「新型コロナウイルスで北朝鮮崩壊の兆し」

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本稿は、中国で発生し、感染が拡大している新型コロナウイルスが、北朝鮮情勢に及ぼす影響について分析するものである。
 
今回の中国発のコロナウィルス感染症の拡大が北朝鮮に及ぼす影響は、比喩的に申し上げれば、「弱り目に祟り目」と言ったところだろう。これが嵩じると「失明」に至る危険がある。

カミュの「ペスト」:
不条理が集団(都市)を襲った物語
 
筆者は、新型コロナウイルスの感染拡大の様を見ていると、アルベール・カミュが書いた小説『ペスト』を思い出す。奇しくも出版は筆者の誕生の年の1947年だ。
 
カミュは、中世ヨーロッパで人口の3割以上が死亡したペストを、不条理が人間を襲う代表例と考え「ペスト」で、不条理が集団(都市)を襲う様子を描いた。
 
物語(当然フィクション)は、フランスの植民地であるアルジェリアのオラン市をペストが襲うという設定だ。
 
ペストが蔓延する中、人々が何もコントロールできない無慈悲な運命を非情な語り口で描いている。
 
新型コロナウイルスが発生し、感染が拡大している武漢市あるいは中国全土は「ペスト」の舞台となったのオラン市(面積は64平方キロで2006年時点の人口は68万3000人)とは面積・人口とも比べ物にならないが、相似性はある。

新型コロナウイルスの感染拡大が継続
 
2月2日現在、感染拡大が継続している。中国本土での患者は1万4300人を超え、死者は304人に達した。
 
なお、香港大の研究チームは、武漢市の感染者が最大7万5800人に上っている可能性があるとの推計値を1月31日付の英医学誌ランセットに発表した。
 
余談になるが、北朝鮮の金正恩氏はこの事態に臨み、習近平国家主席にお見舞いの書簡を送り「苦痛分かち合い、助けたい」と述べたという。
 
それを見た習近平氏は金正恩氏が置かれた苦境を察知し、苦笑しているに違いない。

北朝鮮に見られる異変
 
北朝鮮の“宗主国”である中国が未曽有の危機に見舞われるのと相前後して
、昨年末来、北朝鮮にも次のような異変がみられる。
 
これらの異変が、なぜ起こったのか定かではないが、金正恩氏の健康問題や体制の揺らぎなども否定できず、今後注視する必要があろう。

●「人工衛星」状態だった金平一の帰国(昨年末)
 
金正恩氏の叔父で駐チェコ大使だった金平一氏(65)が昨年末に、北朝鮮に帰国したと報じられた。
 
金平一氏は、金正日氏の異母弟で金正恩氏の叔父だが、金正日氏との後継者争いに敗れ、まるで人工衛星のように30年間以上も海外を転々としてきた。
 
その風貌が金日成主席と似ていて軍内にも支持者が多く、一時は後継者に目されていた。
 
2017年2月に金正恩氏の異母兄、金正男氏がマレーシアで殺害される事件の前には、欧州の脱北者団体が金平一氏を亡命政府の首班に担ぎ上げようとする動きがあったが、金平一氏は一貫して正恩氏に恭順の意を示してきたとされる。

金平一氏がこの時期に帰国した真意については不明だが、筆者は金正恩氏が死亡するなどの不測の事態に備え、反体制派から次期首班などに担ぎ上げられるのを未然に防止するというシナリオを憶測している。

●6年ぶりに金正日氏の妹の健在を確認
 
労働新聞によると、1月25日、金正日の実妹・金慶喜氏(正恩氏の叔母で、その夫の張成沢氏は正恩に粛清された)が旧正月を祝う記念公演の観覧に正恩氏と同席したという。
 
慶喜氏の公開活動は約6年ぶりで、病持ちの老女が健在を示した形だ。
 
金平一の帰国と相俟って、慶喜氏の登場は儒教国家の北朝鮮で寛容政策をPRし、何らかの事態に備えて内部結束や体制安定を図る狙いがあるのかもしれない。
 
儒教文化の中で、若造の正恩氏がリーダーシップを握るのは苦労が多いものと見られ、伯父・叔母までも動員せざる得ない状況(体制不安)に追い込まれたのかもしれない。

●年末の党中央委総会は尻切れトンボ
 
朝鮮中央通信によると、金正恩氏は党中央委の活動状況と国家建設、経済発展、武力建設に関する総合的な報告を行ったうえで、「革命の最後の勝利のため、偉大なわが人民が豊かに暮らすため、党は再び困難で苦しい長久な闘いを決心した」と述べ、報告を終えたと報じた。
 
