「同盟国」

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■1.「孤立すれば負ける」「負ける側につくと負ける」

国際アナリスト北野幸伯氏の最新刊『米中覇権戦争の行方』が面白い。国際政治における同盟戦略の重要性を明解に説く氏の著作は、特にこの分野に弱い現代日本人にとって必読書の感がある。

たとえば、第二次大戦の敗因も同盟戦略の失敗にあったと氏は説く。

・・・日本が近現代で負けた戦争は、第二次大戦しかありません。
 日本は、日清戦争、日露戦争、第一次大戦、冷戦で勝利しています。

なぜ、第二次大戦でのみ日本は負けたのか。北野氏は二つの要因をあげる。

1)「孤立したから負けた」[1, p264]
たとえば、満洲問題に関する国際連盟でのリットン調査団の勧告は、賛成42、反対1(日本のみ)、棄権1(シャム、現在のタイ)となり、その結果、日本は国際連盟を脱退してしまい、孤立への道を歩み始めた。

2)「負ける側につくと負ける」[1, p269]
ABCD包囲網(アメリカ、イギリス、中国、オランダ)に対して、日本は三国同盟でドイツ、イタリア側についた。三国同盟は戦力的にも経済的にも劣勢であり、かつドイツ、イタリアとの同盟にメリットはほとんど無かった。

「孤立すれば負ける」「負ける側につくと負ける」。反論が不可能なほど単純明快な論理である。先の敗戦を真に反省するためには、なぜこういう道を選んでしまったのかを、分析しなければならない。

■2.日本を救った日米同盟

現在の日米同盟がいかに価値があるか、を北野氏は端的な事例で示している。2012年9月11日、日本政府の「尖閣国有化」決定に激怒した中国政府は、同日「われわれは事態の推移を密接に注視し、相応の措置を取る権利を留保する」と述べて、日本への報復措置を示唆した。

9月19日、副主席だった習近平は、アメリカのパネッタ国防長官と会談し、さんざん日本を批判した後、こう言った。「アメリカが釣魚島(=尖閣)の主権問題に介入し、事態を複雑化させないことを望む」。中国が尖閣に侵攻したらアメリカはどう動くか、探りを入れたのである。

パネッタはこう答えた。「尖閣諸島は日米安保条約の適用範囲であり、軍事的な衝突に発展すれば、アメリカも関与せざるをえない」。北野氏はこう指摘する。

この一言で、日本は救われたのです。
この一言がなければ、中国は安心して尖閣に侵攻し、苦もなく奪ったことでしょう。[1, p203]

これが同盟の価値である。たとえ戦力的には劣勢でも、アメリカとの同盟によって、中国の侵略を抑止できる。

■3.トランプは同盟関係増強に関心がない

しかし、この単純明解な同盟戦略を理解していない政治家は少なくない。その代表がトランプ大統領だ。北野氏は「アメリカファーストのトランプは、外交戦によって同盟関係を増強することに、まったく関心がないようです」[1, p159]と述べている。

かつてのレーガン政権がソ連を打倒できたのは、日本や、イギリスその他の欧州諸国と緊密な連携を組み、さらに中国をソ連の敵対国として育てたからだ。まさにソ連を孤立させ、負ける側につけた同盟戦略の勝利だった。

その後遺症として強大化した中国を打倒するためには、トランプ大統領は今度は、日本、欧州のみならずロシアを味方につけなければならない。

しかし、トランプ大統領がやっていることはその正反対である。イラン核合意から一方的に離脱したが、イギリス、フランス、ドイツ、イラン、ロシア、中国は依然として支持している。「トランプが合意から離脱したことで、アメリカと覇権戦争をしている中国とロシア、欧州が一体化するというマヌケな事態が起こっています」と北野氏は解説する。

さらにロシアに関しても、2014年3月のクリミア併合を理由に制裁を課した。ロシアは、制裁どころか非難すらしない中国との関係を強化している。

一方の中国は、上海協力機構(ロシアと中央アジア4カ国、インド、パキスタン等々)、一帯一路、AIIB(アジアインフラ投資銀行)などを通じて、味方をどんどん増やしている。こうした点では、敵を孤立化させることを含む孫子の兵法を知る中国の方が上手である。

