「気くばりミラー」

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世界の航空機がこぞって導入する日本製「気くばりミラー」とは?

世界中の航空機に採用されている「FFミラーAIR」は、川口市の地場企業が生んだ世界的なヒット商品だ。いったい何がスゴイのか?

国内外の航空100社以上と契約
驚異の中小企業が売る「ミラー」
 
航空機内の手荷物入れ(航空業界では「ビン」と呼ぶ)を見ると、上部や横に鏡が貼ってあることに気づいた読者も多いだろう。奥に入った荷物を忘れないように見やすくするための鏡だ。

この便利な鏡「FFミラーエア」を独占的に製造販売しているのが、埼玉県川口市に本社を置くコミーである。同社の創業者であり社長の小宮山栄(こみやま・さかえ、77歳)はこう語る。

「全世界のナショナル・フラッグ・キャリア(国を代表する航空会社)からLCC(格安航空会社)まで100社以上に納めており、累計の出荷枚数は40万枚を突破しました。今も伸び続けており、毎年5万~6万枚の販売が目標です」

「FFミラー」を手がけるコミー株式会社の小宮山栄社長

ご存じの通り、航空機に採用される部品は要求スペックが厳しく、徹底したテストと品質管理が求められる。ボーイング社やエアバス社など航空機メーカーに部品を納めている日本企業は限られている。コミーはその数少ないメーカーの1社である。年々、順調に取引先や出荷量が増えており、すでにコミーの海外売上高比率は60%と国内を超えた。

従業員はわずか34名の中小企業だが、道路に設置されるミラーを除いた特殊ミラーでは国内で圧倒的なシェアを誇る。

小宮山は「気くばりミラー」と呼んでいる。金融機関のATMに貼られているのぞき見防止や、駐車場・エレベーターなどでの安全確認、オフィスや学校、工場、公共スペースなどでの衝突防止、コンビニや書店など店舗に設置される万引き防止や顧客確認など、コミーの気くばりミラーの使い道は多種多様だ。

用途に合わせてミラーの機能や形状、サイズも色々だ。たとえば、冒頭のFFミラーのFFは「ファンタスティック・フラット」の意味で、表面がフラットにもかかわらず、凸面鏡と同じ広さの視野を持つ同社の主力商品だ。1987年にコミーが世界で初めて開発した特許製品で、91年には東京発明展で奨励賞を受賞した。

もともと特殊プラスチック製で軽くて割れにくいが、航空機用にさらに軽く、衝撃を与えても割れず、燃やしても有毒ガスが出ないなど改良したものがFFミラーエアである。2016年にはほぼ同じ重量で面積が約3倍に広がった新製品を出荷し始めた。

ユーザーに役立たなければ商品は売らないという信念

FFミラーは視野が広いため、ATMののぞき見防止や、駐車場、エレベーター、通路などの衝突防止用として広く使われている。また、円柱に貼っても歪まないFFミラーも開発し、「第26回中小企業優秀新技術・新製品賞優良賞」(りそな中小企業振興財団)を受賞し、特許も取得した。

凸面ミラーも開発しており、軽くて丈夫なアクリル製で、寿命も半永久的。天井や天井近くに設置し、店舗内の顧客確認、T字路や十字路の衝突防止などに活用されている。

ユーザに役立たなければ
商品は売らないという信念

通称「気くばりミラー」は、金融機関のATMや駐車場・エレベーターなどでも活躍
 
コミーには「無料貸出制度」がある。商品を購入する前に実際に現場に設置し、使い勝手や利用価値を顧客に確認してもらうためだ。

「我々は鏡を売ることが仕事ではなく、安全と安心を提供することが仕事です。そのためには、最終ユーザの声が何より大切で、実際に使ってもらって、役に立つのかどうか明確にならなければお売りしません。過去に同じような使用環境と商品の事例があれば、販売するときに成功と失敗の事例を一緒にご紹介します。こんな使い方をしたら誰もミラーを見ず、衝突事故が起きかねないという情報も重要だからです」と小宮山は語る。

コミーではミラーをつくり始めて以来、販売後のフォローを行うことが社員の義務となっている。納品後に現場を訪れ、目で利用状況を確認すると共に、エンドユーザから聞き取り調査を行う。飽きることなくそれを続け、商品を改良してきたのがコミーの歴史だ。

2014年末に東京都立葛飾ろう学校から無料貸出制度を利用したいとの連絡があった。廊下で人同士が衝突する事故が起きたので、対策を検討しているとのことだった。ちょうどこの頃から、コミー社内では障がい者にミラーが役立つのではないかという声が上がっていた。

