「製薬業界の不都合な真実"薬価に根拠なし" 」

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製薬業界の不都合な真実"薬価に根拠なし"

日本の「薬価」は中医協という国の組織が決めている。だが、その算定根拠は曖昧で、「適当」だ。たとえば1年間の服用で3400万円がかかっていた「オプジーボ」という新薬は、薬価が高すぎるという批判を受け、発売4年で75%オフに値引きされた。現役医師の谷本哲也氏が、その歪みに切り込む――。

薬の販売には規制当局の承認が必要

日本は国民皆保険制度を1961年から取り入れ、保険診療は、薬も含め公定価格で決められています。一方で、医者が自由に値段を決められる自由診療がありますが、これと国が値段を決めている保険診療とを一度に組み合わせて行う混合診療は原則的に禁じられています。

保険診療を受けておきながら、海外から輸入された、日本で未承認の薬を同時に使ってみる、ということはできないのです。どうしても未承認薬を使いたければ、保険は使わず全額自費診療で受けることになります(実際にそうする事例はほとんどありませんが)。

そのため、日本で医療用医薬品を販売しようとする製薬会社は、日本の規制当局から薬の承認を取得する必要があります。欧米でもそれぞれの規制当局があり、世界のどこか一つの国で承認された医療用医薬品だからといって、別の国でもすぐ同じように認められるわけではありません。

したがって、医療はある程度全世界共通ですが、薬は使えるものと使えないものが国ごとに異なっていることも珍しくないのです。また、同じ薬でも投与量など使い方が異なることもよくあります。

日本では国の組織が薬価を決める

日本の薬価は厚生労働省が管轄する「中央社会保険医療協議会(中医協)」によって決定されます。米国など他の先進国では製薬会社が値段を決め、保険サービスとの交渉で値引きされたり、保険で償還される範囲から外されたりすることもあります。

中医協という国の組織が公定価格を決めるのは、日本独特の方法です。また、承認された薬はどれも薬価がつけられ、原則的に保険でカバーされる(自己負担分をのぞき、残りは健康保険で支払われる)というのも特徴です。

日本で保険診療で行われる医療行為には、公定価格として一律の点数がつけられています。1点10円で、たとえば初診料は282点、すなわち2820円、心電図は130点で1300円という具合です。そこから患者は原則3割負担します。

中医協は、厚生労働大臣の諮問機関として設置され、通常は2年に1回行われる、診療報酬の点数の全面的な改定を審議する機関です。医療用医薬品の価格を定めたものが、薬価基準と呼ばれます。

薬価もまた、診療報酬点数表の体系の一部として組み込まれており、中医協の下に薬価算定組織が設置され、具体的な作業を進めます。そして、算定組織の委員長が中医協の総会に報告して、薬価の承認を得る形が取られています。

原価計算方式の内訳は“言い値”

新薬について新たに値づけする場合、薬価の算定方式は類似薬効比較方式と原価計算方式に大きく分けられます。

新薬といっても、昔からある薬の構造を若干変えたに過ぎない程度のものが多く、似た薬、いわゆる同種同効薬が多くの場合存在します。そのため、同じ価値のものは横並びで同じ値段にしようというのが、類似薬効比較方式です。成分によっては、画期性、有用性、市場性などを考慮した補正加算が行われます。

オプジーボのように先行する類似薬がない薬に値段をつける場合は、原価計算方式がとられます。原材料費、研究開発費、営業利益、流通経費などを積み上げて原価を決めることになっています。

一見、ちゃんと計算して決めているように見えますが、原材料費や研究開発費の内訳は企業秘密として公開されていません。このあたりが価格を適当につけている、と言われる原因です。

大学などで公的研究費を使って行われた基礎研究部分はどう計算されるのか、ベンチャー企業などが初期開発を行ったのをメガファーマが買収したときはどうするのか、など不透明な要素が多く、値段は恣意的にしか決めようがないところがあります。

批判を受け大幅に値下げ

なお、適当に高い値段がつけられるのは、日本に限らず米国など海外でも事情は同じです。製薬会社が税金から支払われる公的研究費を使った基礎研究にタダ乗りしているとか、研究開発費は有望なベンチャーの買収費用に過ぎずマネーゲームになっているなどと指摘され、言い値で原価を吊り上げているのではないかという批判がなされています。

このように、薬価算定のおおよその枠組みは決められているものの、個別の品目でどのように計算し薬価を決めたのか、その策定過程は非公開となっています。新薬の薬価算定の過程がブラック・ボックスになっているとメディアで批判をされるゆえんです。

さまざまな補正加算も、厚生労働省の裁量で決められてしまう部分もあり、しかも、薬価算定組織の委員は非公開です。議事録もなく、事後に算定の過程がきちんとされていたのか、客観的に検証することも不可能なのです。

もっともらしい計算式や専門用語を並べ立てられると素人は煙に巻かれてしまうのですが、薬価は適当に決められている、といっても過言ではないでしょう。それを象徴するのが、オプジーボの当初の超高額薬価であり、それに対する批判の高まりを受けて実施された、発売4年で75パーセントも値引きしたというドタバタ劇なのです。

製薬マネーが薬価算定委員の謝礼金に

薬価がブラック・ボックスのなかで適当に決められる可能性があるなら、価格決定の関係者が、裁量で高い薬価をつけて製薬会社に利益誘導を行ってしまうことはないのでしょうか。

