「貧乏くさい」民主党のマニフェスト 

画像の説明 民主党のマニフェストに、チャンスボールを打ち返せる力はあるか?

安倍首相が21日に解散を発表する前から、民主党は首相が解散に打って出ることを予想していたはずだ。

例えば、海江田万里代表が名刺交換した相手等に送っていると思われる「海江田万里の政経ダイアリー」の11月13日号(解散発表の1週間前)では、「安倍総理の、大義のない自己チュー解散」というタイトルで、その後の展開を正しく予想し、前もって解散を批判している。

民主党が、総選挙に備えて選挙公約、同党の表現でいう「マニフェスト」を準備していたことは間違いない。

安倍政権には十分隙あり

筆者は、安倍内閣が解散によって有権者に信を問うことが「大儀なし」とは思わない。アベノミクスの継続と共に、特に「三本の矢」の中で進捗が遅れている規制緩和等の成長戦略を推進するための国民の承認を得るために今回の総選挙を使う、というのであれば、十分に意義のある選挙だと思う。

一方、前回総選挙で下野した野党である民主党は、次期選挙のチャンスを心待ちにし、何時でも選挙を受けて立つ姿勢でいるのが本来の姿だ。「今回は早くチャンスが回ってきて嬉しい!」というくらいの弾むような意気込みが欲しいところだ。

海江田氏のメルマガは、予想された解散に対して「考えられるのは、アベノミクスに黄信号が灯りだしたから、野党の選挙対応が整わないうちに解散を打っておく、という手前勝手な理由しかない。今の時点で、今度の解散を名付けるとすれば『安倍総理の自己チュー解散』とでもいうことになるだろう。」と読み手が脱力するくらい率直な文章を書いていて、些か心許ない。

選挙対応が整っていないことを暗に認め、前もって負けた時の負け惜しみを言っているような感がある。しかし、選挙は水物、まだ負けと決まった訳ではない。

ところで、安倍首相は自信満々のはずのアベノミクスに対する評価だが、『日本経済新聞』(11月24日朝刊)の世論調査では、「評価しない」が51%、「評価する」の33%を上回るなど、案外枕を高くしていられる状況ではない。民主党がマニフェストの冒頭で強調している通り、物価上昇と増税の効果を考慮した実質賃金は対前年比大幅マイナスの状況であり、現実に生活が苦しくなっている有権者が多い中での解散は、政権にとって大きなギャンブルだ。

選挙戦で、野党が安倍政権を的確に批判出来れば、あるいは、有権者の間で安倍政権に対して「ちょっと懲らしめてやりたい」といった感情が湧くことがあれば、民主党はいきなり過半数を取ることは難しいとしても、相当の党勢回復が短期間に達成出来る可能性がある。

率直に言うなら、多くの選挙区で、民主党候補の名前を投票用紙に書かなければ、自民党の候補が当選する状況であることを、有権者も分かっている。

そうなると、民主党が影響力を持った場合に何を目指しているか、また与党の方針の何を批判しているのかを端的に表す今回の総選挙のマニフェストは重要な意味を持つ資料だ(http://www.dpj.or.jp/article/105525)。

現実的に民主党が次の政権党になる可能性は小さいだろうが、今回の総選挙に向けた民主党のマニフェストを検討してみたい。有権者にとっては、自民党政権の継続を拒否した場合の、たぶん唯一の現実的な選択肢でもある。

アベノミクス批判は不成功

硬い表情の海江田代表のポートレートが載っている表紙を一枚めくると、「実質賃金が15ヵ月連続マイナス。働く人はますます苦しく。」、「GDPが二期連続マイナスに!アベノミクスは期待はずれ。」といった、アベノミクス批判が展開されている。

実質賃金が下がっているのは事実だ。但し、円安等で実質賃金を下げないと、失業は減らなかったはずだし、名目賃金が継続的に上がる事が可能な完全雇用に近い状況をキープしないと、デフレ脱却は困難だ。

