仏教界悩ます個人情報保護

画像の説明 高まる流出の危険性

多くの個人情報を取り扱う仏教界で、足元を見つめ直そうという声があがっている。檀信徒(だんしんと)の名簿をパソコンで管理する寺も増え、情報の流出がひとごとでなくなったことが一因だが、仏教界には「過去帳」をめぐる差別問題と向き合ってきた歴史もある。信心の世界の個人情報はいま――。

「相次ぐ個人情報流出は対岸の火事として傍観すべきではありません」

ベネッセホールディングスの顧客情報流出事件が起きたあとの8月上旬、宗教専門紙「中外日報」にこんな趣旨の投書が載った。

投書の主は横浜市の曹洞宗貞昌院、亀野哲也住職(49)。最近は檀信徒名簿などのパソコン管理が一般化し、情報流出の危険性が増大したと指摘。過去帳などの厳重管理に加え、重要な個人情報を寺が扱っていることへの心構えを訴えた。

亀野さんは「故意、過失を問わず、電子データの流出は取り返しがつかない。そう認識したうえで便利さを享受すべきだ」。自身はパソコンに精通し、自分で使いやすいソフトを作って檀家情報を管理しているが、お寺の世界では、寺院用の情報管理ソフトにデータ入力の代行をセットにした製品も出回っているという。「操作が苦手だから」と安易に外注し、そこに悪意のある人物がいれば、ベネッセと同じ事態に陥りかねない。ほかにも、ネット流出、記録媒体を使った情報盗難などの危険性もあると亀野さんは指摘する。

宗派で檀家情報を管理するとなれば、管理の徹底はなおさらだ。

全国の信徒情報を一元管理する宗派もある。

臨済宗最大の妙心寺派(約3400寺)は今年度から、末寺の檀家情報を京都市の宗務本所で入力、「電子データ化」に取り組む。本部と末寺の関係強化や、檀家のお祝いや災害時のケアが目的だ。

末寺が提出した36万世帯に上る世帯主、住所などを登録。第一段階の作業はほぼ終了した。保秘契約を結んだ業者が宗務本所内で入力しているという。「ベネッセの事件以前から、入力する室内には手ぶらで入って、手ぶらで出てもらう。日々、帳簿に印鑑を押してもらってきた。さらに管理を徹底していく」と担当者は話す。

■過去帳で問題も、管理徹底呼びかけ

新たな危険への対処が求められている仏教寺院では、実はここ数年、古くて新しい問題にも頭を悩ませている。過去帳の外部流出を食い止められないでいるのだ。

「社会の見る目は厳しくなっているというのに、ここ1、2年、相当数の宗派で過去帳がらみの問題が起きている」。主な伝統教団など105団体で組織する全日本仏教会(全日仏)の久喜和裕・社会人権部長は「開示禁止」が守られていない現状を嘆く。

「知人が亡くなった」「お参りしたい」などと菓子折りを持ってお寺にやってきた人がいた。善意の人と見えたため、その気持ちに応えようと善意で故人の情報を提供すると、実は身元調査だった――といった話が今も絶えない。

全日仏は9月、「身元調査につながる過去帳の開示・閲覧は一切お断り!」という一文を広報誌に掲載。不祥事の一端を「個人情報をめぐる法整備を受けて、戸籍謄本などの取得が難しくなった結果、身元調査の業者などが寺院に目をつけている」と分析し、「善意で見せたことが差別の温存・助長につながるという認識が大事」と呼びかけた。

過去帳をめぐっては、主に結婚・就職の身元調査に使われたことが過去に問題化。1980年代、各宗派は外部への閲覧禁止を末寺に指示し、差別記載があった過去帳の書き直しを進めた。各宗派は僧侶の研修も重ねてきた。だが、それから三十余年。住職の代替わりや研修の形骸化などもあり、管理の不徹底が進んだ。

2年前、NHKの番組「鶴瓶の家族に乾杯」で、広島の浄土真宗本願寺派寺院が明治年間の過去帳に類する帳簿を自らのルーツを探る出演者に見せる場面が放映された。翌年には西日本新聞が「戦国武将の黒田官兵衛の妻の読み方が通説と違う可能性がある」と報じるなど、複数の地方紙が過去帳などの調査で歴史上の人物の新事実が判明したとする記事を掲載した。

いずれも「寺に行けば過去帳を見られる」という誤った印象を視聴者・読者に与えたとして、部落解放同盟などが抗議。同中央本部の西島藤彦書記長は「安易に過去帳開示を求める報道機関の問題も大きい。万人の平等を説く仏教が差別に加担するのはどうなのか。原点に戻って学習を徹底してほしい」と話している。(藤生明)

■仏教にも新宗教にも喫緊の課題

〈日蓮宗僧侶で弁護士の長谷川正浩・宗教法学会理事の話〉 寺院の檀家(だんか)数は多くて5、6百世帯。個人情報保護法のいう「5千件以上」の個人データを有する事業所には該当しない。そもそも宗教団体は個人情報取扱業者としての義務を免れているが、重要な情報をあずかる立場を考慮し、全日仏を中心に研修会を重ねてきた。ただ過去帳同様、指導に熱心な宗派もあれば、無関心な教団もあるのが現状だ。

最近では、布教に熱心な僧侶が檀家(だんか)の家族構成などを記した「現在帳」をつくる例があり、これらの管理徹底も必要だ。人々の苦しみに向き合おうとすれば「現在」の情報が欠かせない。そうした布教は新宗教が得意なだけに、新宗教側にも相当の個人情報が蓄積されているはずだ。その意味で、既成仏教、新宗教にかかわらず、個人情報の管理徹底は喫緊の課題だ。

     ◇

〈過去帳〉 檀信徒(だんしんと)の戒名・俗名、死亡日、年齢、続き柄などを記した帳簿。江戸前期、幕府による「宗門改(あらため)」実施とともに多くの寺でつくられた。封建的身分制度の影響から、侮蔑的な文字をあてた差別戒名や被差別部落の人々だけの差別過去帳がこの時期に生まれた。「『同和問題』にとりくむ宗教教団連帯会議」(同宗連)設立の1980年代以降、過去帳に類する文書の「閲覧禁止」が仏教界の大きな流れになった。金庫に施錠して管理している寺が多い。

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