「北朝鮮の損得計算 」

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“面の皮が厚い”日本でも韓国よりまし?……米朝首脳会談1年、北朝鮮の損得計算

6月12日、シンガポールで開催された史上初の米朝首脳会談。当時、金正恩朝鮮労働党委員長の名代として対米交渉を統括したのは金英哲副委員長だった。金英哲氏は長らく工作活動に携わる軍の偵察総局のトップを務め、対韓工作を担う統一戦線部長も担っていた。金英哲氏のカウンターパートとなったのが、米中央情報局(CIA)長官を務めたポンペオ国務長官だった。言わば米朝の情報機関が手を組んで首脳会談の実現にこぎつけたのだった。

通常、外交ルートを通じて実務交渉を積み上げ、首脳会談を準備するのが西側のスタイルだが、北朝鮮ではまず情報機関が動く。

先代の金正日総書記の時代もそうだった。情報機関出身のミスターXが日本外務省と極秘接触を重ね、小泉純一郎首相との日朝首脳会談のお膳立てをしたことが知られている。

情報機関ルートを使った交渉はこれまで水面下で進められてきたが、金委員長はこれを表舞台に登場させた。トップダウン方式を好むトランプ米大統領の交渉術を十分踏まえた上での選択で、金委員長の戦略は見事にあたったと言えよう。史上初の米朝首脳会談は世界の注目を集め、「会った」というだけで米朝双方にとって大きな成果となった。しかし、非核化のプロセスを具体化するにあたって米朝の主張は大きく食い違った。

今年2月、ハノイで開かれた2回目の首脳会談は、北朝鮮が寧辺の核施設廃棄と引き換えに制裁の全面解除を要求したことで事実上決裂した。金委員長は何故、アメリカの意図を見誤ったのか?

その一因は北朝鮮の政策決定過程にある。

北朝鮮では金委員長と少数の側近で政策が決められると言っても過言ではない。中でも主導的な役割を果たすのは情報機関だ。各機関が求めに応じて政策提言を金委員長にあげ、金委員長が個々の提言を検討し、最終決定を下す。徹底した縦割り組織のため、各機関が持つ情報が相互に共有されることはない。全体像は最高指導者である金委員長だけが知っている仕組みだ。

こうした中で、「寧辺の核施設を放棄すればアメリカが制裁解除に応じる」という金委員長痛恨の判断ミスが生じた。外務省など実務ラインを交渉から極力排除し、トップダウンで解決を図ろうとした作戦が裏目に出たと言える。

日朝「無条件会談」は実現するか……対日交渉のカウンターパートは誰に?

ハノイ会談の失敗を受け、北朝鮮は対米交渉ラインを情報機関から外務省へと転換した。粛清報道も出た金英哲氏は交渉の一線から外され、影響力の低下が指摘されている。対米交渉が行き詰まる中で、安倍首相は金委員長と「無条件で会談する」と明言した。これに対し北朝鮮側は、「わが国に天下の悪事を働いておきながら、面の皮がクマの足の裏のように厚い」などと日本批判を繰り返している。

取り付く島もないように思える北朝鮮の反応だが、実は日本との間で水面下の協議がかなり進んだのではないかと見られている。

首脳会談実現の前提として、北朝鮮側は日本側の本気度を見極めようとする。例えば、安倍首相に「無条件」という言葉を発することを求める。首相がそれに応じれば、北朝鮮側は協議相手が安倍首相に直結していることを確かめることができるという具合だ。つまり、「無条件」発言は首脳会談への地ならしだった可能性があるのだ。

そこで気になるのが、日本のカウンターパートは誰かだ。

最近までは統一戦線部が担当し、金英哲氏の指示を受けた人物が官邸ルートと接触を繰り返していた。しかし、ハノイ会談以後、金英哲氏が一時不在となっていたという。革命化教育のため地方の農場で再教育を受けていたとも言われ、粛清報道も飛び出した。だが、金委員長も出席した芸術公演に参加し、党副委員長の座にとどまっている事が確認された。

