「災害対策から生まれた日本人の責任性と対等観」

画像の説明

日本人の責任性と対等観は、頻発する天然の災害の中で、いかに生き残り、次世代によりよい日本をつないでいくかという共通意識から生まれています。

日本は常に天然の災害対策を念頭に置かなければならない国家だからこそ、日本人には共同体意識や責任感、人と人との対等意識などが育ったのです。

「元元本本」と書いて「もともとを、もととす」と読みます。
古い言葉ですが、日本を取り戻すということは、そうした日本の建国の原点に立ち返って、日本社会を、そして未来の日本を考え行動するということであろうと思います。

おかげさまで本日64歳になりました。
我が家は長男は代々70歳(±1年)が寿命の国なので、人生、あますところあと6年です。
これまでの人生で、人様に散々迷惑をかけて生きてきましたが、残りの人生ですこしでもその恩返しができればと思っています。

さて、いまから1400年の昔のことです。
日本は、推古(すいこ)15年(607)の第二回遣隋使(けんずいし)において、隋の皇帝煬帝(ようだい)に国書を送りました。

そこには、
「日出処の天子、書を没する処の天子に致す。 つつがなきや」
と書かれていました。

これに隋(ずい)の煬帝(ようだい)は激怒したとされてます。
激怒したということは、チャイナの史書にそう書かれていますから、おそらく本当のことであったのでしょう。
では、質問です。

「煬帝は、なぜ、この言葉に怒ったのでしょうか?」

これについて、日は東から昇って西に沈むから、日本が上でChinaが下であるという意味だから怒った、などと解説している学者がいましたが、馬鹿な話です。

なんでもかんでも上下関係の階級闘争で捉えようとするから、目が曇り、解釈を間違えるのです。

そもそも東も西も単なる方位です。
東西に上下はありません。

では「天子(てんし)」という言葉に怒ったのでしょうか。

書は、「東の天子」「西の天子」と述べています。
東と西が対等なら、東西ともどちらも「天子」です。
つまり、対等です。

要するに日本は、隋と倭国は「互いに対等だ」と述べているのです。

これに煬帝が怒ったのです。
つまり「対等」であるという日本の主張に怒ったわけです。

ここにチャイナと日本のマインドの、大きな違いがあります。

チャイナは古来、何から何まで上下関係を決めなければ、安心できない国柄です。

国柄だけでなく、人と人との関係も同じです。
社会の上層部から底辺に至るまで、すべてが上下関係によって構築されています。

その上下関係は、単に地位や身分を意味するだけではありません。
支配するものとされる者の関係を意味します。
ですから、上に立つ者は常に支配者です。
下の者は、常に隷属者です。
それが彼らにとっての、上下関係です。
国家関係も同じです。
全て上下関係が基礎になります。

下の者は、常に隷属を要求されますから、それは抑圧になります。
抑圧はそのまま社会のストレスになりますから、それが時折暴発します。
その暴発が大きくなると、ついには王国そのものを打ち倒します。

一方日本は、いかなる場合も、「対等」を尊ぶ国柄をもちます。
なぜそうなるかといえば、日本人は、古来一貫して陛下のもとにある「公民」だからです。

もちろん身分や立場の違いはあります。
けれどそれは社会的役割の違いであって、人間そのものの価値や国の価値を決めるものではない。

男と女、年長者と若者、武士と職人、町民と農民、頭のいい子、勉強のできる子と、勉強はイマイチだけど運動や体力に優れた子、それぞれに違いはあるけれど、むしろその違いを互いに尊重しあうことで、互いに協力しあって、より良い社会を築いていく。

天然の災害の多発する日本では、そうしなければ、人々が生きていくことができなかったのです。

日本社会はオーケストラにたとえることができます。

オーケストラに使われる楽器は、たとえばコントラバスとバイオリンでは、同じ弦楽器でも音が違うし、バイオリンとトランペットでは、演奏の仕方も出て来る音もまったく異なります。

同じ打楽器でも、シンバルと大太鼓では、出せる音がまるで違う。
その楽器同士が、互いに、俺は高い音を出せるけれど、お前は低い音しか出せない、だからオレの方が偉い、などとやるのは馬鹿な話です。
互いにその楽器の特徴を出し合って、みんなで力を合わせて、素晴らしい音楽を演奏する。

ひとりではできない、壮大な音楽を奏でる。
その壮大な音楽とは、ひとことでいえば、災害対策と復興です。

日本のオーケストラでは、指揮者が偉いわけでもありません。
指揮者も演奏家も、互いに人として対等な関係です。
ただ役割の違いはあります。
その役割の違いを、互いにきちんとわきまえ大切にする。
そうすることで、みんなが力をあわせ、より良い交響楽を演奏する。

そして演奏する交響楽団が、素晴らしい名演奏ができるよう、聴衆客も、演奏する楽団と一緒になって静かにこれを聴き支え、終われば万来の拍手で、これを讃え、支える。
これが日本式です。

東日本大震災のあと、日本人が整然とコンビニの前に並んでいる姿を見て、世界の人々が驚愕しました。
それは日本人が「礼儀正しい」からではありません。
日本が「対等」を尊ぶ社会だからです。

