「韓国「GSOMIA維持」の裏側」

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韓国「GSOMIA維持」の裏側、対日シナリオ崩壊と米国頼みの“万事休す”に

日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄が6時間後に迫った11月22日午後6時。韓国大統領府は、「日本の輸出管理規制措置を巡る日韓協議が続く間」という条件付きで、日韓GSOMIA破棄通告の効力を停止した。
 
韓国の終了通告から3カ月。韓国の文在寅政権は曺国法相の辞任を契機に対日関係改善に乗り出したものの、日本との呼吸が合わず、状況は二転三転した。
 
最後に日韓双方に「引導」を渡したのは米国だった。

「失望を何度も言わないで」
米国務次官に康韓国外相
 
11月に入り、GSOMIAの失効期限が近づくと米国政府の韓国に対する働きかけが本格化した。
 
まず訪韓したのは、スティルウェル米国務次官補だった。
 
11月6日午前、韓国外交省で康京和外相と会談した。スティルウェル氏が「GSOMIA破棄を撤回しない韓国に失望した」と、改めて米国政府の考えを伝えると、康氏は「失望する、失望すると何度も言わないでほしい」。苦悶と困惑の表情で返した。
 
スティルウェル氏は午後には、GSOMIA破棄を主導した韓国大統領府の金鉉宗国家安保室第2次長とも面会した。
 
スティルウェル氏が繰り返し、GSOMIA延長を求めると、金氏は「文大統領は8月15日の光復節演説で日本を批判しなかった。李洛淵首相も日本に派遣した。それなのに、日本は何も対応しないではないか」と反論した。
 
韓国側がかたくなな姿勢だったのは、この2日前、11月4日にバンコク郊外で行われた日韓首脳の「対話」の結果が尾を引いていた。
 
東南アジア諸国連合(ASEAN)と日中韓3カ国による首脳会議の控室にいた文在寅大統領が、遅れて入ってきた安倍晋三首相をソファに誘った。事前の調整のない電撃的な対話だった。
 
元徴用工判決問題以降、関係が冷え切っていたなかで、韓国側が話し合いの糸口をつかもうとしたものだ。

シナリオが狂った韓国
輸出規制撤回に期待
 
文氏はこの対話で、日韓の諸懸案を話し合う高官協議の開催を持ちかけた。
 
ここで、安倍首相が「うん」と言ってくれれば、それを名分に、輸出措置の撤回に向けた動きが始まったとして、「大局的に考えて、GSOMIAを延長する」というシナリオだった。
 
大統領府は、安倍首相が、10月24日、訪日した李洛淵首相と21分間にわたって会談したことに心証を良くしていた。同時に、自らが打ち出した「日本が輸出管理規制措置を撤回すれば、韓国はGSOMIA延長も検討できる」という原則に苦しんでいた。
 
文政権の売り物は「原則(ウォンチク)」だ。
 
国際社会が制裁を続けるなかでの北朝鮮への融和政策や、経済界が反発する最低賃金の大幅な引き上げなどの大胆な政策も、「目先の利益にとらわれない」基本原則がきちんとしていればこそだ。
 
無原則な政策変更をすれば、保守・野党勢力に格好の攻撃材料を与え、一方で有権者の3割とも4割ともいわれる文政権の「コンクリート支持層」の離反を招く。
 
そのことを意識して、対日関係改善についても、従来の原則が表向きは守られる形で妥協する「名分」を探ろうとしたのが、バンコク郊外での日韓首脳対話だった。
 
だが、韓国側が一方的に考えたシナリオは簡単に崩壊した。
 
安倍首相は従来の日本の考えを繰り返しただけで、日本政府も対話の様子や内容を積極的に公開することはなかった。一方で韓国政府は、文氏に同行した大統領府の鄭義溶国家安保室長が携帯で対話の写真を撮影し、韓国記者団に提供した。
 
日本側は「写真公開の事前了解がなかった」と、不満を表明。韓国側の思いとは裏腹に、会談でむしろ双方の関係がさらにぎくしゃくするということになった。
 
外交は「相互主義」が原則なので、外交官出身の鄭氏がそれを知らないはずがないし、準備の関係で韓国側しか撮影者がいなかったとしても、事前に日本に「写真を公開していいか」と了解を得るべきだった。
 
だが「日本が盗撮だと騒いでいる」という話が韓国国内に伝わると、大統領府内の対日強硬派は「せっかく対話を持ちかけたのに、逆に我々を苦しめている」と反発した。

米韓同盟の揺らぎに危機感
北のミサイル情報入らず
 
それでも韓国側には息巻いてばかりもいられない事情があった。
 
日本との関係改善を模索する間でも、韓国政府内では北朝鮮情勢に対する緊張が高まりつつあった。
 
スティルウェル氏が訪韓していたころ、海上自衛隊のイージス艦が日本海での常時展開を始めた。この動きは、2018年4月、北朝鮮が核実験と弾道ミサイルの発射実験の停止を宣言して以来、初めてだった。
 
