乱立する官民ファンドはなぜ有害か

画像の説明主要なものだけで10も存在

乱立する官民ファンド

現時点で10もの官民ファンドの存在が確認できる。この他に、地域金融機関が官の出資を受けて全国津々浦々に設立している「地域ファンド」を含めると、まさに有象無象の無数の官民ファンドが乱立していることがわかる。

その合計出資枠上限は不明であるが、最大手の産業革新機構と地域経済活性化支援機構だけで3兆円程度はあり、すべてを合計すれば4兆円に迫る規模になっていてもおかしくない。しかも、官民ファンドを使う動きはとどまるところを知らない。この秋にも、国土交通省が主導して「海外交通・都市開発事業支援機構」なる1000億円もの規模の官民ファンドを立ち上げるという。

官民ファンドを使おうとする省庁も、経済産業省・国土交通省・文部科学省・内閣府・金融庁(地域ファンド)など多岐に亘り、どこからも歯止めがかからない状況だ。それもそのはず、その背景を辿ると、本来はこうした支出をストップする立場にある財務省にたどりつく。

07年頃から、財務省が一般会計予算の膨張を抑える切り札として、「産投会(産業投資特別会計)」と呼ばれる、NTTやJT(日本たばこ産業)株の配当や売却益を歳入とした特別会計の資金を使って、これらのファンドを作ることを各省庁に提案したというのはすでに定説になっている。本来は国の借金を減らすのに使われるべき資金が、官僚同士のいわば「馴れ合い」によって都合よく使われていると言っても過言ではない。

資本市場の規律なき「官民ファンド」の膨張

もっとも、財務省からすれば、こういう「ガス抜き」によって各省庁からの予算獲得合戦を抑え込めれば、財政支出の膨張を防ぐ効果があるということなのだろうが、各省庁にとっても自分が都合よく使える「第二の予算」を得る意味は大きかったのだろう。原資が産投会という特別会計であるとすれば、一般会計予算は使っていないように見える巧妙な仕組みなのだが、本来は財政収支の改善に使われるべきだった資金が流用されているのであるから、これらのファンドの真の原資は紛れもなく国民の税金であることに留意する必要がある。

民間のファンドであれば、その運営者は、当然に投資家の利益に対する忠実義務や善管注意義務を負う。実際、投資家の募集は地を這いずり回るような、筆舌に尽くし難いほどの苦難を伴う作業だ。官民ファンドを運営する側の各機構の職員は、税金を原資にしているゆえに、そのようなファンド募集の苦労をしているはずもなく、投資家(国民)の利益を守る義務など微塵も感じていないのかもしれないが、それは非常に危険なことなのだ。

資本市場の規律なき膨張

官民ファンドの原資が上記のように実質的に税金であるということ、さらには、表向きは産投会という「埋蔵金」の体裁を整えていたことにより、これら官民ファンドが資本市場の規律を持つはずがなかった。

さすがに政府も少し反省したのか、13年5月、官民ファンドをチェックする「官民ファンド総括アドバイザリー委員会」、13年12月には「官民ファンド関係閣僚会議」を立ち上げ、運営状況をモニタリングするようになったが、これら委員会・会議のメンバーに選ばれている大和総研副理事長の川村雄介氏は、「官主導のファンドも5~10年かけて全体の収益が年率1.5%以上あればまずまず成功」「ファンドの目的が本来の政策目的に合っているか(が大事)」(13年12月29日付・日本経済新聞)と述べており、要するに官民ファンドは、政策目的であって収益目的ではないと明言している。これらの議論を受けて政府が作った「官民ファンドの運営に係るガイドライン」(13年9月)でも、政策目的が強調されている。

一般的に、リスクに見合ったリターン(収益)を追求することによって、投資家の利益を最大化するというのがファンドとして維持すべき資本市場の規律の根幹である(投資家保護)。そして、民間のPE(プライベート・エクイティ)ファンド・VC(ベンチャーキャピアタル)の基準で考えれば、このようなリスクの高い投資案件に向き合う際、通常のリターンの目線は年率10~20%に置かれる。民間企業が2桁のROE(株主資本利益率)を目指すのが当然のグローバル経済の中では、民間PE・VCの目線は決して高いとは言えない。

官民ファンドの場合、原資は事実上税金なのだから、投資家は「国民」である。国民という大事な投資家に対して、「年率1.5%あれば成功」などと公言する官民ファンドは、リスクに見合ったリターンを追求しているとは到底言えない。逆に言えば、その程度の目標リターンでは、いくつかの投資に失敗しただけで、あっという間に国民負担が発生することになりかねない。

官民ファンドの弊害

それでも、10年後に、幸いにして官民ファンドに損失が出なかったとしたら、それで許されるのだろうか。残念ながら、そうではない。

第一に、その10年の間に、民間独立系のPEファンド・VCが死滅してしまうだろう。年率1.5%のリターンしか要らないという官民ファンドに、投資家保護の責務を負う民間のファンドが太刀打ちできるはずがない。将来の出口戦略も考えて投資する民間のPEファンド・VCは、合理性を欠く高い価格は提示できない。これに対して利益無視の官民ファンドは、案件に投資する段階で高い価格を提示できるし、将来のEXITも真剣に考える必要がないからだ。

