中国で「安楽死」を支持する人がにわかに増えている理由

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日本の高齢化対策がお手本?
安楽死問題に直面する中国
昨年9月上旬、中国山東省の地方都市である泰安市を訪れ、そこで開催されるヘルスケア関連のシンポジウムに参加した。講演を頼まれたのだが、行く前にだいぶ悩んでいた。
ちょうどその2週間前に、日本国内のとある学習のための合宿に出たとき、高齢化社会関連の課題がクローズアップされ、参加者たちが大いに議論していた。その議論の内容と、その後で私が収集したデータなどを取り混ぜて、講演の内容として発表した。
壇上に上がるまで、次のようなことを密かに心配していた。
名山として認知されている泰山がある町とはいえ、中国のど田舎の町と変わらない泰安で、日本国内の課題と日本国内のデータを取り上げた講演を行ない、果たして聴講者の心を掴むことができるのか。
結果から言うと、それは杞憂だった。海外から駆け付けたことと少しくらいは名前が売れていることもあり、主催側は基調講演のような機会を提供してくれた。だから、私の講演順番が早かった。
講演の途中で、私はすでに気づいていた。参加者の方々が非常に熱心に耳を傾けてくれていることに。懸命にメモをとっていた方も結構いた。さらに嬉しいことに、私の後で発言した方々は、ほぼ例外なく私が講演の中で取り上げた日本国内の関連データを引用しながら、中国の高齢化問題を真剣に語っていた。
そのとき、私ははっと悟った。高齢化社会を迎えつつある中国は、高齢化社会になってからすでにかなりの年数を経験した日本が取り組んできた課題を、自然に共有しているのだ。延命治療と安楽死の問題でも同じだ。
13年前の2006年、中国の全国政治協商委員会第10回4次会議に出席した全国政治協商委員会委員・中国社会科学院研究員の趙功民氏が、北京、上海、河北、広東などの省・市で行った安楽死に関する調査では、安楽死の支持率がかなり高いことが判明した。
中国で増え続ける安楽死を支持する人々

上海では、200名の高齢者に対するアンケート調査において、安楽死を支持する人が73%に達している。北京では、85%以上の被調査者が安楽死が人道的な措置だという態度を表明している。被調査者の80%が、現時点で安楽死が実施されても構わないという支持の姿勢を見せている。
1986年、陝西省漢中市で中国で初めての安楽死が実施された。担当医師が患者の子どもなど肉親からの求めに応じて、患者に安楽死のための薬を飲ませた。その後、医師は「故意殺人罪」に問われ、起訴・逮捕された。6年間の法廷闘争を経て、ようやく無罪放免となったが、安楽死という行為そのものは依然として違法と見られる。その医師の場合は、たまたま使用した薬が効果の低いものだったため、殺人の手段としては認定しにくいと判断されての無罪放免だった。
中国で増え続ける
安楽死を支持する人々
 しかし、だからといって、安楽死合法化への機運を阻止することは決してできない。「患者は尊厳死の自主決定権を持つべきだ」というのが、安楽死を支持する人々が唱える理由である。著名作家の史鉄生氏は『安楽死』という作品の中で、「彼ら(植物状態の人)には罪もなく、自分の願いを表現できず、自分の権利を行使することができない状態で呼吸を続けているだけだ。むしろ、きっぱりと厳粛に命を終わらせたほうがましだ。こうすることが初めて人格を尊重することになり、人道的なのである」と主張している。
北京児童医院小児科の専門医師・胡亜美氏は、安楽死の合法化を提案した最初の発起人の一人である。胡氏は、「安楽死は中国の限りある医療資源を節約することができ、またその資源をより希望ある患者に有効に使うことができる手段でもある」と述べている。
1988年、中国の国会にあたる全国人民代表大会(全人代)第七回大会において、最も早く全人代で安楽死の議案を提出したのは、厳仁英氏と胡亜美氏だった。2人はそれぞれ中国産婦人科と小児専門家の第一人者である。厳仁英氏は議案の中に、次のような短いことばを書いていた。「生老病死は自然の規律である。不治の病に苦しむよりも、むしろ合法的に安らかに命を終わらせるほうがましだ」と。

日中が協力して取り組むべき安楽死の課題

こうした動きは近年、活発になっている。1997年、初めて全国で「安楽死」学術討論会が開催され、大勢の代表が安楽死を支持し、それぞれがこの法律について事態が切迫していると認識した。2003年3月9日、全人代の代表で著名な神経外科専門家の王忠誠氏は、北京が率先して安楽死を試み、関連法案を制定しようという提言を提出した。
しかし、反対の声も結構出てきている。2003年7月22日、広東省人大教育科学文化衛生委員会においては、安楽死を実施することは違憲であるという指摘が出た。安楽死を自ら志願するか否かにかかわらず、実際には生存権の剥奪となる。しかも、生存権は憲法で直接保護されている権利である、というのがその理由だ。
日中が協力して取り組むべき
ヘルスケアや養老分野の課題解決
フェイスブックで、評論家・歴史作家の八幡和郎氏の最近の発言を読み、いろいろと考えさせられた。以下にそれを引用する。
「平均寿命世界一はなにも手厚い医療だけの成果ではないが、医療が中心的なテーマであることは確かだ。しかし、尊厳死とか明白な延命治療は議論する問題のごく一部に過ぎない。
そもそも、どういう医療を健康保険でカバーするかは政策問題であって、限られた医療資源や財源の有効活用という観点から調整されているのである。
……ヨーロッパに比べても、日本では過剰な医療に対して甘いのは、海外での生活経験がある人なら誰しも感じていることだ。長い入院、服用もしない薬でももらえるなどは典型だ。そのあたりをヨーロッパ先進国なみのレベルに留めてもいいのでないかという議論をすべきというのが、私が提起している問題だ。
また、私は健康保険でカバーできる診療内容は人間らしい扱いが確保されればもっと狭くすればいいと思っているし、そのかわり、自己負担率は低い方がいいと思う。それ以上は、手厚い民間保険に入るとか、そのつど高い自己負担をしてもより質の高い治療を受けるかは、本人の選択にまかせばいい」
こうした議論はこれから、中国でもいろいろと出てくるとだろう。日中間にはこれから、ヘルスケアや養老分野でも共同で解決できる課題が少なからずあると思う。

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