総会は開催以前から「重大問題や新たな闘争方向と方法などを討議する」と鳴り物入りで開かれ、異例の長期間(4日間)行われたものの、何ら新しいビジョンを打ち出すことができず、尻切れトンボ状態で終わった感がある。
 
このことは、北朝鮮が米国のドナルド・トランプ大統領による「戦略的な遅滞作戦(制裁解除を匂わせながら合意・解決を先延ばしする作戦)」に翻弄される結果となり、金正恩氏が人民に「長期戦」呼びかけるだけで、その打開に行き詰っていることを物語るものであろう。
 
金正恩氏が生き残りを懸けたはずの対米交渉カードは、核ミサイルの開発であるが、トランプ氏の「戦略的な遅滞作戦」により、それは北朝鮮自身の身を削る「壮大な浪費」になるだけである。
 
金正恩氏の下では「明日」が見えず、人民は金王朝3代にわたる窮乏生活を強いられているが、それももはや限界に近づきつつあるのではないか。いよいよ追い込まれた感が否めない。

●ミサイルも発射せず:「クリスマスプレゼント」は反故に
 
昨年末、金正恩氏は米国に「経済制裁の緩和をしてほしい。12月末がその限度だ」と一方的に期限を示し、その結果次第では米国に「クリスマスプレゼント」を贈ると予告していた。
「クリスマスプレゼント」は弾道ミサイル発射である可能性が取り沙汰されていた。
 
一方のトランプ氏は「ミサイルではなく花瓶かもしれない」と冗談を飛ばす余裕を見せた。メディアなどは、「この年末がまずは一つの大きな山場」と報じていた。
 
結果は、金正恩氏は何もできなかった。
 
やはり米国が怖いのだ。米国との貿易戦争を「休戦」したい中国から「
余計なことをするな」とたしなめられた可能性もある。
 
金正恩氏の狂ったような核ミサイル開発の加速は、米国の関心を惹き、安全保障をより確実なものにする意味では正しいだろうが、それによる「壮大な浪費」は、確実に人民を飢えさせ、「人民からの反感」を募らせる効果を持つことを無視している感がある。

●金正恩氏の「新年の辞」なし
 
金正恩氏は2013年に政権が発足して以来、毎年発表してきた新年の辞を今年はやめた。これは異例である。
 
その理由として昨年末の党中央委総会で7時間にも及ぶ長広舌がそれに代わるからだと言われている。本当にそうだろうか。金正恩氏の健康悪化や体制の不安定化などの疑惑も浮上する。
 
いずれにせよ、前項でも指摘したように、北朝鮮は米国の制裁などで追い込まれ、新年の辞で新たなビジョンを打ち出すことができないのは事実であろう。
 
金正恩氏が「新年の辞」をやめた事実は、彼の「元首」として指導が破綻したことを疑わせるものである。

●金正恩の健康を蝕むストレス
 
昨年末、挑発を繰り返す北朝鮮に対して、在韓米軍は韓国軍と共同で特殊部隊により北朝鮮首脳部を攻撃し幹部を捕獲するといういわゆる「斬首作戦」の訓練映像を初めて公開した。
 
