「ごみ分別」

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中国が日本の「ごみ分別」を手本として注目している理由

上海で次々と出現している分別ごみのボックス。筆者(王青)撮影
中国でごみの分別収集が始まった。中国政府は上海を手始めに、中国全土まで一気に広げる考えだ。現在、上海では、ごみの分別で混乱状態にあり、SNS上では最もホットな話題となっている。

(日中福祉プランニング代表 王 青)

「あなたは、何ごみ?」

ごみ収集場所に立つ「おばさん」の正体

「あなたは、何ごみ?」――。
 
最近の中国・上海で、毎日のように聞かされる言葉である。
 
上海の住宅地には、色とりどりのごみ分別用のボックスが次々と出現している。その前に、1人のおばさん(居民委員会の幹部)が必ず立っており、ごみを捨てにくる住民に質問するのだ。
 
上海市では、7月1日から正式に「上海市生活ごみ管理条例」が始まった。中国政府は上海を手始めに、「ごみの分別収集」に踏み切ったのだ。
 
政府は「ごみの分別」について、昨年秋から市民運動のごとく、指南やキャンペーンを行ってきた。テレビ、新聞、インターネットなどの多様な媒体でも大々的に報道し、啓蒙(けいもう)している。また、ガイドブックが各世帯に配られ、ごみ分別の理解と認知を高めようとしてきた。まさに政府の威信をかけての一大イベントである。そして、違反すれば、最高200元(約3200円)の罰金が科せられる。
 
筆者は今年、ほぼ毎月のペースで上海へ出張している。そのたびに「小区(集合住宅)」内に、ごみ分別のボックスが増えていると感じた。例えば、前回は何もなかった空き地に、突如一面のごみボックスが出現するのだ。一瞬「場所を間違えたのか」と目を疑ってしまうほどだ。あまりの変化に「このスピードは何?」と思った。
 
前述したように、ごみボックスの前には、必ず1~2人の「居民委員会」の幹部がいて、ごみの分類のチェックや指導を行っている。ちなみに、「居民委員会」というのは、中国の都市部の各コミュニティにある「行政の末端組織」で、行政の補助機能を担っている。

ごみ分別は大きく4種類

かつて「一人っ子政策」で、共産党幹部たちが目を光らせていた時代は、「第二子を妊娠していないか」と厳しい監視・取り締まりをした組織でもある。近年は、居民委員会に就職する高学歴の若者も増えてきたが、多くは世話好きの中年女性である。
 
今やごみ分別問題は、上海市民にとって、身近で「最大の関心事」となっている。
 
そもそも「生ごみ」が多いのは、中国の食文化に背景がある。
 
中国人は、骨つきの肉や魚が大好物。日本では「ごみ」とされる、あるいはだし用の豚の背骨、鳥の足、魚のあらなどは、ほかの部位より高く売られている。骨についている部位は「動く肉」で、「特段においしい」とされる。食卓上はいつも食べ物の殻や骨で山盛りとなっている。
 
レストランでは、取り皿を「骨盆」と呼ぶほどだ。夏になると、スイカの皮がごみ捨て場に小山のように積もっているのが、おなじみの光景だ。これら生ごみは、見た目が悪いだけでなく、周囲に異臭を漂わせる。
ごみ分別は

大きく4種類
 
こうした事情もあり、「ごみ分別」自体は上海市民には歓迎されている。ただし、その「分け方」に混乱しているのだ。
 
これまで普通の「家庭ごみ」といえば、何もかも1つの袋に投げ込んで、365日24時間いつでも捨てることができた。多くの高層マンションの場合、各階の廊下にダストシュートがあり、直接1階まで投げ込むことができる。これらは今後一切できなくなり、午前と夕方それぞれ1時間内に制限されている。
 
今回のごみ分別は大きく4種類に分けられている。それは以下の通り。
(1)「可回収物」(紙類、プラスチック、ガラス、金属、衣類など)
(2)「有害ごみ」(電池、蛍光灯、薬など)、
(3)「湿ごみ(生ごみ)」(食品、植物など)
(4)「乾ごみ(可燃ごみ、以上3種類以外のごみ)」
 
各種類にさらに細かい分類がある。特に「湿ごみ」と「乾ごみ」は、必ずしも湿っているか、乾いているかで分けるのではなく、腐りやすいものは「湿ごみ」に分類されている。しかし、豚骨のような大きい骨や、固い魚介類の殻、固い果実の皮(例:クルミなど)は「乾ごみ」となる。

豚を本位に考える分類

このような詳細な分類は、おおらかな国民性である中国人にとっては衝撃的である。みんな頭を悩ませており、SNSはごみ分別の話題であふれている。そして、自虐的なコメントや冗談めいたコメントで賑わっている。
 
例えば、

「乾物は湿ごみ、ウェットティッシュは乾ごみだ」
「飲み残したタピオカミルクティーは、どうすればいいかな?」
「使ったコンドームは何ごみ?」
「目に見えるものをつい分類してしまう俺の自動反射能力はすごい!」
「ごみ分別の前で皆、平等となる」
 などなど。
「一番分かりやすい方法」は

豚を本位に考える分類
 
早速、「ごみ分別検索サイト」も次々と誕生している。
 
ごみの名前を入れたら、何ごみに属するか回答が出てくる。巷(ちまた)では、分別しやすいようにネットでいろいろな「指南」が出回っている。
 
そこで現在、「一番分かりやすい方法」として高い人気を博しているのが、「豚を本位に考える方法」だ。
「湿ごみ」=豚が食べられるもの
「乾ごみ」=豚が食べられないもの
「有害ごみ」=豚が食べて死んでしまうもの
「可回収物」=売ったカネで豚肉を買えるもの
 