北朝鮮は米朝協議の不調にいらだち、米国が年末までに敵視政策の撤回などの譲歩案を示さなければ、「新しい道」に進むと警告していた。
 
北朝鮮が新型ミサイルなどの実験を加速させる一方で、米韓同盟が揺らげばどうなるか、すでに韓国側は今年5月にそれを身をもって体験していた。
 
5月4日、北朝鮮は金正恩朝鮮労働党委員長が視察するなか、短距離弾道ミサイルを発射した。韓国軍合同参謀本部は当初、「短距離弾頭ミサイル」と発表したが、大統領府が「短距離発射体」と説明すると、慌てて表現をそう修正した。
 
この迷走の原因は「米軍から事前情報をもらえなかったからだ」(韓国の軍事専門家)といわれている。
 
北朝鮮がミサイルを発射する場合、特に金正恩氏が参加する行事であれば、1~2週間前にはその兆候が現れる。米国の高高度偵察機や情報衛星などで現地の準備状況などを把握できるからだ。
 
その場合、韓国政府内では事前に、混乱を避けるために表現の統一を図るが、5月に表現が混乱したのは、事前情報がなかったからだという。
 
韓国は現時点で、衛星も高高度偵察機も持っておらず、従来は南北軍事境界線沿いでの偵察活動が有力な情報収集手段だったが、それも昨年9月の南北軍事合意後はやらなくなっている。

文大統領、米国防長官に
「日本の説得」を要請
 
こうして米韓同盟の重要性を認識せざるを得ないなかで、韓国大統領府はスティルウェル米国務次官補の訪韓後、韓国外交部に対して日本外務省との間で事態収拾策を探るよう命じた。
 
すぐに趙世暎第1外務次官が秋葉剛男外務事務次官と連絡を取り、連日のように電話で協議を始めた。11月中旬以降、趙氏は少なくとも2回以上、東京にも訪れ、膝詰めでの談判も行った。
 
その結果、2人がまとめた案が、日韓両政府が22日夕刻に発表した「合意」で、(1)韓国はGSOMIAの破棄通告を停止する、(2)日韓は課長級による輸出管理規制措置を巡る協議を局長級に格上げする、(3)輸出措置の撤廃に向けたロードマップをまとめる、というものだった。
 
ただ、韓国大統領府はこの時点でも、まだ「日本による輸出管理規制措置の撤回確約」という、より韓国に都合の良い解決策にこだわっていた。
 
GSOMIA延長を重要視する米国を頼り、「米国が日本を説得してくれるかもしれない」という期待を捨てきれなかったからだ。
 
11月15日、文大統領は 訪韓したエスパー米国防長官と会談。GSOMIA延長を力説するエスパー氏に対し、大統領は「安全保障で信頼できないとの理由で輸出管理を強化した日本と軍事情報の共有は難しい」との立場を説明したと、韓国大統領府は発表した。
 
だが、この話には続きがあった。米韓関係筋によれば、文氏はエスパー氏に対して「我々だってGSOMIAの延長を望んでいる。だが、日本がまったく名分をくれないから、どうしようもない。我々だけでなく、日本を説得してほしい」と頼んだという。
 
文氏は韓国外交部が報告した「ロードマップ案」について、「案を作るのは構わないが、実際に政策として採用するかどうかはわからない」とも話したという。
 
11月18日から19日にかけ、韓国の外交安保政策の実質的統括者である金鉉宗国家安保室第2次長がワシントンを訪れた。
 
米国に「日本が輸出規制措置の撤廃を確約しない限り、GSOMIAを延長できない」という韓国政府の方針に理解を求め、場合によっては「日本が言うことを聞かないので破棄するしかない」という結論への支持を求めると同時に、日本に対する説得を依頼するためだった。
 
だが、金氏と面会したポッティンジャー米大統領副補佐官(国家安保担当)は、「GSOMIAは日韓関係とは別の問題だ。北東アジアの安全保障を維持するため、GSOMIAを維持してほしい」。改めて米国政府の強い姿勢を示した。
 
とかく、トランプ米大統領の関心は駐韓米軍経費の削減といったカネの問題だけなので、ホワイトハウスの大統領スタッフらを説得すれば、GSOMIA延長にこだわる米国務省や米国防総省が騒いでも問題はない、という金氏らの計算は崩れた。
 
金鉉宗氏は21日、ソウルに戻り、国家安全保障会議(NSC)を開いた。
 
米国側の雰囲気が伝わり、韓国政府内でも「秋葉・趙案」での妥結やむなしの空気が急速に広がった。
 
ただ、この時点で、日本側が最終的にこの案をのむかどうかは、韓国側はまだわからなかった。
 
韓国NSCはこの日、「韓日間の懸案解決に向けて、関係国と緊密な協議を続けていく」と発表し、時間を稼いだ。同時に、康京和外相が国会答弁で「日本が譲歩しなければ、GSOMIAは明日失効する」と答弁し、世論のつなぎとめを図った。