すでに顕著に見られるように、官民ファンドは民間のPEファンド・VCが投資すべき領域にまで活動範囲を広げている。民間ファンドが手を挙げていたルネサステクノロジーに対して産業革新機構が乗り出してきたのは、ほんの一例に過ぎない。米国では、民間独立系のPEファンドやVCが資本市場の規律を効かせて、ダイナミックな産業の新陳代謝を担ってきた。もし日本にそれらの機能が不在になれば、今後何かあるたびに企業が政府に頼る構図に陥るであろう。それで喜ぶのは、活動分野が広がる官僚と、「お上」だけを見るヒラメのような横並び体質の大企業の役員だけだろう。

第二に、国民に対して不透明な形で実質的な補助金が企業に支払われかねないということだ。利益無視の資金が民間企業に渡るというのは、無利子貸付のようなものだ。仮にそれが政策目的なのであれば、そうした資金は、政策目的を明示した上、補助金として供与されるべきものだ。

しかし、もし政策目的で特定の企業や産業に補助金を与えるとしたら、それは政府が民間企業の箸の上げ下ろしまで差配する、旧態依然とした「ターゲティングポリシー」であり、まるで共産主義国家だ。政府が民間企業の経営をした方が良いというのであれば、日本の民間企業はすべからく国営化しなければならなくなる。

第三に、これら官民ファンドは、資本市場の規律がないゆえに、そのカネを手に入れた企業にも資本市場の規律を失わせ、そのようなゾンビ企業を生き残らせることで、産業の新陳代謝を遅らせる可能性があることだ。官僚が考える理想的な企業・産業像というものが全部間違っているとは思わない。しかし、産業の新陳代謝は、資本市場の規律に基づいて自然に行なわれるのが、本来の姿であることを肝に銘じたい。

REVICは零細企業の支援に徹すべき

地域経済活性化支援機構(以下「REIVIC」)は、企業再生支援機構を改組して13年3月に発足した組織である(表2)。さかのぼれば、その原型は、08年の通常国会で審議された「地域力再生機構」であり、地方の中堅・中小企業及び三セクを支援対象とするものだった。

「省庁の政策目的のために」使われる官民ファンド

ところが、現在のREIVICは、確かに中小企業の支援もしてはいるが、大企業の再生に相当の時間を割いているように見受けられる。中山製鋼所や、旧企業再生支援機構が手掛けた日本航空などはその好例だ。しかし、これらは本来民間のPEファンドが、資本市場の規律を守りつつ手掛けるべき案件だ。

政府が策定した「官民ファンドの運営に係るガイドライン」の中にさえも、「官民ファンドは民業の補完」であるべきと明記してある。REIVICが本来果たすべき役割は、(1)費用対効果の関係で民間ファンドが手掛けにくい地方の零細企業の再生、(2)民間の再生ファンドに対するシードマネーの提供、の2点であるし、それに限るべきだ。

幸いにして14年5月の法改正で、(2)の役割が認められることになったので、REIVICは、「地方零細企業の再生支援は自らの手で行なうが、中堅企業以上の再生は出資を行なった民間の再生ファンドに任せる」というポリシーを明確に打ち出していただきたいところである。

公的年金を民間のPE・VCへ導入せよ

筆者は予てより公的年金の分散投資の一環として、民間独立系PEファンド・VCに資金を振り向けるべきだと主張してきた。これは、今回問題にした官民ファンドとどう違うのだろうか。

確かに、公的年金も官民ファンドも、国民の保険料や税金を原資としている点では似通っている。しかし、決定的に違うのは、「公的年金の資金は資本市場の規律を持っている」ということだ。公的年金を預かるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、国民(投資家)の利益を守る義務を負っている。したがって、投資先である民間PEファンドやVCを選定する際はもちろん、その後のモニタリングでも、国民という投資家を代弁する厳しい目線を保持することになる。

PEファンドやVCは、長期の投資になる。公的年金もまた長期の目線を持った投資であるから、双方にとって大変相性がいい。長期の投資であるからこそ、産業の新陳代謝を担うことが出来るし、また、リターンも一般的に高い。そして、何よりも、公的年金の運用資産配分にPEファンドやVCを入れることは、運用リスクの軽減にも繋がるのだ(連載第41回)。

すなわち、公的年金によるPEファンドやVCへの投資は、「投資家である国民のために」「資本市場の規律を持って」行われるのに対し、官民ファンドは、「省庁の政策目的のために」「資本市場の規律を無視して」行われるものであり、両者の間には根本的な相違がある。国民の目線で見た時に、どちらの方が筋のいい施策であるかは、もはや火を見るより明らかであろう。

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