「世界四大文明の嘘」

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世界四大文明の嘘

「世界四大文明説」は、もともとチャイニーズによる、チャイニーズのための「政治用語」であって「歴史用語」ではありません。

「世界四大文明」といえば、
エジプト文明、メソポタミア文明、インダス文明、黄河文明の四つです。
これが世界の文明の黎明であると学校の「世界史」の授業で教えられた記憶のある方も多いかと思います。
そして小中高の学生のお子様かお孫さんをお持ちの方でしたら、お聞きになったらわかりますが、やはり今でも、学校では「世界四大文明」なるものを教えています。

しかし「世界四大文明説」なるものは、とっくの昔に世界の歴史学会で否定されています。

エジプト、メソポタミア、インダス文明が、およそ4〜5千年前の成立です。

けれど、およそ8千年前に、それら文明よりも、もっと古い「シュメール文明」が存在したことは、いまや常識です。
チャイナにおける黄河文明も、黄河文明よりもさかのぼること2千年前に、揚子江の流域に「長江文明」が存在したことも、すでに常識です。
さらにいえば、南米のインカ文明は、およそ7千年前にさかのぼります。

すでに「世界四大文明」よりも、もっと古い時代に、高度に発達した文明が考古学的に検証されているにもかかわらず、なぜ、教科書はいまだに「世界四大文明」にこだわるのでしょうか。

その理由は、「世界四大文明」という言葉が、いつ、どうして生まれたかを知ると、はっきりします。
「世界四大文明」という用語は、1900年に、清朝末期のChinaの政治家だった梁啓超(りょうけいちょう)が日本に亡命中に唱えた説で、実は歴史論ではなくて、政治論なのです。

1900年頃といえば、清朝末期です。

当時の清は、欧米列強に植民地として国土を食い荒らされていました。
国家が崩壊に瀕している情況というのは、警察も裁判所も役所も、まったく機能していないという状態で、無法者たちが跋扈し、治安は極限まで崩壊し、誰も生命財産の安全を保証してくれないというひどい状態です。

そんな折に、お金持ちでチャイナの政治家だった梁啓超(りょうけいちょう)は、日本に亡命してきました。
彼は日本で、チャイナには「黄河文明」という欧米に匹敵する古い文明があったのだ(当時はまだ長江文明は発見されていなかった)という話を教わりました。

梁啓超にとって、それは衝撃的な事実でした。

「そうだ!我々チャイニーズには誇るべき歴史があるのだ。このことをチャイナの民衆に教えなければ!」と、彼は、このことを本にしました。

この時代のチャイニーズたちにとっての国の歴史は、伏羲や神農が出てくる神話と、古代の三国志演義、あるいは水滸伝のようなものしかありません。
いずれも京劇を通じて普及していたものですが、神農などの神話は、所詮は架空の物語と嘲笑されるし、三国志演義も、いまの王朝とは異なる古代の物語でしかありません。

ところが、西洋文明の発祥よりも、もっと古い時代のエジプト文明や、メソポタミア文明に匹敵する文明が、自分たちの国にあったということは、梁啓超にとっても、植民地化され家畜化されようとしているチャイニーズたちにとっても、まさに衝撃的事実でした。
「俺たちには欧米に匹敵する誇るべき歴史があるのだ」

こうして政治家でもあった梁啓超は「世界四大文明説」なるものを唱えました。

つまり「世界四大文明説」は、

もともとチャイニーズによる、チャイニーズのための「政治用語」であって「歴史用語」ではないのです。

ではなぜ「政治用語」であって正しくない「世界四大文明説」なるものが、これだけ情報の発達した日本において、いまだに日本の義務教育の現場における歴史の教科書で教えられているのでしょうか。
理由は、実はこの説が反日学者たちにとって都合が良いから、です。

文明論には「衛星文明論」というのがあります。
「衛星文明」というのは、「独立文明(世界四大文明)」の刺激を受けて発生し、その後も独立文明に依存した、自立していない文明を指します。

これを唱えたのが英国の歴史家トインビーで、彼は最初、
「日本文明は、チャイナの文明の衛星文明であり、日本は、西暦645年の大化の改新によって、漢字や冠位を取り入れて、はじめて文明国家となった」と説きました。

それが昭和40年頃のことです。

そしてこれが「チャイナが親、コリアが兄、日本が弟」という「チャイナ→コリア→日本」と流れる文明渡来説の根拠です。

ところがこれはとんでもない間違いです。

日本には大化の改新よりもはるかに昔から、国体があります。
来日してそのことを知ったトインビー博士は、(ここがトインビー博士の偉いところですが)、先に述べた自説を撤回し、
「日本文明は独立した一個の文明である」
と、著書に記しました。

