「東大も認める「中卒異才児」」

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東大も認める「中卒異才児」、進学を諦めた母の苦悩と才能の伸ばし方

大阪狭山市の自宅前の樹くんと、母のまゆみさん。白衣は人と違うことがしたいという樹くんが決めた自分のトレードマーク。どこに行くにも白衣を着て行く

鳥山樹(いつき)くんは大阪狭山市に住む18歳。ロボット作りの異才児だ。彼の作るロボットの独自性と完成度の高さは専門家の評価も高く、特異な能力を持つ子どもをサポートする東京大学と日本財団の「異才発掘プロジェクトROCKET」メンバーに中学3年生の時に選ばれた。実は樹くんには、字の読み書きや集団行動が苦手という障害があり、現在は高校に進学せず自宅の作業室でロボット制作に打ち込んでいる。「学校では落ちこぼれでした」という母親の鳥山まゆみさんに、強い個性を持つ樹くんの子育てについて語っていただいた。

興味があれば異常な執着
なけれは全くの無関心

「3歳頃ですが、レゴブロックに興味を持って、大人でも難しいパーツで作る怪獣を、樹は寝ることもせず完成させたんです」。母親の鳥山まゆみさんは、この時の樹くんの半端ではない集中力に驚かされたそうだ。

「でも、幼稚園に上がる頃は、昆虫に没頭しはじめ、レゴには興味を示さなくなりました。小学校になると、今度はブレイクダンスに夢中になって、あのカクカクとした動きをやるんです。次はこれというような脈絡はないんですが、ハマってしまうとこだわり方がすごくて、他の子どもとはやっぱり何かが違うと思いました」と、まゆみさんは言う。

何かにのめり込むと食事や寝ることも拒んで熱中し、体のことを考えてやめさせるとパニック状態になることの繰り返し。ただ、特に言葉が遅いというわけでもなく幼稚園の間は、それも子どもの個性として捉えていたそうだ。
 
しかし、小学校からは状況が一変する。集団生活の中での学習や宿題、規則など、個性の強い樹くんには対応が難しい環境が待ち受けていた。樹くんの場合、友だちや先生との通常の会話は大丈夫なのだが、時間が守れないなどのマイペースな行動に加え、字が書けない、読めないという識字にも問題があることが分かってきた。
 
最初は、やればできるのではないかと学校もまゆみさんも考えた。だが、漢字の書き取りが宿題で出されても、樹くんは全く興味を示さない。そして、無理やりやらせると爆発する。

「実は数字も苦手なんです。樹の文字の理解度がどの程度なのか私にもよく分からないのですが、全く書けない、読めないわけではないようです。ただ当時は、樹がやらないんじゃなくてできないことを、私も周囲も理解できなかったんですね。もちろん学校のテストの成績は最悪でした」

「本人の努力で何とかなると、宿題をずっと強要していたら、部屋の隅で丸まって本当に辛そうにしていたんです。ぜんぜん良い方向に向かっていない。ハッと気が付きました。この子は怠けているわけじゃないんだって。それが小学校4年生くらいです。そして、私は学校の勉強を樹にさせることを諦めたんです」とまゆみさんは当時を振り返る。

子どもの個性を否定しない場所を
見つけることが親の役目

「樹は行動もマイペース。時間を守れないことが多いため、集団生活が本当に向いていない、学校では困った子どもでした。でも、私はそれが子どものワガママではないことを理解してもらうために、何度も学校と話し合いをしました。子どもを否定するようであれば、学校も必要ないと思っていました」と語るまゆみさんは、自身も子ども時代、両親から認めてもらえず辛い思いをした体験を持つ。
 
それは、今でいえば虐待に近い状況だったといい、その時の経験から追い詰められている樹くんの気持ちが理解できたそうだ。
 
そして、まゆみさんは樹くんには、異常なほどの集中力があることは分かっていた。そのエネルギーを向けるものが何か見つかれば、樹くんの人生が変わるかもしれないと模索する中、たまたま自宅のポストに入っていたのが、近所にできたヒューマンアカデミーが展開するロボット教室ロボクリエーション狭山池前教室のチラシだった。
 
レゴは組み立て作業があっても動かないから、つまらなくなったのかもしれない。また、虫やダンスは動いても組み立て作業がないから、つまらなくなったのでは?樹くんの興味の傾向から、その両方の要素があるロボット作りにピンときたというまゆみさん。こうして樹くんは小学校6年生のとき、ロボット作りと出合った。
 
この、母親のカンが樹くんの才能を開花させる。中学2年生の時、年に1度ヒューマンアカデミーロボット教室に通う子ども達が一斉に競い合う全国大会で、樹くんはMVPとなった。作品は、音に反応して体を丸める「だんご虫ロボット」で、その形や計算された動きに「とても子どもが作ったとは思えない」と反響を呼んだ。

「学校に行かない」という
道を選ぶまでの葛藤

そして、翌年の同大会に持ち込んだ「ふぐロボット」は、人が触れると体を大きく変化させる奇妙なロボットで、教室で利用される教材パーツの性能をフルに生かしたものだった。固定観念のない子どもの作品のほうが、クリエイティブなものが多いのだが、樹くんの発想はもはや子どもの領域を超えていた。こうして、東大と日本財団が特異な才能のある子どもを支援する「異才発掘プロジェクトROCKET」の2期生に、樹くんは中学3年生で選ばれたのだった。
 