一方で、民主党政権時代よりも完全失業率は低下し、有効求人倍率が上昇し、アルバイトの時給は改善している。アベノミクスが、資産を保有する層と共に労働市場での最弱者層を助けたことを評価しないのはフェアでない。

当初は中間層の実質所得に負荷が掛かるが、デフレを脱却し、成長戦略(主に規制緩和だ)を実行すると、中間層の生活改善も可能だという手順を想定する政策パッケージがアベノミクスだ。

安倍政権側が反論出来ない弱点があるとすると、「第三の矢」と称する生産性を改善する成長戦略が殆ど進捗していないことだ。民主党は、この弱点を上手く突けていない。「構造改革」という言葉は流行らなくなったが、民主党が政権に就いた時、有権者が民主党に期待していたのは、既得権層と馴れ合った自民党には難しい大胆な改革であったことを思い出すべきではなかろうか。

まして、二四半期連続のマイナス成長は、アベノミクスが原因ではなく、民主党の野田政権時代に決まった消費増税が主な原因だ。与党側に、あるいは日銀にも誤算がなかったとはいえないが、この景気急減速に関しては、民主党の責任が相当に大きいことを認識して貰わないと困る。

そもそも、民主党が、消費増税のスケジュールを公約して政権を取っていたら、その後に民主党が国民から不満を持たれることはなかった。「三党合意」は、政治的には、曲芸のような技だったが、国民から見ると「だまし討ち」だった。

それにしても、小沢一郎氏の一派とその他の一派の仲間割れを誘いつつ、菅直人氏、野田佳彦氏に消費税増税が手柄であるかのように吹き込んで、参院選、総選挙と消費税を道具にしながら増税の成果も得て、官僚に敵対的だった民主党政権を葬ったのだから、財務省の手際は鮮やかだった。

では、本題に戻って、民主党は、アベノミクスをどうしようと考えているのか、マニフェストから探ってみよう。

メインタイトルに「アベノミクスからの転換。」、サブタイトルに「『厚く、豊かな中間層』を復活させる」と題したページでは、急激な円安、物価高、実質賃金低下を招いたのは、「過度な異次元緩和」だとして、「国民生活に十分留意した柔軟な金融政策」を求めるとしている。

そもそもデフレを解消するためには、為替レートを円安に持っていく必要がある。また、現状の「物価高」は消費税の影響分を除くと、目標である2%の達成が危ぶまれる僅かなものであり、物価をもう少し上げるために日銀は追加緩和に「追い込まれた」のだ。現状を物価高と認識するようでは、民主党はデフレ復活を目指している政党だとしか考えられない。

民主党のマクロ経済への認識は、とても国民のためになるものとは思えない。

金融緩和とマイルドなインフレを目指すことを大筋で支持するが、たとえば、国民の年金資金で株式を巨額に買い入れることの弊害を批判するといった各論を攻撃するなら分かるが、アベノミクスへの対抗軸を出そうとするあまり、本筋で間違えてしまっては、多くの有権者の信認は得られまい。

仮に、民主党が政権に就いたら、金融緩和を減速或いは撤回させるのかと想像すると、ぞっとするような経済状況が目に浮かぶ。経済政策面では、今の彼らに政権は任せたくない。

「透明な再分配」

民主党マニフェストは、「資材高騰、入札不調、民需圧迫を招いた『バラマキ財政』」であるとして、アベノミクスの「第二の矢」を批判している。

需給ギャップを埋めないと物価は上がらないので、当面財政を使うことはやむを得ないが、自民党政権が矢を放った方向が今一つ適切でなかったことは事実だ。これに対して、民主党が「子育て支援、雇用の安定、老後の安心。『生活の不安を希望に変える人への投資』」を行うとしていることは、かつての「コンクリートから人へ」に沿った方針でもあり、一応評価出来る。

景気の落ち込みにあっては、個人消費の落ち込みの影響が大きく、広い範囲の個人に対して使える現金が増えるような施策を講じることは適切だ。ここは、具体的な案を提示して戦うべきポイントだが、かつて具体的なマニフェストが後の重荷になったことに懲りたか、「人への投資」に具体性が欠けるため、魅力の無いマニフェストになっている。敢えて言う。「根性の無い人々だ」。