■4.日本の「獅子身中の虫」

トランプの「同盟音痴」をカバーしてきたのが安倍首相だ。先頃、大阪で開かれたG20サミットでは、自身とトランプ米大統領、インドのモディ首相との三者会談を実現し、「自由で開かれたインド太平洋の実現に向けた連携で一致した」(日経新聞、6/28)と報じられた。三者並んだ写真は、習近平主席以下に脅威を感じさせたろう。

北野氏も日本の同盟戦略において、12億の人口を持ち、経済的にもこれから成長期を迎えるインドは、アメリカと共に最重要国家と指摘しているが、安倍首相はそれを見事な写真として世界に示したのである。

しかし、その安倍政権下でも対中政策は不明瞭である。G20では習近平に対し「日中関係は完全な軌道に戻った」とし、「来年の桜の咲く頃、習主席を日本に迎えたい」と要請した。

安倍首相は次の日にトランプ大統領と会談したが、大統領はその翌日、記者会見でこう語った。

誰かが日本を攻撃すれば、我々は反撃し、全軍全力で戦う。
しかし、誰かが米国を攻撃しても、彼ら(日本)はそれをする必要がない。

これは変えなければならないと安倍首相に言った。[1, p221]

トランプ大統領は大統領選挙中はよく日米安保条約の不平等性を訴えていたが、大統領になってからは封印していた。安倍首相との連携を評価していたからだろう。

それがこの時期にまた吹き出したのである。アメリカは今、世界の覇権をかけて中国に戦いを挑んでいる。そんな時に、習近平を国賓として招待したら、「トランプさんがムカつくのは当然でしょう」と北野氏は語る。当然である。

問題は、なぜ、安倍首相がこんな発言をしたのか、という事だ。産経新聞特別記者の田村秀男氏は、首相周辺の政官の親中派と、「中国信仰」を持つ経団連が足並みを揃えている、と分析している[2]。

非凡な国際政治感覚を持つ安倍首相が、その危うさに気がつかないはずはないが、まともな国家観に欠けた親中派の政官財に囲まれて、安倍首相と言えども思い通りにできないところがあるのではないか。とすれば、安倍首相を批判するだけでは事は解決しない。彼ら「獅子身中の虫」をどうにかしなければならない。

トランプの指摘する日米同盟の不平等性を根本から是正するには、現行憲法を改正しなければならない。それを進めるには、国民が現実の国際政治に目覚める必要がある。そうしてこそ国内の獅子身中の虫から国を守ることもできるのである。北野氏の著作から同盟戦略の死活的重要性を学ぶ意義はここにある。

■5.「人権 < 金」の国際社会

トランプに比べれば、中国の同盟戦略ははるかにうまくいっているが、筆者が不思議に思っていたのは、チベットやウイグルのような世界最悪の人権弾圧にも関わらず、なぜ中国の同盟戦略に参加する国がかくも多いのか、という疑問だった。北野氏の今回の本は、この点も単純明快に解き明かしてくれる。

考えてみてください。
中国が、人権侵害超大国であることは、世界中の誰もが知っています。

それでも、日本と欧米は、この国の人権問題について、ほとんど触れなかった。
なぜでしょうか。

そう、中国と関わっていると「儲かるから」です。
つまり、日本も欧米も、いや全世界が、

        人権 < 金

ということで、中国に優しかった。

つまり、国際社会は、儲けさせてくれる国であれば、どんな人権侵害超大国であっても、見て見ぬ振りをしてしまうのである。したがって、もし我が国が中国の覇権下に陥って、チベットやウイグルのような目にあっても、国際社会は誰も助けてくれない、という事になる。中国が「儲けさせてくれる国」であり続ける限り。