そこで、担当が現場を訪ね、教職員と相談しながら設置箇所と最適の商品の選定を行った。その結果、9ヵ所に18台を設置するという話になったが、予算の関係で1~2ヵ所しか導入できないという。

そこで、コミーは無償でFFミラーを寄贈。小宮山と担当がその後確認しに行ったところ、衝突どころかヒヤリとする場面もほとんどなくなり、廊下を走る児童・生徒も減ったという。ミラーを見ると安全を意識するようになったためだ。ミラーは好評で、その後も追加設置され、最終的に22台を寄贈した。

きっかけは知り合いの一言、スーパーから引き合いが

このことが新聞記事になり、それを読んださいたま市の市立慈恩寺小学校が廊下や階段の衝突防止のためにコミーに協力を求めた。同校では安全な教育環境づくりを進める国際的な認証「インターナショナル・セーフ・スクール(ISS)」の取得を目指しており、衝突防止のために市販品のミラーを設置していたが効果が少なかった。

コミーでは凸面鏡など20点を無償提供し、設置後3ヵ月間で衝突事故の件数は前年同時期より3割以上減少したという。こうして、2017年1月に無事、ISSも取得できた。

「学校や駅など公共施設でコミーのミラーが役に立つのは喜びです。実績をつくっていけば、使い方も明確になり、今後、公共スペースへの拡大の余地があるでしょう」と小宮山は、利を焦らず、じっくりと構えている。

きっかけは知り合いの一言
スーパーから引き合いがきた理由

スーパーから意外な引き合いがあったことで、「気くばりミラー」の秘めたポテンシャルが判明した
 
小宮山が紆余曲折を経て、たった1人で会社を創業したのは1967年のこと。27歳だった。もともとは看板業を営んでいたが、そのうち、電動で回転する看板やディスプレイをつくるようになった。

あるとき、知り合いが凸面鏡を持って来て、「回転看板につけてみたらどうだ」と言われ、天井から吊り下げて回転させるディスプレイ用の鏡をつくった。1977年、展示会にこれを出すと、あるスーパーが30個も注文したので、不思議に思って小宮山が店を見に行くと、なんと万引き防止用に使っていた。

これが現在のコミーの始まりだ。顧客が小宮山に商品の使い方を教えてくれたのだ。以来、納品後に顧客の現場を見て、話を聞くようになった。

万引き防止用ミラーをつくるうちに、凸面ではなくフラットで視野の広いミラーができないものかと研究開発を続けるなかから、1987年にFFミラーが生まれ、気配りミラーのコミーとして成長が始まった。

1995年、幹部社員が札幌に出張に行き、その帰りの飛行機の中で、手荷物入れに平面鏡が取り付けられているのを見た。表面は傷だらけで、奥までよく見えない。FFミラーの方が役に立つのではないかと考え、小宮山に相談した。

小宮山は早速、友人の伝を頼って国内エアライン会社を訪ね、羽田整備工場で機内を見せてもらった。FFミラーを持ち込んで試してみると、客室乗務員には大好評で「ビン(手荷物入れ)の確認作業を確実に、そして楽にこなすことは10年来の願いでした」とまで言ってくれた。

ボーイング社とサシで交渉、世界進出の「足場」を築く

背の高くない乗務員はいちいち座席のステップに足をかけて、中を覗き込まなければならず、手間と時間がかかっていたのだ。FFミラーがあれば、通路から見るだけで確認作業が済むのだから大助かりだった。

手応えを得た小宮山は航空機用のFFミラーの開発を進めると共に、エアライン会社の知人のアドバイスで、1996年に無謀にもアメリカのボーイング社にサンプルと手紙を送った。「とりあえず送ってみようという軽い気持でした」と小宮山は言う。
 
ところが、なんと2ヵ月後に英文ファックスで返事が届いた。そこには、いくつかの確認事項と要求が書いてあり、すぐに回答がほしいとあった。実はちょうど、その頃、ガラス製のミラーから割れないミラーへのガイドライン変更が進んでいた最中だった。プラスチック製で軽量のFFミラーはニーズに最適だったのだ。

ボーイング社とサシで交渉
世界進出の「足場」を築く
 
ところが、航空業界について何も知らないコミーでは質問の意図も、どう返事をしていいのかもわからない。

「何もかも初めてで、英語も知人に訳してもらう始末でした」

とりあえず、正式回答を待ってほしいと返事をして、エアライン関係者に聞きに行った。なんとなく相手の言う意味がわかってきたが、その2週間後、国内の大手航空機部品メーカーから連絡があり、「アメリカ支社でボーイングからFFミラーのサンプルを見せられたから教えてほしい」と依頼があった。