前述のように、薬価算定組織の委員は厚生労働省のホームページ上では公開されていません。このため、探査報道を専門に行うジャーナリストグループのワセダクロニクルが、情報公開請求を行いました。

その結果は、2018年6月に「【特集】製薬マネーと医師」として報道されています。それによると、薬価算定組織は、本委員11名と医学薬学の専門委員42名で構成されていることが明らかになりました。しかも、驚くべきことに、製薬会社から委員へ多額の謝金が提供されていることも分かりました。

製薬会社の売上高に直結する薬価を決定するのがこの政府組織ですが、製薬会社からのお金が委員個人へ提供されていたのです。

1千万円を超える副収入も

調査報道を行うNPO法人のワセダクロニクルと私が所属する医療ガバナンス研究所が共同で、製薬会社から医師個人へ提供された2016年度分のお金をデータベース化しています。それを元に、薬価算定組織の本委員11名について確認したところ、委員長を含む3名の委員が1100万円前後、2名が380万円前後を製薬会社から副収入として受け取っていたのです。

この5名を含め、計9名の医学部関連の委員すべてが、製薬会社からのお金を受け取っていました。一方、歯学部の委員2名は受け取りがありませんでした。このようなデータは、これまでは情報開示請求を行っても入手できず、我々のデータベースで初めて明らかになった事実です。

もちろん、製薬会社からの薬価算定への影響に配慮し、厚生労働省ではルールが定められています。過去3年度のうち、審議に関係する企業から50万円を超える金銭の受け取りがあった年度は議決に参加できず、500万円以上なら審議にも参加できないと決められています。このようなルールを設けるくらいなら、製薬会社からの受け取りがない委員を初めから選べないのか、という疑問は出てきます。

ワセダクロニクルのインタビューに対し、薬価算定組織の委員長は、「組織は権威も何もない」と答え、意図的な薬価の吊り上げは否定しています。その上で、実質上は厚生労働省の官僚が主導して薬価を決めている内情を示唆したことが報道されました。

実際の薬価算定は役人が行うが……

私は以前、薬の承認審査を行う厚生労働省の関連機関で働いたことがあります。個人的経験からは、この回答は納得できるとも考えています。厚生労働省の審議会の委員というと、一般人から見ると権威がありそうな漢字が並べられた肩書きがつきます。

しかし、実際は役人の筋書き通り動く大学教授などが選ばれるケースがほとんどです。そのため、「御用学者」と揶揄されることもあります。逆に、そうでないと行政の業務が滞ってしまう事情も実はあります。その結果、審議会などで場の空気が読めず、規定路線から外れた意見を言う委員は排除される傾向になるのです。

したがって、「官尊民卑」という言葉がいまなお通用するような、役所のお手盛りなのが実態です。薬価算定組織の委員長が製薬会社から1000万円以上の副収入をもらっていたとしても、役人が薬価算定をきちんとしていれば問題にならないという理屈なのかもしれません。

実際、同様のことは他にも前例があり、製薬会社の社外取締役を務める人物が、新薬が日本で使えるか否かなどを審議する部会の長を長く務めていたことが知られています。公的組織の長が一製薬会社の社外取締役でも、実際は役人が勝手にやるのでとくに公平性に支障はない、と厚生労働省内では理解されていたのでしょう。

その気になればいつでも立件できる

しかし、これら政府関連の委員ということは、非常勤の国家公務員という立場になります。長年の間、薬に関連する政府の委員が製薬マネーを受け取ることは常識となっていました。前述のように、厚生労働省も独自の省内ルール(1社から年間500万円以上受け取ると審議に参加できない、など)を設け、会議の運営上も問題とされていませんでした。ところが、よくよく突き詰めると「刑法上はクロ」で、ロハス・メディカル編集発行人の川口恭氏によると、「その気になれば、いつでも立件できる」とする捜査関係者もいるそうです。

厚生労働省内部のルールではよくても、刑法はその上位にくる決め事です。刑法では、「公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処する(第197条1項)」とされています。

すなわち、職務上の権限がある公務員が、お金をもらう、要求する、約束するのいずれかをすれば、収賄が成立することが条文で明確に述べられているわけです。必ずしも便宜を図っていなくても、罪になってしまいます。

黙っているだけでも製薬会社はもうかる

また、薬に関する委員会があからさまな便宜を図らなくても、製薬会社にとっては会議でだまっていてくれるだけでも助かる理由があります。審議会は全会一致で議決されることが原則となっています。誰か一人でも反対すると会議がやり直しになり、最低数か月遅れてしまうことになります。

薬は特許期間が定められているため、数か月の違いで数十億円の利益が簡単に吹き飛んでしまうこともあります。その意味では、薬に関係する政府委員は、製薬会社の命運を左右する重い職務権限を有しているとも解釈されるのです。

新規医薬品の承認とか薬価算定とか薬の話は専門性が高く、分かりにくいと思われるでしょう。しかし、たとえてみれば、東京オリンピックの土建工事を請け負う会社や価格を決める役人が、講演会だのなんだのにしょっちゅう呼ばれ、謝金をもらい懇親会での情報交換という名前の接待漬けにされている状況と同じなのです。

さらに言えば、野球の審判がルール解説の謝金付き講演会を、巨人軍からばかり頼まれているようなものです。広島カープや阪神タイガースのファンは(ファンでなくても)どう思うでしょうか。

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