■6.「自分の首を絞める縄まで売る」人々

しかし幸いなことに、北野氏の予測では、中国は「お金がたっぷりある人権侵害国家」から、徐々に「お金があまりない人権侵害国家」になっていく。その理由は、第一に国家のライフサイクルから見て、中国の高度成長時代は峠を越えて低成長の時代に入っていく事。第二にアメリカの仕掛ける貿易戦争で、その悪化のスピードが加速していく事である。

歴史が証明しているように、「お金がたっぷりある人権侵害国家」とつきあいたい国、企業、人はたくさんある。

しかし、「お金があまりない人権侵害国家」とつきあいたい国、企業、人は、ほとんどいないのです。

近い将来、中国に関しては、

人権 < 金 から 人権 > 金

に変わっていくでしょう。

この期(ご)に及んで、いまだに中国との連携を強めようとする親中派の政官財は、中国の経済的衰退を遅らせ、それだけ世界を危うくする。まさにレーニンが語ったように「自分の首を絞める縄まで売る」人々である。

自分個人の利益のためには自国を危険に晒しても構わない人々を「売国奴」と呼ぶ。民度の高い自由民主主義国家とは、そのような売国奴の少ない国である。

「売国奴」と厳しい言葉を使ったが、本当に日本や世界の危険を知りながら、自分の利益を追求するという「確信犯」的売国奴はそれほど多くないだろう。それよりも、独裁中国の危険性をよく知らず、考えずに、自己の利益を追求している「迂闊(うかつ)な」売国奴が大半なのではないか。そういう人にはぜひ北野氏の本を読んで、自分の迂闊さに目覚めて欲しい。

■7.同盟戦略における役割分担

北野氏の本を読みながら、同盟戦略に関してもう一つ気づいた事がある。同盟の間柄でも役割の分担はありうる、という事だ。たとえば、日英同盟では、日本はロシアと正面切って戦ったが、英国はその植民地のいくつもの港で、バルチック艦隊の航行を妨害した。アメリカは建前は中立国だったが、日本が完全に刀折れ矢尽きる前に間に入って、ポーツマスでの講和条約締結を進めた。

時には肩を並べて、一緒に血を流すのが軍事同盟だが、現代社会のように情報戦、外交戦、経済戦が中心となると、日米は違った役割を担って、同盟の効果を最大化する事が求められる。

たとえば、この25日午後にニューヨークで行われた安倍首相とトランプ大統領の会談では、大統領は「日本のユニークな立場を生かしてイランとの関係を維持し、話し合いを続けてもらいたい」と求めた[3]。日本は長年イランと友好関係を持ち、アメリカとイランの仲立ちをするには絶好の位置にある。

また、中国の一帯一路は多くの国を「サラ金地獄」に陥れているが、長年の日本の誠意ある政府開発援助などの実績をもって、中国の投資の危険性を誰にも分かるようにすれば、世界の多くの発展途上国を「債務の罠」に陥る前に救い、彼らを味方に引き入れることもできるだろう。

アメリカを敵視するイスラム諸国でも、日本を信頼している国は少なくない。これらの国々が「中国の金」に頼らなくともよいようになれば、彼らもウイグルでのイスラム教徒弾圧に声を上げるようになるだろう。

日本の今までの誠実な外交、経済援助、そして有色人種の中での最先進国、という国際的地位をフルに生かせば、アメリカにとってもかけがえのない同盟国になるはずだ。

日本の味方を増やすのは政治家だけの仕事ではなく、外国との取引をする企業人から、日本にくる外国人を「おもてなし」する一般市民まで、国民一人ひとりが、それぞれの場で「一燈照偶」の心がけで取り組むべき課題である。その積み重ねが、日本の肩を持つ人々と国を増やす。さらに中国国民の間でも共産党独裁政権の反日プロパガンダから目覚めさせる。

拙著の最新刊『世界が称賛する日本人が知らない日本2─「和の国」という“根っこ"』[b]では、日本の国柄を「和の国」として説いたが、こうした生き方こそが世界に平和をもたらすために「和の国」の民の行くべき道であろう。

                                       

(文責 伊勢雅臣)

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