点で見れば、この保険はこれからますます多くの人に受け入れられるようになるに違いない。位置情報を利用したアプリを何年も使ってきた人たちは、これもその延長線上にある利用形態の一つと見るだろうから」

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