「通貨攻防」

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トランプvs中央銀行「通貨攻防」が本格化、欧州も緩和転換で

米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げに続いて欧州中央銀行(ECB)が12日、3年半ぶりの利下げや、昨年末に終了した資産買入れなどによる量的緩和策の再開を決めた。
 
FRBも週明けに追加利下げを決める見通しで、主要国の中央銀行が金融緩和で再び、動き出した。

ECB、量的緩和再開
FRBも追加利下げの見通し

各国中央銀行に一転、緩和へと舵を切らせたのは、来年の大統領選の「再選第一」のトランプ大統領だ。
 
自ら仕掛けた米中貿易戦争やイラン制裁によって世界経済に不透明感が強まるなか、輸出に有利な「ドル安」を求め、また関税引き上げの米経済への影響を緩和する狙いで、FRBに利下げ圧力をかけ続けている。
 
ECBや日本銀行も、ユーロ高や円高が進むことを恐れて緩和に向かわざるを得なくなった。トランプ流に各国中央銀行が振り回される構図だ。

貿易戦争の“尻ぬぐい”

12日、ECBが理事会で、ユーロ圏の銀行が預ける預金ファシリティ金利の利下げ(マイナス0.40%→0.50%)や、11月からの国債買い入れ(毎月200億ユーロ)の再開などを決めると、さっそく反応したのが、トランプ大統領だ。

「ECBは強いドルに対してユーロを切り下げ、米国からの輸出を妨げようと試み、しかも成功している。それなのにFRBは何もしていない」とツイート。
 
前日にも「FRBは政策金利をゼロかそれ以下に引き下げるべきだ」と、利下げを求め続けている。
 
理事会後の会見で、ドラギECB総裁は、「ユーロ圏が景気後退に入る可能性はまだ小さいが、高まっている」と語った。緩和に転換したECBの最大の関心も、米国の利下げへの転換でユーロ高が進むことだ。
 
EU経済は、中核のドイツが米中貿易戦争の影響で輸出・生産が落ち込むなど、景気の減速感が強まっている。ユーロ高が進めば輸出をさらに落ち込ませることになりかねず、ユーロ圏全体の景気後退につながりかねないからだ。
 
会見で、米国の「ドル安誘導」への対応を聞かれたドラギ総裁は、正面から答えることは避けたが「戦略的な為替相場の切り下げはしないというG7の合意をすべてのメンバーが守ることを期待する」。
“為替引き下げ競争”に向かうことへの懸念をにじませた。

FRBへの利下げ圧力続く
貿易戦争の“尻ぬぐい”
 
FRBにも、金融政策が貿易政策の尻ぬぐいをさせられることへの反発や疑念は強い。
「金融政策は消費や投資をなど支える強力なツールではあるが、国際貿易を解決するルールブックを提供できるわけではない」
8月23日、世界の中央銀行首脳らが集まった国際経済シンポジウム(ジャクソンホール会議)で講演したパウエルFRB議長は、トランプ大統領からの緩和圧力にやんわり反発した。
 
史上最長の景気拡大局面が続くなか、「世界経済の成長の弱さや貿易をめぐる不確実性に対して『保険をかける(予防する)』ため」と、リーマンショック後、2008年12月以来の利下げに踏み切った。
「(景気の下振れリスクは)金利ではなく、貿易戦争が引き起こしたものだ」「経済が好調なのに緩和をすれば金融にリスクが生じる」と、内部に反対があったなかでの決定だった。
 
だが、その後もトランプ大統領は、対中制裁関税第4弾発動の発表や、中国を「為替操作国」に認定し人民元安を封じ込めるなど、中国との貿易戦争をエスカレートさせる一方で、利下げ圧力をかけ続けている。

くすぶる「ドル売り介入」

「ドル安」と「好況維持」
矛盾するトランプ「再選戦略」
 
対中強硬姿勢をとり続けることが大統領選に有利との判断からだが、一方で国内経済の好調を維持することも再選の必須条件。
 
そのためには、関税引き上げによる輸入品の値上がりや中国の報復関税による輸出鈍化などの影響を、金融緩和やドル安で軽減する思惑からだ。

 
中でもドル安は農畜産物輸出などが有利になり、大統領選の集票基盤の利益に直結する。
 
金融市場も、トランプ政策のリスクを金融緩和で和らげることの期待もあって緩和催促モード。FRBも政治の圧力に屈したと見られたくないとはいえ、市場の期待を裏切ることで、株式市場が逆に不安定化することにも配慮せざるを得ない状況だ。
 