アベノミクスの大きな弱点の一つは、分配政策を欠いていることだ。適切な社会的再分配の必要性を訴えることは、民主党の主張の看板になり得る。フェアで効率的なセーフティーネットが欲しいと思っている有権者は多いはずだ。

この際に、給付付き税額控除(負の所得税)のような、官僚・政治家の裁量の余地が乏しく使い道が自由な「透明な再分配」と、政治家が大好きな公共事業や官僚の裁量で貰えない場合がある生活保護などに象徴される「不透明な再分配」の二種類がある。

ここで、クリーンで行政コストも安い「透明な再分配」の立場に立つことを民主党が主張すると、旧来の自民党を連想させる「不透明な再分配」との対立軸ができる。

「透明な再分配」は安倍政権が真似る可能性があるが、好ましい政策が与党に真似されるなら、野党として建設的な役割を果たしているといえる。

成長戦略では逆噴射

現在のアベノミクスのもう一つの弱点である成長戦略に対する民主党の取り組みはどうかというと、「貧しい」としか言いようがない。

同党のマニフェストが挙げているのは、「グリーン、ライフ、農水産業、中小企業に政策資源を集中」、「地域産業の活性化を図り、コンパクトシティの形成をめざします」、「NPO税制を維持拡充」といった、地味なものばかりがささやかに並んでいる。

大規模な規制緩和も、法人税率の引き下げもない。これでは、日本経済の腹の足しにならない、と言うしかない、貧乏くさいマニフェストだ。

加えて、労働法制に関しては、「労働派遣法の改悪」、「残業代ゼロ法案(ホワイトカラー・エグゼンプション)「解雇の金銭解決制度」、などの導入に反対すると述べて、規制緩和を止めようとしている。

これらのうち、ホワイトカラー・エグゼンプションはあまり筋が良くないかも知れないとは思う。しかし、それ以外に、派遣の拡大を妨害すると雇用機会が減って困るのは、派遣などで食べている非正規労働者達だし、解雇のハードルを上げて企業にとっての実質的な人件費を上げていることが正社員の雇用を減らしている、といった経済的な現実を理解せずに、現在時点で安定した雇用を得ている恵まれた正社員層の既得権維持に腐心しているとしか思えない。

これでは、経済が活性化しないし、正社員層は益々薄くなる。

民主党が、労働組合(既得権正社員のクラブだ)の利益を代弁する政党であることの限界が露呈している。

ゲゲゲの鬼太郎の再放送

何度か通読してみて、それにしても迫力のないマニフェストだ。

選挙戦がこれからどう転ぶのかは、まだ分からないが、民主党のマニフェストが、プラスに働くことはほぼなさそうだ。せっかくチャンス・ボールが投じらるのに、フルスイングしようとしているように見えない。

ところで、巷間、自民党は30議席減とも50議席減とも言われており、過半数を取るとしても、前回の反動が出る可能性がある。この場合、多くの議席の受け皿になるのは民主党ということになるだろうが、すると、これは現在の執行部の功績になり、現執行部が続投することになるのだろうか。

今回の総選挙にあって、安倍政権側の実質的に最大の武器は「有権者が民主党の前政権に持つネガティブな記憶」だろう。個々の方に恨みはないが、前政権で要職にあり、冴えない記憶と結びついた方々が党の顔を勤める現体制は、マーケティング的な目で見て余りに魅力が乏しい。

今回の総選挙には間に合わなかったが、民主党は、今後の生き残りと党勢復活を目指すなら、そろそろフレッシュな顔ぶれに、幹部を世代交代させる必要があるのではないだろうか。

現在の民主党幹部諸氏は、有権者の目から見ると古びたイメージがこびりついた「昔の人」であり、ずらり並ぶと、漫画「ゲゲゲの鬼太郎」の再放送を観ているような気になる。ご年齢的に政治家としてまだ十分若い方達なのだが、いったん後進に道を譲ってはいかがだろうか。党勢が回復したら、また復活の機会もあるだろう。

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