18歳になった樹くんは現在、自宅で毎日ロボット作りをしながら、「異才発掘プロジェクトROCKET」にスカラーとして所属、ロボット好きの子どもたちに技術や造形へのこだわりを伝える講師としても活躍している。
「今は自宅にこもって作業をする、明るい引きこもりです!」と笑うまゆみさんだが、樹くんと面識のある人はそれが冗談ではないことを知っている。
 
樹くんに会ってみると、どこに問題があるのだろうというくらい、受け答えや自分のやりたいことがはっきり言える。孤独に1人で黙々とロボット作りをしているイメージはない。小、中学校からの友だちもたくさんいて、どちらかといえば人気者。今でも1人で作業室にこもる樹くんを中学時代の友人が訪ねてきたりするそうだ。
 
まゆみさんは、そこが樹くんの良いところであり、また全く樹くんを知らない人には障害が理解されにくいところでもあるという。
 
そんな樹くんを見ていると、独学では限界があり彼の将来のために専門学校や高校で学ばせるという選択はなかったのかと疑問がわいた。だが、まゆみさんは「本人が、学校を嫌がっていましたから」と即答した。
 
これまで我が子が適応できる環境を探し、「教育って何よ?」をずっと問い続けてきたまゆみさんにとって、高校、大学という守られた学歴よりも本人の充実した時間と楽な気持ちを優先させることのほうが重要と分かっているのだ。

「でも、今時高校くらいはと、進学断念に戸惑いがなかったというと、ウソになりますけどね…」と親の本音もポロリ。だが、樹くんが生きていくために必要なことを高校は教えてくれるのか?テストで100点を取ることが偉いという場所でしかなければ、樹くんは潰れてしまうと、まゆみさんはその迷いを打ち消した。

「異才児」が社会で
活躍するためには?
 
子どもの自尊心を尊重したまゆみさんの言葉は重く、そこには多様性に対応できない学校教育の限界が見える。

「小学校、中学校では、本当に悩みました。学校だけでなく日常生活もてんてこ舞いの日々。樹はお金の使い方が分からないし、方向感覚もない。だから、1人で慣れない行動をさせると、とんでもないことばかり起こすんです。義務教育でも、学校は樹のような子どもに必要なことを教えてくれる場所ではありませんでした。でも学校を否定する気持ちはありません。学校も変わろうとしてくれましたし、だからこその良い出会いもたくさんありました」

「ロボクリエーション狭山池前教室の金井進先生には本当にお世話になりました。教室は中学を卒業したので終わりなんですが、樹は今でもバイトでたまにお伺いしています。そして、ROCKETプロジェクト。正直、これから先の樹がどうなるか、心配の種は尽きないのですが、今いろんな良いお話もいただいていますし、何よりも樹の研究のご支援をいただけるのはありがたいことです」
 
樹くんのように、学校や社会から取り残される異才児は多い。「樹は周囲に恵まれた」とまゆみさんは言うが、これから気になるのは、樹くんが自立するためにその才能をどう社会で生かしていくかだろう。ロボット作りが天才的だといっても、経済活動にならなければただ好きなことをして遊んでいるとしかみなされないのが日本社会である。
 
その点について、樹くんの活動を支援している東京大学最先端技術研究センターの「異才発掘プロジェクトROCKET」でプロジェクトリーダーを務める福本理恵さんに伺ってみた。

多様性に対応できる教育が
社会にイノベーションをもたらす
 
福本さんによれば、異才発掘といっても、そもそもこのプロジェクトは子どもの可能性を評価することが目的ではない。学校教育では、はじき出されてしまう特異な能力と個性を持つ子どもに対して、個性を潰さず才能を生かすために必要な環境を実践で探求し、彼らが自分自身の学びと生き方を見つけていけることを目指しているのだという。

「子どもの多様性に対応できる教育を実現することで、個性的な彼らが社会で活躍していける場が生まれていく。彼らの発想や人と違う言動がイノベーションを起こしうる社会の土壌を作り、それがひいては日本の文化や産業技術の発展に貢献できるようなうねりを作る取り組みです」

「鳥山樹くんは、職人のようにロボットを作ります。彼が考えるロボットの動きや造形は彼にしかない発想だと、ロボット研究の第一人者でもある高橋智隆先生も高く評価しています。AI時代には、人間の未知なる創造力が、新しい産業やサービスを生み出すことは間違いありません。

樹くんの才能に期待することはもちろんなのですが、その彼の才能を社会で生かせるステージを実現することがプロジェクトの課題。樹くんにこちらが何かをしてあげるというのではなく、『何かがしたい』樹くんのために私たちのような大人と仲間がいることが重要なのです」

この「異才発掘プロジェクトROCKET」は、これまで樹くんを支えてきた保護者のまゆみさんにとっても心強いに違いない。「樹はいつもポジティブ。自分で自分をかわいそうだと思わないんです。人と比べられてどうこう思うのは本人以外なんですよね」と、毎日時間や周りを気にせずのびのびと「明るい引きこもり」をする樹くんの姿に、まゆみさんは未来に希望を感じはじめているという。

「学歴がなければ子どもが幸せになれない」「受験に向けた体制作りが子どものベストな環境だ」――そんな大人の思い込みが、日本の子どもの教育をゆがめているのではないか?まゆみさんの子育ては、本当に子どもに必要な教育とは何かを深く問いかけている。

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