日本が「救命ブイ」を
「柔軟姿勢」を求める
 
一方で日本政府内では、実際に「秋葉・趙案」にもろ手で賛成する空気は薄かった。
「輸出管理規制措置は国内問題。GSOMIAとはまったく関係がない」と反発する声も多く、菅義偉官房長官らは、「韓国がGSOMIAを破棄しても、日本に損害はない」という趣旨の発言を続けていた。
 
秋葉氏は、輸出措置を決めた経済産業省関係者にも会い、説得を続けたが、同省内には輸出措置を決めた関係者らの責任問題に発展するのではないか、という警戒感も漂っていたという。
 
最後に、日本に韓国に対し「救命ブイ」を投げるよう促したのは米国だった。
 
名古屋で開かれるG20外相会議のために来日したスティルウェル米国防次官補が21日、東京で北村滋国家安全保障局長と面会。その席で北村氏に対し「日本もぜひ、柔軟な姿勢を発揮してほしい」と強く訴えた。
 
この会談を受けて首相官邸が最終的にゴーサインを出したのは、韓国側が「条件付きで破棄を凍結」を発表した22日だった。
 
日本で与党内の根回しが始まったころには、韓国メディアがすでに「大統領府が午後6時からGSOMIAで発表」「条件付きで破棄を凍結」といった速報を流し始めていた。
 
安倍首相は22日夕、記者団に対して表情を変えることなく、「韓国も戦略的観点から判断したのだろう」と述べた。
 
素っ気ない言い方に聞こえたが、緻密に練られた発言だった。
 
日本政府関係者の1人は、「韓国の措置を評価するとは言わない。だが、この間の韓国の迷走ぶりを批判もしない。表情管理もしっかりして、韓国に誤解を与えないように努めた」と語る。
 
米国に頼まれた末、望まない形で至った「合意」であることを言外にアピールした格好になった。
 
3カ月にわたった日韓GSOMIA破棄を巡る騒動はいったん、収束した。

12月首脳会談は不透明
徴用工問題は残ったまま
 
破棄回避から一夜明けた11月23日、G20外相会議に出席するため、名古屋を訪れた康京和外相は、日韓首脳会談を開催すべく調整していく考えを示した。
 
果たして日韓関係は改善への道をたどるのだろうか。答えは相当に悲観的だ。
 
日韓が22日に合意した輸出規制措置を巡る局長級協議に期限は設けられていない。しかし、韓国側には12月24日前後とみられる日韓首脳会談の開催までの解決を目指している。
 
だが、局長級協議自体の機能についても、韓国側は協議を通じて対韓輸出規制が迅速に撤回されるべきと主張するのに対し、協議は韓国の貿易管理体制の不備を改善するためのものとする日本側では認識が違っている。
 
韓国側は24日、鄭義溶国家安保室長が韓国のGSOMIA継続決定発表後、日本の経産省が行った対韓輸出規制を巡る発表を、「韓日で合意していた内容を意図的に歪曲し膨らましたものだ」と反発。外交ルートで抗議したとし、日本側が全面的に勝利したかのような空気になっていることに強く反発している。
 
韓国側は「日本に抗議した結果、謝罪を得た」と主張したが、菅義偉官房長官が25日の記者会見で、謝罪の事実を否定した。
 
お互いに、不満を抱えながらの合意だったため、早速立場の食い違いが露呈した格好になった。
 
今後、12月までに輸出規制措置を撤廃できなければ、韓国内でGSOMIA破棄を支持する文政権の支持層が黙ってはいないだろう。韓国側は、局長級協議の期限を設けなかった理由について、記者団に「日本に対する配慮」と説明しているが、「期限を定めれば、逆に韓国政府が追い込まれかねないという実情も計算しての措置」(日韓関係筋)との指摘も出ている。
 
韓国では文在寅支持層を中心に、「韓国はGSOMIAで日本に譲りすぎた」という批判が強まっており、来年4月の総選挙を前に、文在寅政権が徴用工判決問題でより強硬な姿勢に転じる可能性もある。
 
一方で日本側も解決の糸口が見えているわけではない。今回の協議の対象にならなかった徴用工判決問題も解決の糸口は見つかっていないままだ。日本政府関係者の1人は「実際、日本も韓国も米国の顔を立てただけ。日韓ともに、GSOMIAなんて要らないと思っている人も少なくはない」と語る。
 
米国頼みで、とりあえずのGSOMIA「失効」は回避したものの、日韓が独自に関係改善を進める道筋は相変わらず見えないままだ。

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