つまり「日本文明はチャイナ文明の衛星文明にすぎない」という説も、「日本文明はチャイナからコリアを経由してもたらされた」という説も、どちらも、それを言い出した当人によって、明確に否定されているわけです。

ところがいまだに反日学者たちによって歴史の歪曲がいまも続けられ、それが日本の義務教育の教科書にまで書かれ、政治的に利用されているわけです。

おかげで「世界四大文明」なる用語は、政治用語ではなく、歴史用語として、いまも必ず「試験に出る」問題となっています。

どこかの国が、数学の三角関数を教える教科書で、ミニスカートの女性のパンツが見えるまでの距離で三角関数を説明していて、世界中の嘲笑を買ったことがありますが、世界四大文明説を、いまだに「歴史教科書」で説いているというのも、世界からみれば、物笑いの種になる馬鹿げた教育なのです。

ちなみに日本文明は、チャイナよりもはるかに古いものです。
黄河文明が、いまから約5千年の昔です。
長江文明が約7千年前の文明です。

これに対して日本では、なんといまから1万6500年前という世界最古の土器の遺跡が見つかっています。
そしてそこからはじまる土器の時代を、我々は「縄文時代」と呼んでいます。

しかしその「縄文時代」という時代区分は、様々な遺跡や遺構、遺物の発見によって、本来なら「縄文文明」と呼ぶことがふさわしいものです。

1万6500年前の土器というのは、青森県蟹田町の西端に位置する「大平山元|遺跡(おおだいやまもといちいせき)」で出土したもので、これは世界最古の土器です。

土器があるということは、すでに火を使い社会的分業体制が整っていたことを証明します。

こうなると、もしかすると日本は、世界最古の文明国だった可能性すらあるといえるのです。

なにせChinaで最も古い長江文明より、さらに1万年も古い昔の文明の痕跡がでてきているのです。

さらに大平山元遺跡群の2遺跡からは、約16,000年前の石で囲った炉の跡、石蒸し料理に使った焼けた石なども見つかっています。

ところが、この「大平山元|遺跡」で世界最古の遺跡が発掘されたことがよほどくやしいのか、なんの故意かしらないけれど、あきらかに世界最古の遺跡でありながら、たとえば青森県のHPには、この大平山元|遺跡のことは載っていないし、青森県内の遺跡を紹介したサイトでも、この遺跡から出土した土器は「青森県下最古の遺跡」と書いています。

青森県最古ではないのです。

世界最古です。

意味が違う。

しかも、大平山元遺跡群というのは、場所が、1と2があるのだけれど、なぜか「1」と書けばよいモノを、パソコンのキーボードの右上の「¥」マークのところにある「|」という記号を使って、「大平山元|遺跡」と表記しています。

あるいは「Ⅰ」を使っています。

要するに意図的に検索エンジンにひっかかりにくくしているわけで、ふつうに、「えっ?どうして?」と疑問に思える文字の使い方がされています。

どうして、あえて、1と2にわけるのか。なぜ「1」ではなく「|」を使うのか、常識では考えられない微妙な操作が加えられているのです。

科学的に、考古学的にちゃんと証明されたことが、微妙に隠ぺいされ、その一方で、あきらかに世界の歴史学会で否定されつくした事柄が、いまだに日本の子供たちの教科書に記述され、試験に出る問題とされている。
普通に考えて、これはおかしなことといえます。

きちんと子供たちに教えるべき真実を教えず、真実を捻じ曲げた操作を行う。
そういういかがわしいことが、学校教育の場で、永い間、まかりとおっているのです。

マルクス史観というものがあります。

マルクス主義(共産主義)を正当化するために、歴史を「道具」として利用する歴史観です。

当然のことながら 「マルクス主義」に忠実であればあるほど、「マルクス主義」にとって有利な事柄を過大に評価し、その反面不利な事実を無視し、時には歴史を平気で ねつ造するという極端な偏向性を持つ歴史観です。

歴史を検証すれば明らかな如く、共産党、社民党、中国共産党、北朝鮮、あるいはその影響を受けた韓国、在日コリアンなどの左翼・反日主義者たちがどれ程言葉巧みに歴史を捏造し、偽造変造してみても、彼らの究極の
」そのイデオロギーの信奉者たちが主張し、本に書き、教える歴史は、学

問的真実や公平性とは無縁のものです。

なぜなら、彼等にとって重要なことは真実よりも、イデオロギーだからです。

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