また、1月3日には、イラン革命防衛隊の精鋭部隊「コッズ部隊」のソレイマニ司令官がイラク・バグダッドで米軍のドローンから発射されたミサイルによって暗殺された。
 
これは、型破りのトランプ氏が破天荒な決断をするという印象を改めて金正恩氏に示したことになる。
 
本件は、トランプ氏の破天荒な決断のみならず、米国・米軍の情報能力がターゲットとなる要人をピンポイントで時々刻々フォローできることを内外に見せつけた。
 
これに対して金正恩氏は、「新年の公式活動」と称して平安南道にある肥料工場建設現場を訪問・指導する様子を1月7日付の朝鮮中央通信で報道させた。
 
金正恩氏は「強がり」を示したかったのだろう。だが、現実には自分が常に米軍に付け狙われていることを強く再認識し、恐怖感を募らせたであろう。
 
金正恩氏は、夢の中で厳寒の平壌を、枕を抱えてドローンの追跡から逃げ惑う夢を見ているのかもしれない。
 
独裁者の金正恩氏は、それでなくともストレスが多いのに、暗殺の恐怖はそれを倍加させることになろう。
 
体重が130キロの金正恩氏は、肥満や糖尿病などの生活習慣病があると見られ、ストレスの増加は病状を確実に悪化させよう。

●人事の刷新:軍出身の李善権氏の外相就任
 
朝鮮中央通信は1月24日、外務省が開催した旧暦の新年の宴会で、軍出身の李善権新外相が演説したと報じ、外相交代を確認した。
 
李氏は核問題や米国との交渉に携わった経験がないため、李氏の外相任命は北朝鮮事情に詳しい専門家には意外感を持って受け止められた。
 
米国務省のスティルウェル次官補(東アジア・太平洋担当)は李氏の外相就任について「変化があった。このこと自体が何かが起きたことを物語っている」と述べた。
 
また、人民武力相(国防相に相当)に金正寛陸軍大将が任命されたことが1月22日に確認された。金正寛大将は、人民武力省副相兼中将からの格上げである。
 
これら軍と外交のトップの交代(更迭)がいかなる意味があるのかは不明であるが、北朝鮮内部で何らかの異変が起こっているのかもしれない。
 
ちなみに、李氏は対韓国政策分野の実力者の一人で、南北軍事実務会談の代表も務めた。
 
2018年、南北首脳会談に合わせて平壌を訪れた韓国企業のトップらに「よく冷麺がのどを通るなあ」ときつい皮肉を言ったことが明らかになり、物議を醸した。

新型コロナウイルスが及ぼす影響
 
北朝鮮で上記のような異変がみられる中、中国で発生した新型コロナウイルスの感染拡大は北朝鮮にいかかる影響を及ぼすであろうか。

●中国の新型コロナウイルスの感染拡大は冷戦崩壊直後の悪夢と同じ
 
中国が今次新感染症の拡大で大きなダメージを受け、一時的にせよ弱体化する事態は、北朝鮮の後ろ盾だったソ連が崩壊(1991年末)した事態に似ている。
 
北朝鮮はその混乱の最中に金日成が死亡(1994年)し、若い金正日が待ったなしで政権継承することになった。
 
このため、北朝鮮は体制崩壊の危機に瀕した。金正日が政権継直後の1995年から98年にかけて飢饉のために約300万人が餓死した。
 
今次新感染症のダメージで、北朝鮮の唯一の後ろ盾である中国が弱体化すれば、そのダメージの程度にもよるが、北朝鮮はソ連崩壊と似たような困難な状況に直面せざるを得ないだろう。

●北朝鮮は米国主導の経済制裁下にある
 
そもそも、北朝鮮は米国主導の経済制裁下にある。その効果を疑問視する向きもあるが、以下の中国・ロシアと北朝鮮の言動を見れば制裁の効果は明らかである。
 
中国とロシアは昨年末、北朝鮮の海産物や繊維製品の輸出禁止措置の解除や、北朝鮮からの海外出稼ぎ労働者受け入れの規制緩和を安全保障理事会に提案した。
 
これは、北朝鮮の切実な願いを受けたものであろう。加えて、金正恩氏は対米交渉の期限を年末とし、制裁緩和などで米国が譲歩しなければ「新たな道」を選ばざるを得ないかもしれないと警告した。
 
