「先人たちの知恵に学べ」

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危うい自民幹部の「女系」容認論 先人たちの知恵に学べ

万世一系の126代天皇として即位の礼に臨まれた天皇陛下。皇位継承のあり方をめぐり、一系の維持が危ぶまれている

皇位継承の在り方をめぐり、自民党幹部の発言が波紋を広げている。

甘利明税制調査会長が24日のテレビ番組で、いわゆる「女系天皇」を容認するような発言をしたのに続き、二階俊博幹事長も26日、「男女平等を念頭に」などと述べた。だが、こうした発言の多くは皇室に対する誤解か、無理解によるものだ。

もしも「女系」を認めればどうなるか-。歴史的にみてそれは、天皇制度の崩壊に直結しかねない危険をはらんでいる。

誤解だらけの「女系」議論
 
「男女平等、民主主義の社会なので、それを念頭に入れて問題を考えていけば、おのずから結論は出るだろうと思っている」
 
皇位継承をめぐる議論について、二階氏が語った言葉だ。
 
産経新聞とFNN(フジニュースネットワーク)が11月に実施した合同
世論調査によれば、「女系天皇」について「全く理解していない」「あまり理解していない」と回答したのは計55・0%で、「よく理解している」は9・7%にとどまった。二階氏の場合、前者の「理解していない」に含まれるか、せいぜい「ある程度理解している」(33・2%)だろう。
 
皇室の問題と「男女平等」を絡めた時点で、すでに理解不足だ。「女系は不可」という言葉に引きずられ、女性に対して差別的と考えているのなら、むしろ逆である。
 
あくまでも可能性の話だが、日本人であれば女性は誰でも皇族になりうる。「陛下」の最高敬称で呼ばれる地位につくこともあり、現に戦後、2人の民間人女性が「陛下」となられた。しかし男性の場合、たった一つの家系を除いては、誰も皇族になれない-というのが、日本の皇室制度なのだ。

そもそも男系、女系と分けて考えるから、差別的だと勘違いされる。せめて父系、母系と呼ぶべきだが、それも誤解を招くだろう。正しくは「一系」だ。皇位継承で本質的に問われているのは、「万世一系」を維持するか、放棄するか、ということなのである。

世界に比類なき“万世一系”
 
万世一系を理解するには、宮内庁のホームページに掲載されている「天皇系図」をみれば分かりやすい。神武天皇から今上天皇(天皇陛下)まで126代にわたる天皇の系図が、わずかA4版2ページ余りで示されている。

他国の王家の系図なら、枝分かれが多くて10代も遡(さかのぼ)ればごちゃごちゃになってしまうが、天皇家の場合、父系をたどれば神武天皇へつながる1本の線で示されるので、これほどすっきりしているのだ。
 
系図が複雑でないのは、皇位の正統性が揺るぎないことへの現れでもある。事実、日本の長い歴史の中でも、皇統が南朝と北朝に分かれた一時期(1336~1392年までの56年間)をのぞけば、皇位の正統性が問題となることはほとんどなかった。
 
つまり万世一系とは、世界に比類のない、連綿と続く皇位の正統性の証(あかし)なのだ。
 
その一系が、どうして母系ではなく父系なのかは諸説あるが、少なくとも女性より男性が優れているといった、差別的な理由ではない。それは日本の最高神、天照大神が女神であることからも明らかである。
 
こうしてみると、自民党の甘利氏がテレビで「男系を中心に(皇位継承の)順位を付け、最終的選択としては女系も容認すべきだ」と述べたことが、いかに問題であるかが分かるだろう。父系なら父系で、母系なら母系で継承し続けなければ、一系は断絶してしまうのだ。

徳川将軍家の願望と挫折
 
ここで歴史をひもといてみよう。平安時代に有力貴族の藤原氏が娘を次々と天皇に嫁がせ、生まれた皇子を天皇にすることで政治力を高める外戚政治(摂関政治)が行われていたことはよく知られている。
 
江戸幕府を築いた徳川家康も、天皇の外戚になろうとした一人だ。その意思は二代将軍秀忠に引き継がれ、1620年、秀忠の娘の和子が後水尾天皇の妻(女御、のちに中宮)となった。

和子中宮は2男5女をもうけたものの、2人の皇子は夭逝(ようせい)し、一系をつなぐ世継ぎには恵まれなかった。

その間、幕府のやり方に不信を極めた後水尾天皇は突然譲位し、1629年、皇女の興子(おきこ)内親王が即位する。実に859年ぶりの女帝、明正天皇である。
 
ここに、天皇の外戚になろうとした家康や秀忠の願いは実現する。だが、徳川家は喜ばなかった。明正天皇の子供は母系なので天皇になれず、天皇家に徳川家の血を残せないからだ。
 
もしも、幕府の強大な権力により徳川家の有力者を明正天皇と結ばせ、その子を天皇にしたらどうなったか。父系をたどれば神武天皇につながる1本の線が切れ、家康直系の“徳川天皇”と認識されるだろう。
 
むろん、そんな事態にはならなかった。昔の為政者たちはみんな、皇位継承のあり方について「よく理解して」いたからだ。
 
明正天皇は生涯独身で、後水尾上皇の側室が産んだ紹仁親王(後光明天皇)に譲位する。歴代天皇には10代8人の女帝がいるが、父系の皇族が配偶者でない限り生涯独身を貫き、一系は守られている。

揺るぎない正統性の継承を
 
一系であることがなぜ大切なのか、最後にそれを考えてみたい。

令和元年は皇紀2679年だ。その間、居住面積が狭小な島国で暮らしてきたわれわれ日本人は、先祖をたどれば必ず、どこかで天皇家の血と混ざり合っている-と考えるのが自然だろう。いわば天皇家は、本家中の本家であって、われわれは分家か、分家の分家か、分家の分家の分家みたいな関係だ。

それを日本人は無意識のうちに受け入れてきた。大多数の国民は自分のルーツである本家を大切にしようと思うし、本家が決めたことには従おうという気持ちにもなる。
 
ここが肝心だ。天皇家が一系であり、揺るぎなく正統であるがゆえに、この関係が成り立つからだ。

過去に日本人は、国が崩壊するほどの危機を、天皇を中心に結束して乗り越えてきた。端的な例が、先の大戦における終戦の聖断だろう。徹底抗戦をとなえる陸軍も、8月15日の玉音放送により一夜にして銃を置いた。そうでなければ、いまの日本はなかった。
 
平和な時代には、天皇制度の意義はあまり感じられないものだ。いま、われわれがなすべきことは、将来あるかもしれない危機に備えて、先人たちが守ってきた天皇制度を、正しく子孫に引き継いでいくことだろう。例えば旧宮家の皇籍復帰について、国民に馴染みが薄くて受け入れられないとする意見があるが、現在ではなく100年後、200年後の国民がどう受け入れるかを考えるべきだ。
 
冒頭の二階氏の言葉を借りれば、「日本は万世一系の天皇をいただく国柄なので、それを念頭に入れて問題を考えていけば、おのずから結論は出る」のである。

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