SNSでは、このような冗談めいたコメントやエピソードが多いが、投稿者本人たちは真剣で、笑いたくても笑えない状況だ。
 
なぜなら、誰も逃げ道がなく、これから厳しい規定に従い、毎日出てくるごみに直面しなければならないからだ。ごみ捨て場では、家のごみは人の目にさらされ、隠すことができない。「これは何のごみかなー?」と、人々は老弱男女問わず、ごみの前に立ち、真剣に考えている。
 
ちなみに中国では、人と喧嘩(けんか)する時に、「あなたはごみだ!」というフレーズを多用する。日本語でいえば「人間のくず」という意味だ。ゆえに、冒頭のように、今の上海市民は少なくとも1日に1回は「あなたは、何のくずだ?」と聞かれている状態だ。これは、あまり気分の良いものではない。

猛スピードで変わる中国の社会

ところで、なぜ政府はこれほど急激に、全力かつ強制的に上海をモデルにごみの分別に踏み切ったのか。

政府の推進で
猛スピードで変わる社会
 
その理由は、長らくごみが大きな社会問題となっているからだ。経済が発展し、人々の暮らしが豊かになるにつれ、ごみの量が急激に増えている。ごみの埋立地はすでに満杯で、川や空き地への不法投棄も目立ち、環境汚染が日々深刻となっている。これまでいく度もごみの分別を試行してきたが、いつも途中で挫折し徹底できなかった。
 
しかし、今回ばかりは本気のようだ。
 
中国全土668都市のうち、約3分の2は周囲をごみ処分場に包囲されており、4分の1はごみの埋立地を持たない。あと数年もしたら、ごみの埋立地が満杯になる都市も増える。上海市の常住人口は2400万人、流動人口600万人、毎日処理するごみは2万6000トンもある。そういった理由から、政府はまず上海から実験的にごみの分別収集を実行し、2020年までに全国の46都市に導入する計画である。
 
ごみの分別は住宅地だけでなく、上海の全寮制の大学も対象であり、大学職員や学生ものんびりしてはいられない。
 
キャンパス内のごみ箱はすべて撤去され、新しい分別ボックスが設置された。そのため、新しいごみ捨て場の地図が全学生に配られた。さらに、大学側は啓蒙活動のため、日本人留学生に「日本でのごみ分別の実態」を話してもらうという事例が相次いでいる。その話を聞いた上海の中国人学生らは「日本の煩雑なごみの分け方と比べたら、我々は楽勝で、まだ小学生レベルだ」などと語り、一様に驚くのである。
 
現在、中国は政府による強力な推進力で、社会が猛スピードで変わっている。
 
その象徴的な事例が、車のクラクションの禁止である。これまで上海市をはじめ、中国の大都市では車のクラクションが激しく、その喧騒(けんそう)が「名物」でもあった。ところが、車のクラクションや、その原因となる無断車線変更が禁止となり、街は一気に静かになった。
 
今回のごみ分別についても、政府は罰金にとどまらず、QRコード、顔認証、個人スコアなど、中国が得意とするITを駆使して、徹底させようとしている。
 
一度、意識に点火されると、中国人のパワーは力強く、一気に展開していくのだ。

中国は日本のごみ分別に注目

中国は
日本のごみ分別に注目
 
ごみ問題で、中国全国から熱い視線を注がれる上海――。
 
あまりに性急であるため、皆が追い込まれ、パニック状態になっているように見えるが、上海市民は前向きであるようだ。「全国の見本」となることを自負して、どこか楽しんでいるようにも見えるのである。

中国は
日本のごみ分別に注目
 
ごみ問題で、中国全国から熱い視線を注がれる上海――。
 
あまりに性急であるため、皆が追い込まれ、パニック状態になっているように見えるが、上海市民は前向きであるようだ。「全国の見本」となることを自負して、どこか楽しんでいるようにも見えるのである。
 
実は、その上海市民をはじめ、中国が「手本」とするのは、日本である。そして中国は、一気に「環境先進国」入りを目指しているのだ。
 
日本人に言わせたら「ドイツなどと比べたら、まだまだ遅れている…」という声も多いようだが、中国人から見れば「ごみ・環境問題の先進国」と目に映るのである。
 
初めて来日した中国人は、日本の道沿いにごみ箱が置いてないことに対して、「我々はごみ箱がいっぱいあってもごみが散乱しているのに、日本はごみ箱がなくてもきれい。なぜだ?ごみはどこへいったの?」と必ず驚く。
 
そこで、日本のごみ分別の方法が改めて注目されているのである。マスメディアやSNSでは、これまで日本が歩んできた「ごみ問題」の歴史や分別方法が紹介されている。
 
例えば、ペットボトルは、シールと蓋(ふた)を別に捨てる。牛乳パックは洗って切り開いて乾かし、まとめる。そしてフライパンについている油は、そのまま排水溝に流してはならず、紙や布でふき取る……などなど。
 
もし、きちんと分類しなければ、そのごみは収集されず近所から白い目で見られ、恥ずかしい思いをする羽目になる。日本は、学校教育の中で環境保護やごみ分別の意識向上に取り組んでいる。子どもには、過剰な食べ残しはしないなどと「食育」する。その結果、日本は「資源再利用」の技術大国となっている。来年の東京オリンピックの金、銀、銅メダルは、すべてごみとなった携帯電話やスマートフォンを再生してつくると紹介された。ネット上では、それらを紹介する動画が流れ、たくさんのイラストが拡散されている。
 
日本では、このごろ「過剰包装」や「プラスチックごみ」などが問題とされ、「G20 OSAKA」でも重要課題として提唱された。
 
近年、ごみ問題は、世界的に環境問題として注目されつつある。日中両国は「共通の課題」として、解決の方策を進めてほしいものである。

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