一方、官邸側との接触が報じられた部下の金聖恵・統一戦線部策略室長については動静が確認されていない。政治犯収容所に入れられたと報道もあったが、真偽のほどは不明だ。北朝鮮側の指揮系統に若干の不具合が生じる中で、日本との交渉を誰が仕切るのか。金英哲氏代わって統一戦線部長に就いた張錦哲氏が引き継いでいるのか、それとも別の部署が担当しているのか、現時点でははっきりしない。

北朝鮮が日本との協議に舵をきった背景には、トランプ氏と安倍首相の濃密な関係がある。トランプ氏は拉致問題の解決と日朝首脳会談の実現を支援し、日朝関係の改善に理解を示している。

02年の日朝会談では、小泉首相がアメリカに黙って北朝鮮との交渉を進めた。この結果、アメリカがウラン濃縮疑惑を持ち出してストップをかけたという経緯がある。

だが今回はこうした事態が再び起きる懸念はない。核・ミサイル問題に先だって拉致問題が進展すれば、日本の独自制裁が解除される可能性があり、北朝鮮にとっては美味しい話だ。安倍首相にトランプ大統領との仲介役を努めてもらうことも可能になる。

これまで、アメリカとの仲介役を自負してきたのは韓国だった。しかし、金委員長は韓国を「おせっかいな仲介者」と批判、「民族の利益を擁護する当事者になるべきだ」と警告した。文在寅大統領とトランプ氏の関係は、安倍首相ほど良好とは言えず、米朝関係も韓国の思惑通りには進んでいない。むしろ、北朝鮮に前のめりな韓国の姿勢に、アメリカ側が不信感を募らせている状態だ。

ハノイ会談の際、北朝鮮が、韓国の見立てを下にアメリカとの会談に臨み、その結果、失敗したという指摘もある。北朝鮮が、“お節介なだけで役に立たない”韓国に見切りを付け、安倍首相に乗り換える日も遠くないのかもしれない。

米朝会談不調のダメージと金正恩の焦り

ハノイ会談は、北朝鮮住民に「間違いなくうまくいき、制裁も解除される」と大々的に宣伝されていた。特に、中国に出ている貿易商人らは相当な期待を持って見守っていたという。その分、落胆は大きく、金委員長の指導力に対する失望が広がっていると見られる。

経済的にも切迫している。国連機関は今年春に実施した現地調査によれば、北朝鮮の食糧事情はここ10年で最悪の状態だ。住民の4割にあたる1000万人超が食糧不足に陥っているとも報告された。首都・平壌などではモノがないという状況ではないが、外貨不足は深刻だという。外貨がないと資材や品物が入ってこないため、必死で自力更生を訴えている。

この4月、金委員長は北部・慈江道の出身の金在竜氏を首相に抜擢した。慈江道は自然災害と経済難・食糧難が重なった90年代中頃に、自力更生で苦難を克服した。これは「慈江道精神」と呼ばれ、自力更生のシンボルとなっている。自力更生を実践してきた地方のトップを首相に据えたことで、制裁の長期化に耐え自立経済に重点を置く方針を改めて鮮明にしたと言える。

6月上旬、金委員長は3日連続で公開の場に登場し、各地で幹部らの仕事ぶりを叱責した。青少年施設ではシャワーの水が出ないずさんな設計と管理に対し、「不愉快だ。失望した」と声を荒げた。また、北朝鮮が今年の観光の目玉として準備していたマスゲームを観覧した際は、創作創造の気風が誤っていると酷評し、公演関係者の「無責任な仕事ぶり」を責めたてた。

ハノイ会談失敗を受けた内部の引き締めと共に、来年に迫った国家経済発展5カ年計画達成に向けた金委員長の焦りがにじむ。経済発展には、やはりアメリカとの関係改善が欠かせない。

そのためには「仲良し」であるトランプ氏に再選してもらうことが大前提となる。北朝鮮が米朝会談の期限としている年末までに、米朝と日朝の二つをどう動かすのか。金委員長は今まさに、そのタイミングを見極めている。

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