このことも、米国主導の経済制裁が一定の効果を上げていることを自認するものであると解釈できよう。

●食糧事情の悪化
 
金正日氏が政権継承直後の1995年から98年にかけて約300万人が餓死したが、現在、金正恩政権の下でも、深刻な食糧不足の危機が差し迫っている。
 
国連が北朝鮮のニーズなどについてまとめた2019年版の報告書によると、2018年の食糧生産量は495万トンと、2017年の545万トンから約9%減少した。
 
農地が不足して農業機械や肥料が入手できず、自然災害(乾燥や猛暑、洪水)が相次いだことなどが原因とみられる。
 
このことは、国連の統計図「北朝鮮の穀物生産は1990年代の飢饉以来最悪の落ち込み」に示すように、1990年代の飢餓以来最悪の落ち込みを見せており、約1010万人(人口2489万人の約40%)が深刻な食料不足に陥っていると見られる。
 
中国は新年から鉄道で食糧輸送を開始した模様だが、新型コロナウイルスの感染拡大による物流の低下(新型コロナウィルスによる“通せん坊”)により、人民の「命の綱」が絶たれる恐れがある。
 
事実、米政府系のボイス・オブ・アメリカ(VOA)が英国およびインド外務省の情報として伝えたところでは、「平壌と中国の北京・遼寧省・瀋陽などの間を行き来する高麗航空の往復路線や、北京と丹東地域などを結ぶ国際列車などがストップすることになった」という。
 
北朝鮮各地の農村では、例年、春から初夏にかけて、前秋に分配された収穫を食べ尽し、秋の収穫までの端境期に食糧難に陥る「ポリコゲ(春窮)」が発生する。
 
この期間に、中国の食糧支援が得られなければ、北朝鮮では1995年から98年の飢饉を上回る悲劇が起こる可能性がある。
 
北朝鮮人民は、飢餓に加え、疫病(新型コロナウイルス、コレラ、結核など)の惨禍に苛まれることになる。

北朝鮮の穀物生産は1990年代の飢饉以来最悪に

●燃料不足
 
新型コロナウィルス感染拡大による国内の物流事情の悪化により、中国は、北朝鮮への石油供給の優先順位を下げざるを得ないだろう。
 
海上における瀬取りも、港湾の荷役や船舶の運航が労働者や船員の新型コロナウィルス感染で困難になる可能性がある。
 
さらにはイラン情勢次第では、事態がさらに悪化する恐れもある。そうなれば、北朝鮮の石油事情は、「爪に火を点す」ような事態に陥るだろう。

●軍の戦力低下
 
軍は、陸・海・空とも人と人の濃密接触が起こる場である。それゆえ、いったん感染が始まれば、全軍に蔓延する可能性がある。
 
そうなれば、北朝鮮軍による国防のみならず軍のクーデター対処や人民の暴動鎮圧能力も大幅に低下することになる。
 
皮肉な見方をすれば、ウィルスは金王朝の体制側も反体制側も弱体化するので“イーブン”と見ることもできる。
 
いずれにせよ、金正恩独裁体制を護持する軍の戦力低下はたとえ一時的にせよ、体制を動揺させる事態となろう。
最悪の事態は北朝鮮の体制崩壊
 
上述の「北朝鮮に見られる異変」と「新型コロナウイルスの感染拡大が北朝鮮情勢に及ぼす影響」で示した分析の結果を総合勘案すれば、最悪のシナリオとしては「北朝鮮の体制崩壊」が懸念されるところである。
 
このことは、他の重大案件を抱える米中にとっては共に「絶対に起こってほしくないシナリオ」であるに違いない。
 
もちろん、日本にとっても韓国にとっても迷惑千万なシナリオである。
 
しかし、現実には、北朝鮮の体制崩壊が東アジアの大動乱、それどころか米中を巻き込んだ世界的紛争の「引き金」になる可能性を秘めている。
 
3代続いた金王朝の終焉は、第2次朝鮮戦争ではなく、中国発の新型コロナウイルスの感染拡大によるものかもしれない。
 
いずれにせよ、中国発の新型コロナウイルスの感染拡大は、震源地の中国のみならず、周辺諸国、さらには世界規模で予期せぬ出来事を引き起こす可能性があることに注意すべきであろう。

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