このことで、小宮山達はボーイング社がFFミラーを実績のあるこの大手につくらせるのではないかと不信感を募らせた。

そのうち、ボーイング社の部品購買責任者が日本に来るので、会いたいと連絡があった。コミーの実績をわかってもらうチャンスと小宮山は思ったが、敷地面積50坪の小さな工場を相手が見たら、失望するのではと不安になった。とはいえ、取り繕ってもバレるだけだ、誠心誠意対応するしかないと腹を据えた。

会議当日、のっけから核心に触れた。「サンプルを同業に渡して、同じものをつくれないかと確認したのではないか」と質した。すると、責任者は「そんなことはしない」と明確に否定し、3時間真剣勝負の話し合いの中、お互いの信頼関係をつくることができた。最後には「会社や建物の大小など全く関係ない」と言ってくれて、小宮山たちを感激させた。

12年間DMを送り続け、サウスウエスト航空とも契約

ボーイング社に渡したサンプルは、ボーイング社や連邦航空局のテストに合格、1997年2月に発注書が届いたが、注文数はたった8枚。最初はお手並み拝見というわけか、手荷物入れ用ではなく、客室用に使うとのことだった。その後、じわじわと発注量は増えていった。

ボーイング社との取引は業界を驚かせ、大きな宣伝効果となった。その後、日本航空にも採用され、世界に広がっていく。

だが、ずっと順風満帆というわけではない。たとえば、エアバス社のA350という機体にFFミラーエアを検討したいという電子メールが入ったのが2005年のこと。その後、さらなる軽量化を求められて、採用が決まったのは2012年と7年もかかった。お陰で、従来より薄く軽量の商品を開発できた。

コミーの海外営業の責任者である渡邉剛・取締役はこう語る。

「交渉はエアバスに納入しているドイツの手荷物入れメーカーと行いましたが、サンプルを何度も出し、10回以上訪問しました。デザイナーやエンジニアからの要求が変わったり、エアバス社にどんでん返しされたり、大変でしたが、決まったときはうれしかったですね」

渡邉に交渉のコツを聞くと、「わかったつもりにならないこと」と言う。

「必ず『あなたが言ったのはこういうことですね』と確認し、議事録を起こして、それも確認してもらいます。わからないことはわかるまで聞く。誤解を生まないようにいつも気をつけています」

12年間DMを送り続け
サウスウエスト航空とも契約
 
コミーの海外営業担当は現在4人。小宮山は実際の交渉などは彼らに任せている。海外の取引は商社などを最初から頼らず、手探りながらも独自に行ってきた。営業・販促としては4つの手段を使っている。DMと海外展示会、英語のホームページ、そして定期的な顧客訪問である。重要な顧客は年2回、必ずキーマンと会うようにしている。

DMは単にエアライン会社に配るだけではない。購買責任者などのキーマンを有料の名簿から特定し、簡潔な文書とサンプルを同封して、送っている。返信率は5~7%というからDMにしてはかなり高い。とはいえ、すぐに取引につながるわけではない。

エンドユーザに安全と安心を提供したいだけ

アメリカで最も人気が高く、高収益会社として知られているLCCの雄、サウスウエスト航空には、なんと12年間、15回のDMを送り続け、2012年にようやく「コミーのミラーを導入したい」と連絡があった。

「客室乗務員からの要望で採用を決めてくれたようです。それまでは『今は必要ない』という返事ばかりでしたが、うれしかったですね。現在では新型タイプのビン(手荷物入れ)では標準で採用してもらっています。有名なサウスウエストと取引できたことは波及効果が大きく、サウスが入れたのならと、今数社と交渉を進めています」と渡邉はにこやかに語る。

エンドユーザに安全と
安心を提供したいだけ
 
2014年にはアメリカのシアトルに現地法人を設立、今後は航空機だけでなく、衝突防止用のミラーなども売り込んでいく予定だ。まずは病院をターゲットにしていると渡邉は語る。

小宮山は海外だろうと、国内だろうと「みんなで知恵を出し合って、うちのあるべき姿を追求していくだけ」と気負いは見えない。あくまでもエンドユーザに安全と安心を提供するだけ、という小宮山の理念はブレない。それが海外でも評価されているようだ。

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