だがFRBが金融緩和を進めるほど、トランプ大統領に貿易戦争を拡大させる余地を作ることにもなり、そのことが経済に跳ね返り、さらに緩和を余儀なくされることにもなりかねない。
 
ただ利下げ後も、ドル相場は高値圏にある。 米景気は先進国の中でも最も底堅いからドル資産を求めて投資資金が米国に集まる。
 
トランプ大統領が好況を維持しようとするほどドル高になる構図だ。
「経済の強さとドルの魅力は一体なのに、為替だけ(弱くして)いいとこどりをしようというのは無理がある」(市場関係者)のだが、そのことが、トランプ大統領のいらだちを強め、再三の利下げ要求になっているようだ。
 
トランプ戦略自体が自己矛盾に陥ってしまっている状況で、市場では、トランプ大統領が「ドル安」を強引に求めて、禁じ手ともいえる「ドル売り介入」に動くといった観測がくすぶる。
景気浮揚に「通貨安」
為替引き下げ競争の懸念
 
通貨当局の間では、為替を金融政策の目的にしないことは「国際的合意」になっている。
 
変動相場制に移行して以降、国内経済の安定成長と金融政策の独自性、資本移動の自由のうち二つしか両立できない「国際金融のトリレンマ」のもとで、為替相場は市場の調整にゆだねる建前になっている。
 
各国中央銀行は自国経済の持続的成長を目指して金融政策を行い、その結果が為替相場に反映されるという考え方だ。
 
だが一方で、金融政策の波及経路の一つとして、緩和の場合には、金利低下→自国通貨安によって外需(輸出)を増やす効果は認識されてきた。

“利下げ温存”の日銀

とりわけグローバル金融危機後、超低利が続き、金利を下げる余地がなくなる一方で、投資や消費など国内の需要が弱い状況では、「為替ルート」を通じて景気浮揚を図る方法しかなくなってきている。
「中央銀行の意識が金利より為替に向いている」(市場関係者)のが、現実だ。
 
日銀にとっても円高に過敏にならざるを得ない状況だ。リーマンショック後、欧米中銀に比べて、利下げや量的緩和に遅れたのが超円高を招いたと批判され、政権から総裁人事などで“介入”を招いた「トラウマ」が残る。
 
ドル安が進むと、ドルと連動する人民元など、新興国通貨からも円高圧力が強まることになり、輸出企業への影響から日本株が売られ、アベノミクスの唯一の“成果”である「株高・輸出増」が壊れることにもなる。
「円高をトランプ大統領のせいにできるならまだしも、日銀が恐れているのは、日銀が何もしなかったから円高になったという批判を受けること。

利下げをすることが正しくても正しくなくても、みんなが動く時に動かないことが一番のリスクになる」(市場関係者)。
 
とはいえ「異次元緩和」で「弾」を撃ち尽くし、その「副作用」が看過できなくなっているなかで、緩和強化に動こうにも有効な策がないのが実情だ。
 
円高回避で米国などとの金利差を確保する正攻法は、短期金利などの利下げだ。(1)マイナス金利の深堀りや、(2)10年物国債金利の目標(0%程度)を引き下げや変動幅(目標水準の上下0.2%)の拡大が考えられる。
 
だが マイナス金利の拡大は、利ザヤ縮小で収益悪化が目立つ銀行からの反発は強く、長期金利についてもすでに変動幅を超えてマイナス化が進んでおり、保険や年金の運用難の問題が起きている。
 
こうしたことから、利下げは、1ドル=100円に迫る円高が加速する事態になるまでは、“温存”するとみられる。
 
当面は、長期金利のマイナス幅拡大を容認しながら、10月の消費増税後の消費の状況をみて、何らかの対応が必要だと判断した場合は、まずはフォワードガイダンス(先行きの指針)の強化やETFの買い入れを柔軟化するといった、「形だけの緩和強化策」で時間を稼ごうとする可能性が高い。
 
だが思惑通りに動くかどうか。米中貿易戦争や米経済の動向、さらには最大のリスク要因のトランプ大統領がどういう状況でどう動くのかはまったくみえない。
 
緩和による景気への効果は限られてきているなかで、各国中央銀行が「為替引き下げ競争」に入り込んでしまう懸念は消えない。

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