チャイナには上下関係しかありません。
ですから力の強いもの、権力のある者には「横はいり」できる特権があります。

「横はいり」されたら、順番を待っていたら、食い物にありつけない。
だから並んでなんていられないのです。
力づくででも、先に奪おうとする。
そうしなければ、生き残れないからです。

日本はそうではなく、みんなが対等に支えあうことをもって、みんなで食をつくり、みんなで分け合うことを軸にしてきた社会です。
ですから、列に並ぶ時は、力の強い者だろうが、権力者であろうが、対等です。

国民みんなが互いに「対等」という意識を共有しているから、安心してちゃんと順番に並んでいられます。

ですから国と国との関係も「対等」です。

推古天皇は、隋の煬帝に対して「対等」宣言をしました。
それと同じことが、先の戦前の日本におけるKoreaや台湾、マレー半島やフィリピン、シンガポール、インドネシア、パラオなどの南方諸島の島々、そしてチャイナ大陸や満州等でも行われました。
すべて、対等な関係です。

支配と隷属の関係ではありません。
別な言い方をすると、それが八紘一宇(はっこういちう)です。

そうした日本の行為と行動は、結果としてそれら諸国を、西欧諸国によって植民地支配され、隷従させらていた状態から脱皮させて、見事、民族の独立を果たす近代国家に蘇生させるという偉業を成し遂げています。

江戸時代、武士には「斬り捨て御免」が許されました。
百姓町民は、無礼があれば、武士は斬って捨てました。

それは身分制であり、差別であり、上下関係ではないかという人がいます。

大きな間違いです。
江戸武士には、もちろん「斬り捨て御免」が許されましたが、その代わり、武士は大小二本の刀を差すことが義務づけられていたのです。

なぜ「斬り捨て御免」の代わりに「大小」なのか。
大刀(長い方の刀)は、もちろん無礼打ちに相手を斬り殺すためです。
小刀(短い方の刀)は、そのあと、自ら腹を斬るためのものです。
たとえどんな無礼があったにせよ、人を殺めた以上、その責任をとって自刃(じにん)する。

その覚悟のもとに、無礼打ちが許されたのです。
だから武士は大小二本の刀を腰に差したのです。

つまり、武士と町民、武士と農民は、互いに人として「対等」であるということです。
そういう日本人にとって、身分は秩序のためのものです。
上下関係ではないのです。

ためしに会社の経営者の社長さんに「あなたは偉い人ですか?」と聞いてみたらわかります。

日本人の社長さんなら、100人いたら100人とも、
「とんでもない。偉くなんかないです。『エライ』だけです」と答えることでしょう。

「エライ」というのは「しんどい」という意味です。
責任が重くてしんどい。

なぜならそれは、人として対等な部下に対して、あるいは取引先に対して、重大な責任を負っているからです。
つまり日本人にとっての上下関係というのは、責任性の自覚と発露にある、ということです。

チャイナ的な意味における身分とは異なるのです。

そういうマインドを、日本は、日本人は、1400年以上も昔から、脈々と築きあげてきたのです。
ですから日本を自虐史観で頭ごなしに否定するということは、人と人とが「対等」であることも、国と国との間に「対等」な関係を築くことも否定することです。

何が目的なのでしょうか。
自分が偉くなりたいから?
私には、自虐史観が人々に幸せをもたらすとは到底思えません。

同様に、歴史を学ぶということは、誇りを取り戻すとかそういう問題ではありません。

曇りない目で謙虚に過去の歴史を学ぶことで、私達は、現代をより良く生き、未来を築いていくことができる、そのために学ぶものです。
それは「誇る」ためではありません。

真実のみが、未来を切り拓くということです。
歴史は、威張るためのものでもなければ、他の人や他の国に対して優位に立とうというようなものではない、というのが日本人の考え方です。
チャイナやコリアと一緒にされたくない。

夫婦も対等、親子も対等、上司と部下も対等。
ただし、責任の大小は厳然と存在します。
その責任性を互いに自覚し尊重し合うことで、きちんとした秩序を形成する。

秩序は人々に多少の不自由さをもたらすけれど、それがあるがゆえに、みんなが安心して暮らすことができます。

秩序を乱すことは、日本においては責任性を否定することを意味します。
責任なき社会というものが、どれだけ悲惨を招くものなのかは、20世紀の共産主義国が明確に示しています。

虐殺、粛清・・・それは決して人々に幸せをもたらすものではありません。

日本人の責任性と対等観は、頻発する天然の災害の中で、いかに生き残り、次世代によりよい日本をつないでいくかという共通意識から生まれています。

日本は常に天然の災害対策を念頭に置かなければならない国家だからこそ、日本人には共同体意識や責任感、人と人との対等意識などが育ったのです。

「元元本本」と書いて「もともとを、もととす」と読みます。
古い言葉ですが、日本を取り戻すということは、そうした日本の建国の原点に立ち返って、日本社会を、そして未来の日本を考え行動するということであろうと思います。

ねずさん

コメント


認証コード1604

コメントは管理者の承認後に表示されます。